お笑いコンビ・くりぃむしちゅーの上田晋也がMCを務める日本テレビのスポーツバラエティ番組『上田晋也の日本メダル話』(毎週日曜17:00~)では、きょう5日の放送から3週連続で、オリンピック歴代女子金メダリストをゲストに迎える。
これまで夏のオリンピックの個人種目で金メダルを獲得した女性アスリートは全21人。そのレジェンドたちに、「練習が苦しすぎて逃げ出したことがある?」「金メダル獲得のためのピーキングの秘けつとは?」「現役時代、実は恋愛してました」…など、今だから話せる「金メダル獲得の裏にあった驚きの秘話」が明かされる。
シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子氏は現役時代、多い日は1日80㎞もの距離を走りその肉体を鍛え上げてきた。そのふくらはぎはなんと太ももよりも太かったという。その筋肉のせいで体内の鉄分が多くなり、空港の保安検査場で何も持っていなくても引っかかってしまう事件も。
金メダルを獲得したシドニー五輪では小出義雄監督との仰天エピソードを公開。レース当日、小出監督は「20キロ地点と30キロ地点で応援する」と約束していた。約束の20キロ地点ではしっかり応援していたものの…30キロ地点にはいないというハプニング。実は20キロ地点で金メダルを確信した小出監督は、30キロの約束をすっぽかし、スタジアムで一足先に祝杯をあげていたという。
アテネ五輪女子マラソン金メダリストの野口みずき氏は、高橋氏の金メダルにあこがれ、その背中を追って見事日本2大会連続金メダルに輝いた。当時の練習量は1カ月で東京~鹿児島間に相当する1,370kmを走破。これは1カ月毎日フルマラソンを走った計算になる。
1番つらかったのはアテネ五輪直前のスイス合宿。標高2,000mを超える山の急こう配を走り込む連日のメニューに…精神的、体力的にきつくなってついに家出。しかし、バスに乗ろうとしたものの海外のため乘り方がわからず、宿泊していたホテルの裏山に6時間潜んでいたという衝撃のエピソードを明かす。
さらに五輪のレース当日、競技場直前のコースでは「街灯に照らされた道が白い1本の筋のように見えて、それに吸い込まれるように走っていった」という不思議な感覚を味わっていた。日本女子マラソン初の2大会連続金メダルの裏側に迫る。
アテネ五輪競泳女子800m自由形金メダリストの柴田亜衣氏は、当時世界的に無名ながら女子自由形で日本人初の金メダルを獲得し、一躍ニューヒロインとして注目を浴びた。その金メダルの原動力は失恋だった…? オリンピック派遣標準記録に6秒も足らず、出場すら厳しい状況だったが、大会5カ月前に転機が起こった。
長期合宿を終え、久しぶりに当時付き合っていた彼氏とデート。しかし彼氏の態度がどうもおかしく…問い詰めたところなんと浮気が発覚。すると柴田氏はその悔しさを競技にぶつけ、失恋3週間後に行われたオリンピック最終選考会でなんと自己ベストを10秒も更新して日本代表に決定した。さらに、オリンピックでも自己ベストを4秒更新。失恋から14秒も記録を更新し、金メダルに輝いた。スタジオでは金メダリストたちの現役時代の恋愛話も公開される。
リオ五輪競泳女子200m平泳ぎ金メダリストの金藤理絵氏は10年間、加藤健志コーチと2人3脚で壮絶なトレーニングを行ってきた。しかしリオ五輪直前、レース10日前になんと右足首を捻挫していたという。
完治することなく臨んだリオ五輪本番、予選では自己ベストより3秒も遅いタイムだった。すると加藤コーチが衝撃の指示。普通の選手は決勝前のウォーミングアップは1,000m程度泳ぐくらいだが、金藤氏は自分の泳ぎを取り戻すために6,400mもの距離を泳いだという。普通の選手だとバテてしまうが、これで本来の泳ぎを取り戻し、見事決勝で金メダルを獲得した。
ロンドン五輪柔道女子57kg級金メダリストの松本薫氏は、相手を圧倒する気合の表情で、そのスタイルから「野獣」と呼ばれた。しかし実は「野獣」は演じていたものだったという。小学1年生から柔道を始めたが、当時は勝ちたいという意欲がなく、畳の上を逃げ回っていた。しかしこれではだめだと心機一転、攻撃柔道への転換を図った。勝つために考えたのは、相手の力を100%から80%、70%へと落とすこと。そのために開発されたのが「野獣」スタイルだったという。
試合会場に入ると試合前から野獣の表情で対戦相手をにらみつける。相手の目線に何度も入ることで「松本は何を考えているかわからない」という恐怖心を相手に植え付けることで、相手の体に力みが生じるという。事実、ロンドン五輪決勝直前の入場シーンでは相手を威圧する松本氏の姿を見せまいと、相手コーチが選手に目隠しをする場面も。スタジオではだれでもできる「野獣」の表情を松本氏がレクチャー。ももいろクローバーZの百田夏菜子の野獣フェイスに、スタジオは騒然となる。
レスリング女子五輪3大会連続金メダリストの吉田沙保里氏は、個人戦119連勝、世界大会16連覇、霊長類最強女子の名をほしいままにした。そんな吉田氏の五輪連覇を支えたのは、ライバル山本聖子氏の存在。03年アテネ五輪代表選考会、当時世界女王として君臨していたライバル山本氏を倒し、アテネ五輪代表に決定した。アテネの出場を逃した山本氏は引退、その後吉田氏は輝かしい成績を収めていった。
そんな吉田氏に、北京五輪直前に試練が訪れる。ワールドカップで格下のアメリカ選手にタックルを返されまさかの敗戦。個人としての連勝記録は119で止まった。試合後、号泣して落ち込む吉田氏に1通のメールが届く。それはかつてのライバル・山本氏からのメッセージだった。「私は、今でも一番強いのは沙保里だと思っているよ」…現役時代、ほどんど会話もしたことがなかったライバルからの励ましに吉田氏は奮起。見事北京で2大会連続の金メダルを獲得、ライバルの言葉が吉田氏を連覇に導いた。