「PR(ピーアール)」という言葉を聞いたことのない人は、おそらくいないのではないかと思います。すっかり日本語の一部となっていて、誰もがおおよその意味を知っている。「宣伝や、広報することでしょ」という理解は、まったくの間違いというわけではありません。
しかし、それでは「PR」の正確な定義や、そもそも何の略かと問われると、あんがい答えに詰まってしまう人もいるのではないでしょうか。今回は、そんな「PR」について考えてみましょう。
「PR」は大衆への情報発信のこと
中には勘違いされている人もいるかもしれませんが、ビジネスシーンでもよく使う「PR(ピーアール)」は「プロモーション」の略語ではなく、"Public Relations"(パブリック・リレーションズ)の頭文字をとったものです。"パブリック=大衆"、"リレーションズ=関連"の言葉の通り、企業や団体などの組織や個人が一般社会に向けて情報を伝えたり、あるいは情報や意見を受け入れたりする行為を意味します。
日本ではPRを「広報」と訳すことが一般的で、自身への理解や信頼、共感を得るために広く大衆に呼びかける広報・宣伝活動として捉えられることが多いのですが、本来、PRは「双方向性コミュニケーション」が基本です。
改めて定義をすれば、「組織体が双方向のコミュニケーションを通して一般社会との良好な関係を構築し、維持するための考え方・手法」がPRということになります。また組織体には、「双方向性コミュニケーション」と同時に、パブリックから得た情報を組織内で咀嚼し、「自己修正」を行う姿勢も求められます。
昨今、特に企業PRは「メディアを利用した一方的な企業情報の発信」のような意味合いで理解されていますが、上記のような「双方向性コミュニケーションによる相互理解」と「自己修正」の重要性は、今いちど強く意識しておくべきでしょう。
過去と現代での「PR」の変化
先に述べたように、これまで日本ではPR=広報・宣伝という理解のされ方が一般的でした。戦後アメリカからもたらされたPRが高度経済成長期に浸透する中で、もっぱら物を売るための手法として注目されてきた結果ですが、近年はその位置づけにも変化が見られます。
これまで大量消費時代にあって、良質で適正な価格の商品やサービスを提供し、メディアで広めさえすればよかったものが、長期にわたる低成長時代を迎えたことで、思うようには売れなくなった。そのような環境変化が、いわゆるPR活動にも変化を促したと言えそうです。
特に2000年代以降の、新聞・雑誌やラジオ・テレビからインターネットを中心とした情報環境の変化は、それまでのPRのあり方を大きく変えました。時間や空間の制約を受けないネットからの情報量の増加や、SNSなどによって個人が自由に情報を発信できるようになったことが、企業発信の情報の相対的な価値の低下を招いています。
また、長期的な経済活動の停滞による消費の低迷に加え、ユーザーの嗜好や興味、価値観が多様化していることも、従来のマスメディアによる一方通行的な情報発信が機能しにくくなっている要因です。いまやユーザーは自らの興味の向くままに、スマホなどで情報を取りにいく時代となっているのです。
これまでのような、メディアに取り上げられるためだけの広報や、コストをかけて宣伝するだけではユーザーには届かなくなりつつあります。つまり、あからさまな広告やお仕着せの宣伝文句では、もはや信頼してはもらえないのです。
このような状況を受け、現在では例えば「戦略PR」と呼ばれる手法が注目されています。「戦略PR」で重要なのは、商品やサービスそのもののPRをするのではなく、時代のトレンドと商品を結びつけるテーマを見出し、その商品が売れるための世の中のムードや共感を演出することです。
つまり、その商品を選んでもらうために、関心を持ちやすい「空気感」や「ストーリー性」、「共感性」を醸し出すのが「戦略PR」と呼ばれる手法となります。
「PR」の成功事例
ここで、最近のPRの成功事例を見てみましょう。1つ目は、サントリーの「ハイボール復活プロジェクト」です。
1983年をピークに縮小を続けていたウイスキー市場に対して、2008年、サントリーが打ち出したのが「ハイボール復活プロジェクト」でした。低アルコール飲料を好む若者のウイスキー離れに着目し、アルコール度数控えめで食中酒としても楽しめる「ハイボール」という飲み方を、時代の空気やトレンドも合わせて提案することで浸透させていこうという試みでした。
おいしいハイボールを作るための「こだわり3ヶ条+1」というマニュアルや、店舗に「ハイボールタワー」というサーバーを設置するなどの地道なプロモーションと、透明感のある女優さんを起用した「ハイボールがある風景」をほのかな情緒と共に描くCMなど、ユーザーの興味を惹き、共感をもたらすPRを行いました。同社のPRにより今では「ハイボール」という飲み方はすっかり定着し、ウイスキー市場の底上げに貢献しています。
2つ目は、「JINS PC」。ブルーライトカット機能を兼ね備えたパソコン用メガネ「JINS PC(現:JINS SCREEN)」は、2011年9月の発売から2012年11月には累計販売本数が100万本を超える成功を収めています。
同社がこの商品を企画・開発し、PRするにあたっては、仕事などでPCのディスプレイを長時間見る人たちに向けて「ブルーライトから眼を守る健康のためのメガネ」という、これまでになかった新たな価値観を打ち出しています。視力の矯正やファッションのためではない、"健康"を守るためのメガネというアングルは大きな共感を得て、「JINS=機能性アイウエア」というイメージを確立することに成功しています。
この2つの事例はいずれも、先に挙げた戦略PRを意識したものとなっています。商品を選んでもらうために、関心を抱けるストーリーや共感を演出することで、大きな成功を収めたと言えるでしょう。
「PR」の失敗事例
最後に、失敗してしまったPRについても触れておきましょう。
2019年12月の、映画『アナと雪の女王2』公開に際してのPRのあり方が、いわゆるステマ(ステルスマーケティング)ではないかと問題になった事例です。映画公開時に7名の漫画家がTwitter上で「感想漫画」を投稿し、これがステマとされ炎上しました。
ステマとは、それが宣伝であるとユーザーに悟られないように宣伝を行うマーケティング手法です。主にインターネット上で行われ、有名人や一般人が当該企業や商品・サービスには直接関係のない第三者を装い、対価と引き換えに好評価の書き込みや商品紹介などを行います。それがPRであると明示されていなければ消費者を欺く行為とみなされる可能性があり、非難の対象となります。
後に、批判を受けたウォルト・ディズニー・ジャパンが謝罪文を発表。報酬を伴うマーケティング施策であることが判明しています。これは、安易な手法で共感を得ようとしたことが、大きな非難に晒された事例と言えるでしょう。また最近では、真相は明らかではないものの、『100日後に死ぬワニ』にまつわる騒動も一種のステマ疑惑として記憶に新しいところです。
もうひとつ、失敗事例をご紹介します。リサイクルショップ「ベクトル」や、ブランド古着通販サイト「ベクトルパーク」などを運営しているベクトル社長の村川氏は、買取店舗としての「ベクトル」の認知を向上させるため、イメージキャラクター「買取戦隊ベクトル」を結成。同社の社員を隊員として任命し、PR業務にあたらせました。
しかし、買取を促進させるツールとして隊員に「仮面」をつけさせ、CMやTV出演、イベント、Facebookや個人のSNSでの発信も行いましたが、目立った成果を上げることなく半年ほどでプロジェクトは終了。数千万円の広告費を投下しても売上が伸びず、費用対効果がまったく伴わなかったということで、社長自ら"失敗"と認めています。
村川社長は、失敗の原因を「ゴールが明確になっていなかった」「商品やサービスよりも、プロモーションの企画に目を奪われていた」と総括し、この経験が「プロダクト重視の文化へ」「PDCA体制の構築」を学ぶ場となったと前向きに捉えています。村川社長は、同プロジェクトの顛末をブログで公開し、たとえ失敗したとしても詳細な分析を行うことで次の成長へつなげるアクションとしています。
失敗をも含めた「ストーリー性」の開示と、パブリックから得た情報を受けて「自己修正」を行うその姿勢は、まさに本来の「PR」のあり方そのものと言えるかもしれません。