2019年11月、「北米教育eスポーツ連盟(NASEF)」の日本支部が設立されました。アメリカに本部を置く「NASEF」は、eスポーツを活用した教育機会を開発・提供するために設立された非営利団体。教育の場において、eスポーツを活かしたさまざまな取り組みを行っています。
日本では、2019年に「全国高校eスポーツ選手権」や「STAGE:0」など、高校生を対象としたeスポーツ大会の開催がスタートしたばかり。教育の場においてeスポーツをどのように活かすべきかについては、まだまだ手探りの状態でしょう。
「NASEF」はアメリカで、eスポーツと教育をどのように結びつけているのでしょうか。「NASEF」日本支部の内藤裕志さんにお話をうかがいました。
eスポーツを通じて、若者の“人間的な成長”を目指す
――最初に、「NASEF」がどのような団体なのか教えてください。
内藤裕志氏(以下、内藤):NASEFは、次世代を担う若者に向けて、eスポーツを活用した教育を提供するために設立された非営利団体。「North America Scholastic Esports Federation」、頭文字を取って「NASEF(ナセフ)」と名乗っています。日本語では、「北米教育eスポーツ連盟」です。
もともと2018年に、カリフォルニア州・ロサンゼルスの南に位置する「オレンジ郡」というエリアで、教育委員会が中心となってeスポーツのリーグを始めたのがきっかけ。当初は25校38クラブでしたが、いまでは、加盟しているクラブ数が450以上、選手として登録している生徒が4,500人以上まで拡大しました。
また、「NASEF」の取り組みを拡大すべく、2019年11月より日本支部を開設しました。同じく2019年11月に発足した「一般社団法人全国高等学校eスポーツ連盟(JHSEF)」と提携しています。
――「NASEF」の主な活動を教えてください。
内藤:大きく分けて、4つの取り組みをしています。1つ目は、eスポーツを用いた「カリキュラムの構築と提供」。2つ目は、「eスポーツが子どもたちに与える影響の調査と研究」です。
3つ目は、学校でeスポーツ部を立ち上げるために必要なマネジメントなどをフォローする「クラブ活動支援」。そして、4つ目は、生徒がチャレンジする機会の創出、つまり「eスポーツ大会の開催」です。
誤解されがちなのですが、我々の活動目的は、生徒をeスポーツのプロ選手にすることではありません。あくまで、「eスポーツを通じて人間としていかに成長してもらうか」を目的に活動しています。
――「カリキュラムの構築と提供」では、どのようなことをするのでしょう。
内藤:アメリカでは州ごとに教育方針の基準が異なりますので、それぞれで基準を満たすカリキュラムを作成します。既存の科目でeスポーツを活用するケースでは、日本で「国語」にあたる「English Language Arts(ELA)」の授業で使われることが多いですね。そのほか、「数学」や「IT」などのクラスで、eスポーツが使われることもあります。
たとえば、カリフォルニア州では、年次ごとにゲームやeスポーツのまわりにある産業や考えかたを学んでいきます。高校1年生では、スポーツや音楽の社会における役割を考えるのと同じように、ゲームの価値や活用方法を学び、2年生では、eスポーツを社会の課題解決につなげるために何ができるかを考えます。地域のお年寄りとのコミュニケーションが希薄化している課題があれば、「どうやったらゲームを使って会話のきっかけを作れるか」などですね。
3年生では、それを多くの人に知らせたり、協力を得たりするにはどうすべきかを考えます。実際にWebサイトやロゴを作成し、地元の新聞社に協力してもらえるよう働きかけるなど、起業家精神を学びます。
そして、最後の学年では、自分たちで考えたプランを主催者として実践。どのようにお客さまに提供するのか、それを受けた人たちがどう変わるのか。人やモノを動かすことによって、産業がどう動いていくのかを体感します。
以上が、高校生向けのカリキュラムの例。現在、中学生向けのカリキュラムについても作成を進めているところです。
――活動の2つ目に「調査と研究」を挙げていましたが、どのような調査が行われているのでしょうか?
内藤:eスポーツを通じて得られる可能性のある能力は、集中力や問題解決能力など、さまざまです。そこで、生徒は実際どのような能力が伸びたと思っているか、プロフェッショナルによる1on1のヒアリングやアンケートなどの調査を行いました。
我々は、ロジカルシンキングや問題解決能力が伸びたのではないかと考えていましたが、結果は違ったのです。
もっとも効果があったのは「社会的感情教育(Social Emotional Learning)」の部分。コミュニケーションによって初対面の人と合意形成を行い、お互いの目標に向けていかに切磋琢磨していけるか、あるいは、チームのなかで自分の役割を考えて、メンバーを引き立てるためにどうすればいいのか考える能力です。
ひとことで表すならば「コミュニケーション能力」でしょうか。そうした対人スキルの部分が大きく伸びたとわかったんです。
――とてもおもしろい調査結果ですね。
内藤:いまは、通知表の成績との関連性などについても調査中。こうした調査や研究は、カリフォルニア大学アーバイン校と連携して進めています。
eスポーツ部をマネジメントする先生たちへの支援も
――「クラブ活動支援」についても具体的に教えてください。
内藤:教育にeスポーツを取り入れる場合、先生たちが直面しやすいのは、「eスポーツ部を立ち上げたいが何を準備したらいいかわからない」「生徒をどうマネジメントしたらいいかわからない」といった状況。そのため我々は、先生たちに向けて、オンラインを含めた説明会を行っています。
ツールキットやプログラムをお渡しして、クラブ活動の運営や大会への出場に関するサポートをするだけでなく、場合によってはコーチを紹介することもありますね。
プログラムには、自分たちのチームを作ってロゴを制作しましょう、それを発信するためのSNSアカウントを作りましょう、といった内容を盛り込み、どのような指導をすべきか先生たちに伝えています。生徒にとっては、「SNSで発信するために何が必要なのか」「逆に何をしてはいけないのか」を学ぶ機会にもなるでしょう。
そのほかに意識しているのは、ゲームの依存性や暴力表現などのネガティブな面。それらが子どもたちに与える影響を踏まえ、指導者がきちんとコントロールできるようなプログラムを作成しています。また、保護者に向けた「ペアレンツガイド」も作成し、発信しています。
――4つ目の「大会の開催」では、どのようなeスポーツ大会を行っているのでしょうか?
内藤:大会に関しては、日本の「全国高校eスポーツ選手権」や「STAGE:0」といった大会と同様ですね。春や秋などのシーズン・タイトルごとで開催される大会に加えて、我々が認定させていただいた各地域の主催者による大会などが開催されています。
――eスポーツと一口に言っても、さまざまなゲームタイトルがあると思います。大会では、どのようなタイトルが採用されているのでしょうか?
内藤:タイトルは『League of Legends(リーグ・オブ・レジェンド)』や『Overwatch』など、さまざまです。ただ、我々は多くの選出基準を定め、それに沿って適切なタイトルを選んでいます。
そのゲームはどのようなルールで、プレイヤーはどのようなことを得られるのか。多くの人が平等にプレイできる環境にあるのか。また、エンターテインメントソフトウェア評価委員会(ESRB)などの第三者機関が定めるレーティングを満たしているかなど、さまざまな基準と照らし合わせ、その年ごとにボードミーティングで一つひとつのタイトルを精査します。
さまざまなジャンルからタイトルが選出されていますが、現在スマホゲームのみのタイトルは選出していません。理由は、ルール化しづらいからです。スマホのゲームだと、つい寝る前までプレイしてしまいますよね。そうすると、それが遊びなのか練習なのか、境目がなくなってしまう。こういったことも踏まえて、タイトルが選定されています。