ホンダは北米市場に投入する2台の電気自動車(EV)をゼネラルモーターズ(GM)と共同開発する。発売開始は2024年のモデルイヤーになるとのこと。なぜホンダは、北米向け新型EVを独自開発せず、GMと手を組むことに決めたのか。その背景を考えてみたい。
ホンダと海外メーカー、協力の歴史
ホンダが海外の自動車メーカーと連携したのは1972年、英国のブリティッシュ・レイランド(BL)と技術提携を結び、欧州での自動車生産に乗り出した時が最初だったはずだ。この時はホンダ車をBLに供給し、これを現地で生産して、相手先の車名で販売するというスキームだった。
1993年には米国のジープとの間で、「チェロキー」を日本国内で販売する契約を結んだこともあった。当時、アメリカ車の品質は信頼性に乏しい面もあったが、ホンダで売っているならばと安心して購入した消費者もあったはずだ。
しかし、ホンダが自社の新車をほかのメーカーと共同開発するのは、今回が初めてではないだろうか。
技術の核となるのは、GMの「アルティウム」(Ultium)と呼ばれるバッテリーパックである。GMが開発したEVプラットフォームを設計し直し、ホンダが新型EVに採用するという。それらを活用し、ホンダらしい運動特性を実現するとしている。
「米国」と「EV」が共同開発のキーワード?
ホンダは1990年代から、EVと燃料電池車(FCV、水素で電力を生み出して走る電気自動車)の開発を自社の独創技術によって進めていた。ところが、2000年代に入るとEV開発から遠ざかり、欧州で人気上昇の兆しを見せていたディーゼルエンジンの開発へと転換した。その一方で、ハイブリッド車(HV)の車種拡充ではトヨタ自動車らに後れをとっていた。これを急速に挽回しようとした結果、コンパクトカークラス用のハイブリッドシステムでリコール問題を起こした。
EVとHVで空白期間が生じた背景には、それら電動車両の市場が十分に拡大していないとの経営判断があったのだろう。ただ、ディーゼルエンジンを開発するなど市場動向を後追いした結果、かえって市場に振り回されてしまう状況に陥っていた。その間に、自動車の主要な3大市場(米・中・欧)では、内燃機関を搭載する自動車の販売を規制し、電動車の普及を後押ししようとする動きが着実に進んでいた。
そうした中で唯一、ホンダが開発を継続していたのがFCVであり、2016年には「クラリティ フューエルセル」の市販にこぎつけた。だが、これは「水素社会」を推進する日本政府の要請によるものだった。しかもFCVは、EVやHVに比べれば市場はないに等しいのであって、ホンダ経営陣の判断には不可解さがあった。
この状況から挽回を図るため、自社でEVのバッテリー開発を急いだのでは、再びリコールを起こしかねない。また、リチウムイオンバッテリーの確実な供給先確保も難しかったのではないか。そこで、ホンダにとって重要な市場である米国で、GMと手を結ぶことを決断したのであろう。
提携相手としてのGMはどんな存在か
提携の相手先としてホンダがGMを選んだ背景には、FCV開発で先行した技術提携の経緯があったと考えられる。ホンダはクラリティ フューエルセルの開発に際し、燃料電池スタックの開発でGMと協力している。ホンダの担当開発者からは、「GMの技術力は高い」との話を聞いたことがある。
FCVで有名なのは1994年にダイムラーが発表した「NECAR1」だが、1966年に世界初のFCV「エレクトロバン」を発表したのは、実はGMだった。米国は「ジェミニ宇宙計画」を進める中で、1965年の「ジェミニ5号」に初めて燃料電池を搭載した。電源として使うのはもちろん、発電によって排出される水も宇宙空間で活用しようと考えたのだ。これが、GM初のFCVとつながりを持つ。
エネルギーや情報といった分野における米国の先端技術は、あらゆる意味で宇宙事業や軍事技術とのつながりが深い。また、米国のベンチャー企業の先進技術に対する技術開発力は高く、EVメーカーのテスラもそうしたところから出発している。GMは1990年代に初の量産EV「EV1」を開発した際にも、その試作車である「インパクト」でベンチャーを活用していた。新しいものを開拓する米国の底力は、侮れないのである。
2024年モデルイヤーに発売する意味
それでは、ホンダとGMが2024年モデルイヤーを目標とするのはなぜなのか。2024年モデルイヤーの新車は2023年秋に発売となるので、それまでに3年の猶予がある。
米国には自動車メーカーにEVの販売を促す「ZEV規制」というものがあるが、これは国をあげた連邦全体の法律ではない。西海岸のカリフォルニア州を基盤に、他の9州を含めた10州で施行される州法だ。ただ、全米50州のうち5分の1の州しか導入していない規制ではあるものの、それらは主に西海岸と東海岸の州であり、米国最大のカリフォルニア州を含め、日本車の人気が高い地域でもある。それら10州での新車販売が、日本の自動車メーカーの運命を左右する。
ZEV規制は2018年に施行されている。当時の内容は、新車販売の4.5%を排出ガスゼロのクルマ、すなわちZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)としなければならないというものだった。ただし、内訳としてはEVが2%、残りの2.5%がPHEV(プラグインハイブリッド車)でもよかった。これを実現できない自動車メーカーには「クレジット」と呼ばれる反則金が課される。
それに止まらず、ZEV規制は2018年以降、規制が年々、厳しくなる仕組みとなっていた。2024年には、自動車メーカーはZEVの販売比率を19.5%へと引き上げなければならなくなる。内訳はEVが14%、PHEVが5.5%だ。2018年と同じ総販売台数だった場合、EVは7倍に増やさなければならないのに対し、PHEVは2倍までしか認められない。EVの大量導入が、いよいよ不可欠になるのだ。
ZEV規制を念頭に置いて考えると、自動車メーカーは今後、EVをZEVの主力とする必要がある。それには専用設計が不可欠だ。ホンダは「クラリティ」という1つの車体でEV、FCV、PHEVの3種類をそろえているが、それぞれで十分な商品性を獲得できずにいた。また、EVを増やしていくには大量のリチウムイオンバッテリーの供給先を確保する必要もある。その上で、儲かるEVを作るには原価にも気を配らなければならない。
そんな複合的な理由から、ホンダはGMとの提携を模索したのだろう。GMにしてみても、自社のバッテリー技術とプラットフォームをホンダが活用してくれれば原価低減につながるので、悪い話ではなかったはずだ。