新年度を迎え、フレッシュな仲間が加わるという職場も多いのではないだろうか。優秀な人材が自分の課やチームに来ることを期待していても、そううまくはいかないというのが世の常というもの。時には、職場をかき乱してしまうような新卒社員、いわゆる「モンスター新人」が加入してくるケースもあるだろう。そのような際は、上司や先輩はどのように対処すればよいのだろうか。
今回は、新入社員や育成担当者向けの研修開発をしているリクルートマネジメントソリューションズの桑原正義氏に、モンスター新人とのコミュニケーションの取り方についてアドバイスをもらってきた。
若者たちにとっては、多様な価値観のほうが自然
――近年になって、上司や先輩を困らせるような「モンスター新人」のエピソードを見聞きする機会が増えたように思います。実際のところ、そのような相談は多いのでしょうか。
桑原氏:私は2005年頃から人材育成や新人教育のコンサルタントなどを始めましたが、企業などから「新入社員の人材育成が悩ましい」という声があがり始めたのが、ちょうどその頃です。従来、新人たちは少しずつ組織に適応していくものでしたが、いつまで経っても適応が進まないという相談が増えてきたんです。
以前の新人トラブルというのは、技術や処理能力のレベル差に例えられるような「直線上にある問題」でした。1本の線の始点付近に新卒の子たちがいるとしたら、その線上の先に上司や先輩たちがいる――といった具合ですね。それでも、「組織になじむのが大事」という価値観は同じであり、1本の直線のどこにいるかは経験値の差によるものなので、経験を積めば次第に問題が解消されていったのです。
ところが、今の新人は、価値観が年長の社員たちと同じ直線上にありません。別の世界・次元を生きているため、時間が経っても一向に問題解決に至らないのです。
――多様な価値観が認められるようになり、これまでにない形のギャップが生まれているんですね。
桑原氏:インターネットの登場によって、若者たちにとって、いわゆる「日本的な価値観」だけが是ではなくなりました。日本的価値観で育ってきた上司世代と、世界中の価値観や考え方に触れて、その中から自分の価値観を選んできた世代とでは、「軸」が異なります。若者たちにとっては、多様な価値観のほうが自然なことなんですね。
例えば、「会社に尽くす」ことが当たり前の上司世代の価値観と、「プライベートを充実させる」ことが当たり前の若者世代の価値観は、まったく違う軸のものですよね。ここまで多様な価値観を持つ者同士が混合して働くようになったのは、日本としては歴史上、初めての経験だと思います。今がまさにパラダイムシフトのタイミングだと考えています。
「違い」があることは、本能的に嫌なこと
――私たちが働く環境は今、初めての状況に置かれているんですね! 違う軸の価値観を持つ新人に、どのような心持ちで臨むべきでしょうか。
桑原氏:まず、どちらの価値観がいいとか悪いとかの話ではありません。上司世代は「組織の方針やルールをみんなで守るのが当たり前」という価値観の中で育ってきたから、たまたま自分がそういう価値観を持っているだけで、その価値観もワン・オブ・ゼムだと理解することです。「自分とは違う価値観なんだ」ということを理解することが一番です。
ただし、それは「受け入れる」ということとは違います。受け入れようとすることは大きなストレスとなります。人間の本能は「違い」を排除するようにできています。「違い」があることは、本能的に嫌なことなんですね。
そういう違いを無理に受け入れようとせず「尊重する」。相手を尊重することで、こちらも尊重される。それが共存の道です。違いがあるということは、相手は自分にないものを持っているということです。それを変えるのではなくて、違いを生かすことが大切です。
例えば、若い世代は「自力でやりきる」のは上司世代より得意じゃないかもしれませんが、「みんなで連携して協力するのは得意」だったりします。いろいろなところとコラボレーションするような能力は、今のビジネスではとても有効です。そういう彼らの力を発揮できるようにしたり、こちらが学んだりして、お互いに学び合う姿勢が大切だと思います。
――モンスター新人を指導しなければならない場合、絶対にやってはいけないことはありますか。
桑原氏:一番やってはいけないことは、頭ごなしに否定することです。明らかにおかしいと思うことでも否定から入らず、なぜそのような行動や発言をしているのか意図を確認し、受け止めましょう。受け止めたうえで新人になぜそのような指導をするのか、意味を伝えていくことが大切です。
今の若い世代は、選択できることが当たり前なんです。いろいろな選択肢の中から自己決定することに慣れ親しんできた世代です。彼らは、個性の尊重や自由な環境が当然の状況にいたので、たった1つだけの決められたものを渡されることに、すごく違和感を覚えるのです。
――なるほど。
桑原氏:実はモンスター新人なんて、ほとんどいないんですよ。彼らにも必ず、言い分がある。何の考えもなく振る舞っているような人は見たことがありません。ただ「知らなくて」やっていることが多い。
例えば、デスクで寝てしまう新人がいたとします。先輩や上司が注意しても、「疲れたら寝るでしょ。なんでいけないの? 意味がわかんない」と新人は思ってしまうかもしれません。
ここでいい・悪いをいきなり判断せず意図を確認し、「疲れていたから寝ていた」のであれば、それはいったん受け止めます。そのうえで相手に気づいてほしい点があれば、その必要性や意味をセットで伝えていきます。
例えば今回の場合、自分だけの基準で行動しており、一緒に仕事をする相手の視点も持てるような経験につなげていきたいところです。
ですので「仕事はみんなで協力してやるものだから、相手がどう思うかの視点も大事。そういう姿はだらしないと思う人もいるし、信頼を損ねてしまうこともある。疲労回復自体は問題ないので、周囲への影響も意識してやっていくといいと思う」などとコミュニケーションを取っていくわけです。上司世代には当たり前でも、新人世代にとっては「知らない」ことかもしれませんから。
新人の自己決定を尊重する
――新人の側からすれば、まったく違う価値観の上司や先輩こそ「モンスター」なのかもしれないですね。
桑原氏:ええ。ですから、上司たちがなぜそうしているのかを伝えるなど、「意図のコミュニケーション」を図ることが大切なんです。
叱られ慣れていない世代は、ちょっと強く指導すると「私のことを嫌いなんだ」「ダメな社員と思われてしまった」という反応になりがちです。でも、指導したほうは決してそんなことは思っていないですよね。絶対に言ったほうが新人のためになるという経験値のもと、指導しているわけです。でも、新人はその意図を知らない。そこがわかれば、新人からの上司や先輩への見方も変わります。
新人がモンスターに感じたとき、まずはその行動や言動を受け止めて、その意図を尋ねましょう。その際、「それは違うと思うよ」など、一方的に軌道修正をはかるコミュニケーションは取らないこと。でも、共感する必要もありません。我々は「認知」と呼んでいますが、否定することなく、ただ相手の言うことを受け止める。そのうえで、「それは●●に見えてしまうから気をつけたほうがいい」など、こちらの意図を伝えます。
そして、新人の自己決定を尊重することです。いくら相手のためになるからといっても、上司や先輩の考えを押しつけない。自己決定したいという欲求は、人間の根源的な欲求と言われています。それを尊重されることで、仮に納得していなかったとしても「自分のことを認めてくれている」と感じられます。それが「だったら上司や先輩の言うことも聞いてみよう」という気持ちにつながることもあります。いくつかの選択肢を用意し、選択できるようにすることが上司や先輩の仕事ですね。
まったく違う価値観の相手を理解することは難しいかもしれない。だが、「今年の新人はまったく理解できないモンスターだ!」と嘆く前に、まずは相手を知り、尊重することからコミュニケーションを始めてみてはいかがだろうか。