「IR」という言葉をご存知でしょうか。企業財務に関わる仕事をされている方や株式投資に興味のある方であれば、すでによく知っていらっしゃるかもしれません。
ここでのIRは、最近よく耳にする「統合型リゾート(Integrated Resort)」のことではなく、投資家向けに行う広報活動のことを指します。今回は、企業経営を考える上でなくてはならない活動である、「IR」について考えてみましょう。
IRの意味は「投資家向けの広報」のこと
「IR」は、"Investor Relations"(インベスター・リレーションズ)の略語で、企業が株主や投資家に向けて情報提供活動を行うことです。インベスターは投資家、リレーションズは関連を意味し、「投資家向け広報」とも訳されます。
1990年代からの企業経営に占める株価(時価総額)の重要性の高まりから、企業が投資家が求める情報を的確かつ迅速に提供する必要性が生じました。そのような流れを受け近年、IRへの取り組みが盛んになっています。IRでは、経営状態や財務状況、業績動向など投資判断に必要な企業情報を発信し、企業の証券が公正な価値評価を受けることを目指します。
IRと似た活動に広報や宣伝・販促がありますが、広報や宣伝・販促が一般消費者に向けて自社製品やサービスの情報を発信するのに比べ、IRは主に株主や投資家向けに企業情報を発信する点で異なります。
また、上場企業・大企業には金融商品取引法により有価証券報告書の開示義務がありますが、IRによる情報開示には義務はありません。IR活動に熱心な企業は自主的に自社のブランド価値を高める努力を続けていますが、企業によってIRへの取り組みには差が生じます。
IR活動の目的とよく利用される2つの手法
IRの最大の目的は、企業が株主や投資家に向けて企業情報を広報し、自社に投資や協賛をしてくれるように促すことです。
企業情報を適切かつ効果的に開示することによって、株主や投資家が企業の経営方針などを深く理解し、その将来性を含めた適正な企業評価を得ることで、さまざまなかたちでサポートしてくれることを期待します。それらは結果的に、企業価値を向上させることにつながります。
どんな情報を、どのタイミングで、どんなかたちで開示するかは企業の任意です。IRは自由な企業活動の一環であり、IRを有効に活用することで良好な企業イメージを作り出すことが可能となります。この意味で、IR活動は企業の積極性や意識の高さによって結果に違いが出る分野であり、そこが企業の腕の見せどころといったところでしょうか。
企業のIR活動には、大きく分けて2つの手法があります。ひとつは企業説明会や決算説明会などで、株主や投資家と対面して情報を開示する方法です。これは質疑応答など直接的なやりとりを通して、利害関係者と密度の濃いコミュニケーションを取ることが可能になります。各種説明会やミーティングの開催、工場などの施設見学会などもここに含まれます。
もうひとつは企業情報をまとめ、文書で対象の株主や投資家に開示する方法です。年次報告書や事業報告書、投資家向け広報誌など定例のもののほかに、各種行事の開催予定や店舗の売場情報、新店舗オープンや新製品・サービスのリリース情報などの形式があります。
文書での開示では紙などの書面のほか、近年ではインターネットを駆使した活動も活発となっています。ネットでの情報開示はリアルタイムで、ニーズに即応して明確な伝達が可能になるなど多くのメリットがあります。
また、ネットによるIR活動は、持ち株比率が大幅に増加している個人投資家や海外投資家に向けて情報の伝達がタイムリーかつ双方向に行えることも評価され、需要が高まっています。マーケティングやコミュニケーションも含めた有効な手段として、IR活動に特化したサイトの設立などの動きも目立っています。
IR活動の成功事例
ここで、優れたIRの事例を見てみましょう。
一般社団法人 日本IR協議会が選定する「IR優良企業賞」は、毎年1回、優れたIR活動を実施している企業を表彰。IR優良企業大賞、IR優良企業賞、IR優良企業特別賞、IR優良企業奨励賞の各賞が用意されています。
2019年度(第24回)の「IR優良企業大賞」は三菱UFJフィナンシャル・グループが受賞しました。同協議会では、「IR優良企業賞」を直近10年以内に2回受賞し、3回目も受賞に値すると評価された企業は「大賞」として表彰することとしています。同グループは、2018年・2017年に「IR優良企業賞」を受賞しており、今回の「IR優良企業大賞」につながりました。
同賞の受賞に際しての選評は以下の通りです。
「継続して経営トップがIRに関与し、決算説明会や投資家訪問など積極的な対話姿勢を示している。金融機関の中でも先進的な活動に取り組み、投資家が経営戦略や事業内容を理解する機会が豊富である。IR部門は『Investors Day』やテーマを定めた事業戦略セミナーなどを定期的に開催し、内容も工夫している。新しい事業戦略の背景にある考え方の説明や、社外取締役が課題を含めた率直な指摘をするESG説明会などが注目を集めた」
もう一社、こちらは2016年度(第21回)に「IR優良企業賞」を初受賞したカルビーです。
「経営トップの情報発信力が極めて高く、自分の言葉で率直に語っている。トップは投資家と向き合う機会を定期的に設け、経営課題を含めて対話を実行している。IR部門も経営層の考えを十分に理解し、経営戦略についての有意義なディスカッションを投資家・アナリストと続けている。施設見学会や事業説明会なども積極的に開催し、社外からのアクセスもよい。自社のコーポレートガバナンス・コードを策定し、わかりやすく表明する取り組みも高い評価を得ている」
両社の受賞理由にも明らかなように、いずれもIRの趣旨を深く理解し、積極的に取り組んでいることがわかります。
日本IR協議会によれば、「『IR優良企業』は株価や時価総額を高水準に保つ傾向が見られます。そのため『IR優良企業賞』は、企業にとどまることなく、個人投資家など市場関係者からも注目を集めています」と指摘しています。
IRに真摯に取り組む企業はやはり適正な企業評価を得ており、結果として企業価値を向上させていると言えそうです。
評価されやすいIR活動のポイント
それでは、どんなIR活動をすれば評価される、株主や投資家の心に響くものになるのでしょうか。先に挙げた「IR優良企業賞」で受賞した企業は、何が評価されているのかを見てみましょう。
先の、受賞企業の選定理由などを確認すると、おおよそ以下のようなポイントが重視されていることがわかります。
・経営トップが積極的にIRに関わり、自らの発信に努めている
・IR活動の維持・向上へ熱心に取り組んでいる
・IR活動で得られた情報や意見が、経営に的確に反映されている
・説明責任を着実に果たし、資料も詳細かつ明快で充実している
・企業説明会や決算説明会などが積極的に開催され、緻密なコミュニケーションが実現している
・個人投資家に向けた自社サイトのIR情報などの充実
上記のうち、とくに「経営トップが、継続して積極的にIRに関わり、自らの発信に努めている」ことは大切です。特に昨今、折からのコロナウイルスへの対応も含め、経済の不確実性が高まるなか、経営トップが積極的に株主・投資家との対話の機会を設け、その信頼を得ることは企業の永続的な発展に直結する重要なIR活動だからです。
さて、ここまでのIRの説明はいかがだったでしょうか。IRは有効に活用すれば信用を高め企業価値の向上に寄与する一方で、使い方によっては信用を失い、企業価値を毀損するケースも見受けられます。IR活動には、基本的なルールに則った上で、積極的かつ誠実な運用が求められていると言えるでしょう。