2002年に発売されて以来、ルンバの意匠といえば、ずっと「円形」でした。それから30年近く、着実に進化を続けてきたルンバですが、この基本的なフォルムはずっと変わっていません。
2015年、ルンバが初めてカメラを用いた「vSLAM(Visual SLAM)」技術を搭載したときも、「ロボット掃除機は円形が最適解」と、アイロボットの創業者でCEOのコリン・アングル氏は語っていたものです。
それゆえ、D字型になった最新モデル「ルンバ s9+」(以下、s9+)を見て、天晴れなまでの前言撤回と思った人もいると思いますが、「部屋の隅を掃除するにはD型が効率的だという見解は持っていた」と、s9+の記者発表会でアングル氏は説明しました。「これまでは、D型であることのデメリットを払拭できていなかった」とも。
当時のルンバが克服できなかったのは、「狭い空間に入り込んだときに脱出できない」こと。メリットとデメリットを両天秤にかけ、これまでは円形が正解だったといいます。
当時から、難点を克服する挑戦は続いていました。新製品のs9+では、本体前方に搭載した高性能センサーによって、s9+自身が空間を三次元的に把握。進行方向にある壁の位置や奥行きまで、立体的に検知します。これによって、今までは入れなかった狭いすき間や、入り組んだ場所へのアプローチも可能になったことで、ようやくD型のルンバが実現したのです。
とはいえ、今後のルンバはD型が基本形になっていくわけではありません。アングル氏らとともに来日した、アイロボット社でアソシエイトプロダクトマネージャーを務める、アイリーン・リー氏を直撃したところ、次のように話してくれました。
「s9+のD型は、あくまでルンバの1つのカタチに過ぎません。プレミアムモデルという位置づけであり、しっかりと掃除をしてくれることを最優先に考えています。技術、機能、外観デザインまですべてにおいて、現在のアイロボットが持てる最高の能力を詰め込んだモデルとして送り出しました」
ルンバ史上最高のモデルとして、歴史上で初めて形状を変えて登場したs9+ですが、プロダクトデザインという視点において、最も力を注いだのは、これまでと変わらない「使いやすさ」でした。「新しい機能を搭載するためにも、必然的にデザインを変更しなければなりませんでした」と、リー氏。そのために、「数百あるパーツをすべて作り直したことで、必然的に大幅なデザイン変更も求められました」と打ち明けます。
s9+では、吸引力のパフォーマンスを高めるために、モーターの性能も向上。本体をD型にしたことによって、ゴム製のブラシを前面に置けるようになり、そのぶんブラシの幅も長くなりました。リー氏は苦労を語ります。
「前方に重さがかかり、動きの部分でも変化が生じてしまいました。車輪の位置も変わりました。ダスト容器やフィルターを水で丸洗いができるように、従来モデルの機構(サイドにスライドさせて着脱する方式)から、s9+では天面のフタを開けた下に配備して、上部のハンドルを持ち上げて取り出せる設計にしました。
本体の構造が大きく変わったことにより、ゴミを溜めておくクリーンベースのドッキング部分の位置も、変えなければなりませんでした。本当に試行錯誤しながら、最適な配置へとパズルのように組み立てていく作業の連続でした」(リー氏)
s9+発表会の席で、CEOのアングル氏は「ゴージャス」「アート」というキーワードを挙げて、デザインに込めた想いを表現していました。リー氏はさらに「ルンバを家族の一員として考えているユーザーも少なくありません。クローゼットにしまい込まずに、リビングルームに飾ってもらえるような、プレミアムモデルにふさわしい、高級感ある洗練されたデザインを目指しました」と話します。
外観のデザインで意識されたのは、家具としての美しさ。
「家の中にある家具をイメージしてデザインしました。チープさがなく、締まった印象にするために、マットな質感の仕上がりするなど、見かけをよくする上で素材選びからひとつひとつがすべて意図的で、こだわり尽くしています。クリーンベースは、ゴミを溜めておくという重要な機能を果たすだけでなく、ルンバと一心同体の一体感が持てるように、材質もi7とは変えているんです」(リー氏)。
姿が大きく変わったとはいえ、随所に「ルンバらしさ」も刻まれています。その1つは、着脱式のダストボックスのために設けられた、真ん中のフタです。この部分を円形にデザインしたのは、きちんとした理由があります。
「D型になっても、もともとのルンバのデザインを残すために、フタの部分を円にしています。ルンバにとって、円はデザインランゲージ。本体の形が変わっても、アイロボットらしさをデザインの中で出していきたいという意図なんです」(リー氏)
s9+の発売に先駆け、日本でも2019年夏、床拭きロボット「ブラーバ ジェット m6」(以下、m6)が発売されています。s9+とm6はグローバルではほぼ同時期の発売だったので、デザイン面で多くの共通項を持つことに気付いた人もいるのではないでしょうか。
リー氏によると、両者のデザインはインテリアとしてのコーディネートを考えられてのもの。「デザインは意図的に共通したものにしています。水拭きを行うm6は、洗面所などのサニタリー空間を意識して、本体色はホワイトを選びましたが、居住空間を清掃するs9+は、家具のようなイメージでブラックを採用しました」(リー氏)
アイロボットがプロダクトデザインを進めるときは、性質から何から、さまざまなオブジェクトを比較したり、参考にしたりするそうです。その一例は自動車。s9+では、外観のデザイン以外にも、自動車からヒントを得て具体化された部分があります。
「素材にポリッシュメタルを採用するなど、s9+上面のフタ部分は自動車のドアがヒントになっています。フタが開閉するとき、自動車のドアのような締まり方になるような工夫をしています。プレミアムなロボット掃除機であるs9+は、すべてにおいてプレミアムを感じられるように、所作や操作感も含めてこだわりました」
30年近くにわたって、ロボット掃除機としての自立性と、使いやすさを絶えず進化させてきたルンバ。s9+の前世代ではWi-FiやvSLAMの搭載によって、人間の代わりにただ掃除をするだけでなく、ユーザーが望む方法でオンデマンドに掃除ができるようになりました。
次世代として開発されたs9+では、「掃除をする」というユーザー体験に対して、新たなエッセンセンスを加えています。それは、フタの周りに配備された「ライトリング」。
「ライトが点灯すると、高級感と質感が際立つという効果があります。さらに、ライトリングが動作に応じて白・青・赤の3色に光り分けることで、s9+が何をしているのか、ユーザーに伝えてくれる機能を持たせています。これを『ニュークリアネス』と呼んでいるのですが、見かけをよくするだけでなく、ロボットの知性を表現するもので、昨年(2019年)ドイツでテスト導入された芝刈りロボット「Terra(テラ)」にも採用しています」(リー氏)
リー氏は改めて、「とにかくすべてにこだわりました」とs9+を振り返ります。D型の形状をはじめ、見かけ上は従来製品から大きく方向転換しましたが、「掃除がしっかりできる」「使いやすい」を軸にした設計思想はブレていません。それを基盤としてたどり着いたD型のs9+は、現時点での最適なカタチの1つ。今までの歴史と進化を追いかけてみると、未来のルンバにとっても、s9+はマイルストーン的な通過点となるに違いありません。