わたしたちの生命活動を24時間、365日支え続けているもの――それが自律神経です。自律神経は内臓器官のすべてを支え、とくに血流をコントロールしています。心臓の働きや呼吸を司ることを思えば、自立神経は生命活動の根幹を担っているといって過言ではありません。

  • 自律神経に見る“心穏やか”になる考え方/順天堂大学医学部教授・小林弘幸

医師で自律神経研究の第一人者である小林弘幸先生は、「自律神経の働きが整えば、心身の調子は整います。重要なのは自律神経のバランス」だと語ります。ストレスの大きな原因である「対人関係」をよくするコツも含め、心身ともに健康に過ごせる方法と考え方を教えてもらいました。

不快なときこそ笑顔で乗り切る

ふだんから眉間にシワを寄せていたり、知らぬ間にあごに力を入れて歯を嚙み締めていたりしていませんか?顔をこわばらせていると、交感神経の働きが上がって血流が悪くなり、呼吸が浅くなることで余計に緊張状態が増します。そして、脳に血流が十分に行き渡らないため、頭の働きも鈍くなってしまいます。

これとは逆の状態をふだんから心がけていれば、気分が落ち着いて頭も冴えてきます。具体的には、まず「口角をしっかり上げて笑顔をつくる」こと。よく気分が悪いからしかめっ面になると思いがちですが、しかめっ面をしているから気分が悪くなっていくのです。

気分を悪くするきっかけはほかにもあるでしょうが、不機嫌な表情をしていると余計にイライラが募ってしまいます。

気分を変えるよりも表情を変えるほうが数段簡単。口角を上げて笑顔でいることを習慣にするだけで、気分が落ち着いて心が穏やかになります。そして、人生がいい方向へと進んでいくことでしょう。ただし、静かな怒りやイライラが晴れない日もあります。自律神経を乱さないために気をつけたいのが、まさにそんな「怒り」です。

怒りの感情は一瞬で湧き上がりますが、それによって乱れた自律神経は3時間は元に戻りません。そして、血管が収縮して心拍数が上がり、ドロドロになった血流が全身の臓器に悪影響を与えます。

しかも、そんな怒りが朝に起こったら、もっとも集中力が高まる貴重な午前中に交感神経が異常に優位になってしまい、大切な時間が台無しです。

通勤電車に代表されるように、朝はそうした怒りを引き起こす機会に満ちてもいます。たとえ自分が怒らないようにしていても、他人とぶつかって怒鳴られたり、舌打ちをされたりして心を乱されることもあるでしょう。

しかし、そんな他人の言動を変えることはできません。そこでわたしの場合は、いつも30分の余裕を持ってゆっくりと行動し、不快なことがあったときはさっと下車して、次の電車に乗り換えるようにしています。

とにかく、怒っていいことはなにひとつありません。自分の健康のためにも、「怒らない」習慣をつけていきましょう。

「あなた=わたし」ではない

多くの人のストレスの原因となっている対人関係については、「対人関係を整える技術」も必要です。「心穏やか」で、ベストな対人関係をつくるために、前提となるマインドセットがこれです。

「あなた=わたし」ではない。これが、対人関係をよくしていくための大前提となる思考です。対人関係で悩みを抱えてしまう場合、その多くが、「あなた=わたし」と考えてしまっているのです。

「わたしがこれだけいっているんだからやってくれ」「あの場面であんなことをいうなんて信じられない」

そんな場面は対人関係において多々あると思いますが、はっきりいえば、自分の置かれた環境と他人の置かれた環境がちがえば、なにもかもちがうのは当然のことだと考えるべきです。

いや、そもそも人間自体がちがうのだから、そんなときに、「あなた=わたし」で考えていても、相手はいつまでも動いてはくれないし、またあなたのことを理解してもくれないでしょう。

考え方や価値観が異なる人間が集まっている組織であれば、なおさら一律の基準で縛ることには無理があります。最低限守るべきルールは必要ですが、年功序列や学閥をはじめ、時代に合わない価値観が蔓延しているからこそ、ストレスフルな対人関係も生まれるわけです。

それを軽やかに打ち破ったのが、起業家やIT業界で働く人たちなのかもしれません。スーツなんて着なくもていい、ネクタイも締めなくて構わない。自由な格好で働いていいから、もちろんスーツを着て働いてもいい。考えてみればあたりまえのことで、みんなが同じ格好で働いても利益が上がるわけではありません。

そして、自律神経の状態を考えれば、自分がいちばん気楽な格好で働くのがいいはずです。ちょっとしたことですが、そんな小さなイライラが積もり積もって、いつのまにか大きなストレスへと変わっていくのです。

もちろん、誰もがそのように振る舞えないのもまた事実です。自分がいる組織が自分に合わせて変わってくれるわけではないし、誰もが自由なスタイルで働けるわけでもありません。事実、多くの人にとっては難しいことでもあるでしょう。

だからこそ、対人関係にもちょっとした「技」が必要なのです。そして、そのもっとも基本となる姿勢が、「あなた=わたし」ではない、という考え方なのです。

構成:岩川悟(slipstream)、辻本圭介 / 写真:川しまゆうこ

※今コラムは、『心穏やかに。 人生100年時代を歩む知恵』(著:小林弘幸/齋藤孝 プレジデント社)より抜粋し構成したものです。