誰だって夢中になれることを、見つけたい。ファンファーレが鳴り響き、オーケストラが音楽を奏でるような、明るい未来に向かいたい――。
ポストミレニアル世代であるZ世代に向け、さまざまなアーティストの楽曲のタイトルを散りばめたMicrosoft Surfaceのイースターエッグ広告が今、話題を呼んでいる。「まだタイトルのない君へ。」と題し、これからブレイクスルーし、社会へ羽ばたこうとしている若者たちにエールを贈った今回のプロモーション。プランナー兼クリエイティブ・ディレクターを務めた株式会社EPOCHの佐々木渉氏に話を聞いた。
「まだタイトルのない君へ。」
――そもそもこのアイデアはどういうきっかけで思いついたのですか?
実はこれ、意外とパッと思いついたんですよ。新学生向けのキャンペーンということで、最初に「音楽が刺さるのではないか」という仮説に基づき、「楽曲タイトルをコピーに埋め込んだら面白いんじゃない?」というざっくりしたアイデアが浮かびました。そこからコピーライターを含めいろいろな人たちとディスカッションしていきながら形にしていったんです。
――楽曲選びはどのように進めていったのでしょう。
新大学生に向けたアンケート調査で、実に97%が日常的に音楽を聴いているという結果が出まして。そこからさらに「人生の中で音楽はどのような役割を果たしているのか」と尋ねたら、83.2%が「自分の将来を決めるきっかけ、自信」につながっていると回答していて、彼らの世代の意思決定やカルチャーに音楽が深く影響していることが分かったんです。確かに、僕自身もそうですけど、学生の頃、青春時代に聴いていた楽曲が飲食店で流れ出すと「うわ~懐かしい!」ってなるじゃないですか。あの頃に聞いていた音楽って誰にとってもエモいもので、だからこそ学生だけではなく、世代を問わずにハマる楽曲もチョイスして拡がりが生まれるようにしました。
――楽曲のチョイスはとても楽しそうですが、同時にかなり難しそうですね。
そうですね(笑)。広告である以上、データの裏づけも必要なので、TikTokでどれだけ再生されているか、Twitterでどれだけシェアされているか、そのアーティストにどれだけフォロワーがいるかなど徹底的にリサーチしました。プロモーションの性質上、僕らの方からは一切、アーティストさんの名前を出せないのですが、たとえば「なにをやってもあかんわ」は、TikTokで昨年最も多く再生された楽曲なんです。その一方で、僕らは使いたいんだけどタイトルがコピーにどうしてもマッチせず、泣く泣く採用を見送ったものもあります。とはいえ、楽曲選びは普通に楽しかったですね。
――反響はいかがですか。
おかげさまでかなりあります。Twitterで「このタイトルはこのアーティストでは?」みたいな感じでキャプチャー画面と一緒に考察する人もいれば、 YouTubeで元ネタとされる楽曲のプレイリストをアップしている方もいらっしゃって、作り手としてはとてもありがたいし、嬉しいです。
――プロモーションムービーも細部にまでこだわっていますね。
今回タイトルを使った各アーティストさんのMVで演出されているシチュエーションや美術セット、構図などにインスピレーションを得た構成になっています。今回特別に名前出しOKをいただいたBiSHさんの「オーケストラ」という楽曲タイトルを例に挙げて説明すると、実はプロモーションムービーではそのMVに出ていた同じ女の子たちをキャスティングしています。MVの中で学生だった彼女たちがその後どうなっているのか、という目線で見るとかなりグッとくるものがあると思うので(笑)、ぜひ他のアーティストさんに関しても探していただけると、より一層楽しめると思います。
BiSH「オーケストラ」のMV
――今回のプロモーションを通じ、若い世代の人たちにはどのようなメッセージを受け取って欲しいですか?
僕自身もそうでしたけど、大学生って「特にやりたいことがない」っていう感覚の人が多いのかなって思うんです。でも、どんなことでもいいから夢中になれることを続けていけば、いつかきっとあなたの「タイトル」が見つかるよ、というメッセージを込めたつもりです。それが遊びでも勉強でも部活でもバイトでも何でもいいと思うんです。未来に向けて本当にブレイクスルーしたくなったときに、Surfaceと一緒ならタイトルが見つけられるという想いが届けばいいなと思います。
――では、そんな佐々木さんのこれまでの歩みについて聞かせて下さい。
僕はいったん大学を卒業した後、デジタルハリウッドに入り直してプログラミングを一から勉強しました。そこからWeb制作会社に就職し、Webディレクターとしてキャリアをスタートさせました。そこではインタラクティブなコンテンツや動画によるコミュニケーションを手がけ、4年半ほど勤めた後、同期だった今の会社の社長に誘われて2013年、株式会社EPOCHの立ち上げメンバーとして所属を開始しました。
当時はまだ映像とWebの融合があまり見られなかった時代で、映像は映像プロダクション、WebはWebプロダクションに発注するというのが一般的だったんです。でも、それだと共通言語がないので統合的なコミュニケーションがなかなか取れませんでした。それを高いクオリティで企画からディレクション、制作までプロデュースできるように会社を立ち上げたんです。今では、グラフィックやイベントなど、ときにはTVドラマの制作までメディアや媒体を問わずに様々な統合コミュニケーションを手掛けさせてもらっています。
――代表作は何でしょう。
思い出深い作品は、2015年に発表した安室奈美恵さんの「Anything」のMVですね。これはGoogle Chromeだけで見ることが出来る世界初のミュージックビデオで、安室さんが歌いながら画面を左から右へ歩く映像をベースに、URL上に歌詞がテロップのように表示されたり、最後には安室さんが差し出した手の先からダウンロードがスタートしたりするなど、プランナー兼クリエイティブ・ディレクターとして映像とWebを連動したさまざまな演出を散りばめました。
佐々木氏が手掛けた安室奈美恵のMV
――Webの世界に限らず、次々と新しい技術が登場する中、クリエイターのあり方も変化し続けている実感はありますか。
ありますね。やっぱりこの時代、一つの肩書きに縛られることもないと思うので、僕の場合も案件によってはプランナーとして参加することもありますし、Webディレクターだったり映像ディレクターだったりすることもありますし。
つい先日、ネットの広告費が初めてテレビを越えたことがニュースにもなりましたが、まさにWebだろうが、映像だろうが、イベントだろうが、SNSをはじめとするメディアだろうが、何が正解なのかは不明瞭な中、一つのことに固執していたらたぶん淘汰されていくと思うんです。
仕事の面でもこれまでとは違い、代理店さんを飛び越えて直接僕らに依頼が来るようになったり、逆に代理店さんに僕らが発注して一緒に作っていったり、業界的な垣根を越えている時代になりつつある印象があります。これから先はもっと自分の肩書きやキャリアや会社など関係なく、チームで取り組む時代になっていくのではないでしょうか。
今、若い人たちの間で「スラッシャー」という言葉が流行っているらしいんですよ。「Webディレクター/映像ディレクター/プランナー」という具合に自分の肩書きを「/(スラッシュ)」で区切っている人のことを指すそうですが、大事なのは自分の中で一番の強みを見つけることだと思うんです。僕の場合それが「Web」だったわけで、これからの人たちにもぜひ何かを極めて欲しいなとは思います。
――クリエイティブであり続けるために必要なものは何でしょう。
ベタですけど、もうとことんインプットするしかないのかなと。僕も休みの日も外に出ないでずーっとネットサーフィンして、すごいなと思った企画や、頭に浮かんだアイデアをネタ帳のように片っ端からストックしています。でも、それと同じくらい大事なのが、それが「なぜすごいのか」をキチンと分解すること。少数の例外を除いて、世の中のヒットするものはすべからくロジックで裏打ちされていると思うので、そこの分析は怠らないでいたいですね。
――今後はどのような作品や活動を手がけていきたいですか?
あくまで僕個人の意見ですが、広告の時代が変わりつつあるという印象があります。もちろん依然として必要なものではありますが、それだけでは世の中が求めるコミュニケーションが実現できないのではないかと思うんです。
それは「広告」というよりも、どうやって社会やステークホルダーと一緒に新しい「サービス」や「プロダクト」や「コミュニケーション」を作れるかであるし、そのブランドや価値を上手に伝えられるか。多様化する時代の中で、変わるけど無くなることはない ”この時代の広告” をゼロから生み出すクリエイティブ・パートナーとして世の中に存在したいと思っています。
――佐々木さんが生み出す新しいサービスが一体どんなものなのか、とても楽しみです。
ありがとうございます。僕もまだその「タイトル」を探している途中です(笑)。