Appleは、2016年のサービス部門の売上高を2020年までに倍増させる計画を立ち上げた。2019年のサービス部門の売上高は462億9100万ドル。2016年の売上高は243億4800万ドルだったことから、すでに90%増加させており、2020年第1四半期決算でも年率16.7%の成長を維持していることから、おそらくその目標は達成できるだろう。

Appleのサービス部門は、App Storeの手数料が最大の収益源だが、それ以外にはApple Care+、iCloud追加ストレージ、Apple Musicなどのサブスクリプションサービスも含まれる。2019年3月にはApple News+、Apple Arcade、Apple TV+を相次いで立ち上げ、サブスクリプションの強化を行ってきた。

これに加えて立ち上げたのがApple Cardだ。Apple Cardは2016年からサービスを提供しているモバイル決済のApple Payと密接に関わるサービス。本連載のバックナンバー「サブプライム層も狙うApple Cardの驚きと戦略」でもご紹介した通り、社会保障番号と運転免許証によってiPhoneからすぐにクレジットカードが発行でき、Apple Payで利用できるようになる。

  • 米国などでは2016年に導入を開始したApple Card。日本ではまだ利用できないが、2020年には何か動きがあるだろうか

ゴールドマンサックスとのパートナーシップによって実現した自社ブランドのクレジットカードは、Apple Payでの活用にインセンティブが大きく設定されている。また、クレジットスコアが低い人にも利用可能額を小さくしながら発行されることから、Apple Pay利用促進の武器と捉えている可能性が高い。

今回のシリーズでは、Apple PayとApple Cardについて、今後のAppleやモバイルビジネスにおける影響を考えていきたい。

Apple Pay導入のインセンティブ

Apple Payは、手持ちのクレジットカードやデビットカードを読み込ませ、iPhoneやApple Watchを介して店頭で、あるいはウェブ決済で利用できるようにする仕組みだ。Apple Payを介した決済で、Appleはカード会社から手数料を得る仕組みとなっており、Appleのサービス部門の売上に貢献する。

導入のインセンティブは、消費者の立場からもカード発行会社の立場からも共通して、「セキュリティ対策」にほかならない。

筆者は、2011年から米国でクレジットカードを所有しているが、メインにしているカードはおおむね6カ月に1度はスキミングされて不正利用の被害に遭い、カード会社への報告と利用停止の手続き、カード再発行というプロセスを取らなければならなかった。もちろん、被害額は全額保証されるが、カードの再発行に1週間から10日はかかるため、その間の生活に不便をもたらすだけでなく、各種支払いの再設定などが強いられる。そのため、本来は必要ないものであるが、メインとは別のカードも所有しなければならなかった。

スキミングのタイミングは、普段あまり行かない場所の駐車場やレストラン、オンラインショップなどさまざま。特にオンラインショップの場合、いつも使っているショップにハッキングが仕掛けられてカード不正利用がなされた、というパターンもあった。米国にいながら、トルコの空港での航空券の購入なんて、するわけがない。

もっとも腹が立ったのは、Uberアカウントのハッキングだ。ロシアやウクライナ方面でUberに乗りたい放題、Uber Eatsで食べたい放題されただけでなく、オンラインショップでの買い物も確認された。

カード会社は、こうした怪しいパターンや、外国など物理的にあり得ない決済をアルゴリズムで監視しており、自動的にカードにロックがかかる仕組みを備えている。これは不正利用拡大だけでなく、損失補填するカード会社側の自衛策でもある。しかし、不正利用をたくらむ側も巧妙になり、アルゴリズムをかいくぐるためにオンラインショップでの少額利用を組み合わせることもある。

Apple Payは、実際のカード番号を物理的に、あるいはオンラインでのデータとして露出しなくすることにより、不正利用による不利益をカード決済そのものからなくそうという試みだ。

  • Apple Payは、決済にあたってカード番号情報の入力ややり取りをせず、意図せぬ不正利用を排除している

iPhoneやApple Watchに対してカードと紐づくトークンを発行し、これを端末のNFCに入れる。決済時は生体認証と組み合わせることで、本人以外がNFCを使ってカード決済することを防ぐ。このプロセスを徹底することによって、カードの不正利用を防ぐことができ、また不正利用に伴う再発行の手続きや損失補填なども防げる。

カード発行会社はAppleに手数料を支払わなければならないが、これによって防ぐことができる損失補填の金額やアルゴリズム開発、再発行の手続きにかかる人件費などのコストを考えると、十分に納得できたため、カード会社が相次いで採用することにつながったわけだ。

Statistaのまとめによると、Apple Payは現在、米国内で988億8000万ドルの決済額を誇り、ユーザー数は約6400万人。世界では実に2億5300万人が利用しているが、まだ20の市場でしか提供されていないのに驚く。

Apple Payは今後、全決済の10%を握る可能性も

Appleによると、2020年第1四半期決算で、Apple Payの決済数は年間150億回にのぼり、手数料収入の面でも1年前に比べて倍以上に成長していると明かした。

この分析を別の角度から見てみよう。Quarzのリポートによると、Apple Payは世界のおよそ5%の決済をカバーしており、2025年までに10%まで成長を遂げるとの予測だ。米国のコンタクトレス決済の規模は、2024年までに1.5兆ドルに成長する見込みで、少なくともその10%からAppleが手数料収入を得ることになる。

  • Appleのティム・クックCEO(右)

Appleは、確かにApple Payの普及や啓蒙に努めているが、コンタクトレスへの対応はAppleの悲願というよりも、決済の不正を撲滅するという社会問題と一致しており、Appleは短期間でその最大勢力の座を獲得した形となる。

しかし、これはあくまで米国の問題であって、他の地域には別の問題が存在していた。(続く)