マネースクエア 市場調査室 チーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話します。今回は、コロナ危機への対策としてFRBが声明を出した、緊急利下げについて語っていただきます。

  • 米FRBの緊急利下げによってコロナ危機は回避されるか(写真:マイナビニュース)

    米FRBの緊急利下げによってコロナ危機は回避されるか


FRBが緊急利下げを表明

3月3日、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は臨時のFOMC(連邦公開市場委員会)を開催して0.50%の緊急利下げに踏み切りました。

FOMCの声明では、利下げの理由を「コロナウイルスの経済に対するリスクが高まっているため」と明言しました。それまでに発表された米国の経済指標は比較的良好なものが目立っていました。しかし、2月の中国PMI製造業景況指数がリーマン・ショック時を下回って過去最低となるなど、新型コロナウイルスの影響が強く懸念される状況でした。

パウエルFRB議長は利下げ後の会見で、「利下げで感染拡大を止めることはできない。サプライチェーンを修復することもできない。それはわかっている。しかし、我々の行動が経済にとって有効なサポートになると確信している」と苦しい胸の内を明かしています。

FRBの緊急利下げを受けて米株は一瞬上昇したものの、すぐに下落に転じました。また、長期金利(10年物国債利回り)は1%を割り込んで過去最低を記録するなど、金融市場は少なくとも初期反応としてFRBに「ノー」を突き付けました。市場のネガティブな反応が続くようなら、3月18日に予定される定例のFOMCでの追加利下げ期待が高まるかもしれません。

FRBの緊急利下げの直前には、G7(主要7カ国)の財務相・中央銀行総裁による電話会議が行われていました。その場でパウエル議長が利下げの意向を表明したことは想像に難くありません。今後、各国政府・中銀によって協調的な対策が講じられるかが注目されます(4日にはカナダ中銀が0.5%の利下げで、FRBに追随しました)。

過去の緊急利下げを振り返る

主要国の金融政策や財政政策での対応にもよるでしょうが、今後の展開は引き続き予断を許しません。FRBによる緊急利下げは、近年では2008年リーマン・ショック、2001年911同時多発テロ、1998年大手ヘッジファンドの破たんのケースがあります。それらの経験からすれば、FRBが新型コロナウイルスによる経済危機を回避するのは難しいかもしれません。当時の状況を振り返っておきましょう。

2008年リーマン・ショック

住宅バブルの崩壊によるリセッション(景気後退)懸念から、1月22日に0.75%の緊急利下げを決定(4.25%⇒3.5%)。さらに30日の定例FOMCでも0.50%の利下げに踏み切りました。もっとも後から判明したことですが、リセッションは2007年12月に始まっており、9月のリーマン・ショックが追い打ちをかける格好で2009年6月まで続きました。この間に、FFレート(政策金利)は5.5%から0~0.25%まで引き下げられました。

2001年911同時多発テロ

9月11日の同時多発テロを受けて金融市場がマヒ。再開された9月17日に0.50%の緊急利下げを決定(3.5%⇒3.0%)。ただし、これは2001年春のIT株バブル崩壊を受けた利下げサイクルの一場面に過ぎませんでした。2001年3月~11月に短いリセッションがあり、FFレートはピークの6.5%から2003年に1.0%まで引き下げられました。

1998年大手ヘッジファンドの破たん

1997年7月のタイに端を発したアジア通貨危機の余波を受けて、1998年8月にロシア国債がデフォルト(債務不履行)。高いレバレッジを効かせてロシア国債を購入していた大手ヘッジファンドLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が9月に実質破たん。

FRBは9月29日の定例FOMC、10月15日の臨時FOMC、11月17日の定例FOMCで緊急避難的に0.25%×3回の利下げを実施(5.5%⇒4.75%)。FRBによる予防的措置によって金融危機やリセッションは回避され、利下げはこれらの3回のみ。FRBは1999年6月には利上げに転じ、FFレートを4.75%から最終的に6.5%まで引き上げました。

リセッション回避は困難!?

過去3回の緊急利下げの局面のうち、結果からみれば直近2回は金融危機への対応であり、リセッションを回避することはできませんでした(むしろ、緊急利下げの前にリセッションは始まっていました)。

景気のソフトランディング(軟着陸)に成功したのは、1998年のLTCM危機の局面だけでした。これは、アジア通貨危機、ロシア危機を経て資金が逃避先として米国に流入、景気を支えたことが大きかったようです(ただし、円資金を調達して外貨資産を購入するキャリートレードの巻き戻しによって、急激な米ドル安円高が示現しました)。

過去の事例からみれば、FRBの分は悪そうです。上述した2度のリセッション(2001年と2007~2009年)の当時と比べて金融緩和の余地は限られており、そうした中でパウエル議長は一段と難しい舵取りを迫られそうです(他の中銀総裁にとっても状況は似たようなものかもしれません)。