携帯電話各社が2020年春にサービスを開始させる第5世代移動通信システム「5G」。私たちの生活のみならず、産業まで一変させるといわれています。実際、何が変わるのでしょうか? KDDIが大林組らと取り組んでいる、5Gを活用した“未来の建設現場”を取材しました。

  • KDDI、大林組、NECが取り組む5Gを活用した建設現場を取材しました

無人の建機が動く!現場に潜入

KDDI、大林組、NECの3社が2月中旬に実施した、建設中の川上ダム(三重県伊賀市)における実証実験。その内容は、油圧ショベル(土砂を掘る)、クローラキャリア(土砂を運ぶ)、ブルドーザー(敷きならす)の3台の建機を遠隔から操縦しつつ、自動運転システムを搭載した振動ローラ(土砂を押し固める)を無人で走らせるというものでした。

  • ショベルカーやブルドーザーなどの建機を遠隔操縦し、振動ローラは自動運転させるという、大掛かりな実証実験が行われました

各建機には、複数の高精細カメラや全方位カメラなどを設置。カメラ映像、遠隔操作の信号データ、GNSSによる高精度な位置情報データなどを5Gでリアルタイムにやり取りします。現場に設置した3Dレーザースキャナーでは、土砂量や造成結果を高精度で測量。こちらでは、タイムリーな出来高や品質管理を担っていました。

  • 右手前の鉄塔から3.7GHz、28GHzの5G電波を吹かせて建機を動かします

  • 無人の建機には、たくさんの高精細カメラを搭載。ちなみに、5G電波の受信機として、Galaxyシリーズのスマートフォンが転用されていました

かたや、500m離れた山中に設置した操縦室には3名のオペレーターを配備。まるでゲームセンターのクレーンゲームのように操作レバーを使い、安全に道路造成工事を進めました。

  • 作業現場から離れた場所に遠隔施工管理室を設置

  • 3名のオペレーターが建機を遠隔操作していました

「若者が圧倒的に足りない」切実な問題がICT活用の契機に

今回の実証実験に先立ち、大林組の古屋弘氏とKDDIの黒澤葉子氏から、取り組みの狙いについて説明がありました。まず古屋氏が口にしたのは、建設業における若手就業者や技能工の不足、および高齢化といった切迫した問題です。「建設業は人手が足りていません。少子高齢化の影響もありますが、実は他の産業と比較しても若い人が入ってくれない。つまり人気がない。その結果、高齢者の割合が増え続けているのが現状です」(古屋氏)。

  • 大林組 技術本部 上級主席技師の古屋弘氏(左)と、KDDI 次世代ネットワーク開発部 副部長の黒澤葉子氏(右)

一方で、1964年の東京オリンピックにあわせて建設された国内の社会インフラは老朽化が進み、そのメンテナンスが喫緊の課題になっています。「一般的に、土木構造物の耐用年数は50年ぐらいと言われています。ところが、例えば2m以上の長さの橋はいま全国に70万個以上あり、この多くが40年を経ている。人間なら70歳を超えている状況です。もし一斉に壊れてしまったら、国中のゼネコンが力を合わせても作り直せません」と古屋氏。

  • インフラの老朽化が社会問題に。橋、トンネル、堤防、舗装道路、そうしたものが壊れ始める時期に差し掛かっています

老朽化した構造物をこの先も使い続けるには、膨大な調査と点検を繰り返す必要がありますが、そのための技術者、技能工が不足しているという状況です。さらには近年、大規模災害が増えてきました。激甚災害のときに復興と復旧に寄与するのも建設会社。そこで「建設業界では、ICTの活用とロボット化を進めるべき」(古屋氏)だと説明します。

  • 老朽化したインフラのメンテナンス、また災害復旧のためにはICTを活用し、ロボット化を進めるべきと考えています

これまでも、建機の遠隔操作に取り組んできた大林組。ときに4G LTEで、ときにWi-Fiで建機を動かしてきましたが、高速・大容量、低遅延、多接続の5Gネットワークが利用できるようになって「30%以上も施工効率の改善が認められました」と古屋氏。特に、28GHz帯の5G電波で大容量のデータ通信が行えていると説明します。

  • 高速・大容量、低遅延、多接続の5Gネットワークが建機の快適な遠隔操縦を可能にしました

建設業が製造業になる?

建機の遠隔操縦について、さらに詳しい話を聞くと、そこにはハッと驚くアイデアがありました。

もとは建機操作の研修用に作られたシミュレーターを転用したという操縦室。筆者は、先に「まるでゲームセンターのよう」と書きましたが、古屋氏も「ゲームが好きな人であれば操縦できるのでは」と真顔で説明します。オペレーターの研修に要する時間は、ふだん現場で建機を動かしている経験者であれば、1日もかからないそうです。

  • 遠隔操作による建機の操縦は、ゲーム感覚に近い様子。スピーカーからは現場の音が聞こえるほか、擬似的に振動も発生させています

通常、騒音の激しい工事現場において、作業員同士が意思の疎通を図ることは容易ではありません。だから、クラクションのような大きな音の出るブザーを鳴らして、作業を終えたことを伝えることしかできないんだとか。でも、遠隔操縦室で作業をした場合、隣の席の作業員に「もう少し土砂を入れた方がよい」など、細かなニュアンスを伝えることができるようになります。

また、「遠隔操作ならば泥もホコリもない温かくて清潔な部屋で建設作業ができます。すると若い人のみならず、主婦の方やハンディキャップをお持ちの方にも工事に参画してもらえる。私は、これを『ダイバーシティ建設』と名付けました。いま、世間ではSDGsということが言われていますが、そうした持続可能な社会をつくる取り組みにも貢献できる」と古屋氏。現場の人手不足が解消できるのでは、と期待を寄せます。

  • 古屋氏が紹介した、大林組の“ダイバーシティ建設”

遠隔操作によるデメリットもあります。現場で実際にオペレーターが建機に乗って操縦する場合と比較すると、どうしても施工効率は落ちるとのこと。しかし、そんなデメリットを鑑みてもメリットの方が勝る、と古屋氏は続けます。「建設現場は全国津々浦々に広がっています。遠隔操作が実現すれば、東京など1箇所から全国の建機をコントロールできるようになる。移動時間や移動コストを削減でき、建設業がまるで製造業に生まれ変わります」。

  • 国内の1箇所から全国の建機を遠隔操作する、そんな日が訪れるのでしょうか

その先に、さらにユニークな未来を思い描いていました。「果ては、海外の人間が日本の建設工事に関わることもできるでしょう。昼間、国内のオペレーターが進めた工事を、夜間は海外(現地は昼間)のオペレーターが引き継ぐ。そうすることで、24時間体制で急ピッチに建設工事を進めることができます」。大規模な災害が発生した際は、夜を徹した救命・復旧作業が求められます。そうした際に海外から助けてもらえたら――。非常に心強い思いがします。

  • 激甚災害の緊急時に、海外から助けてもらえる可能性も

今回のような『遠隔操縦』の取り組みは、海外でも行われているのでしょうか? これについて聞くと、古屋氏は「海外では、例えば鉱山の露天掘りに自動運転技術などが活用されています。そこで行われる作業にはルーティンがあり、いってみれば工場に近い。でも、建設工事で求められるのは、いわばロボットの技術。毎日、現場の状況が変わっていく中で、思い通りに建機を動かすことが求められます。めちゃくちゃになった災害現場で使うこともあるでしょう。この分野において日本はトップ集団を走っており、世界的にも誇れる取り組みといえます」と話していました。

すでに実用段階になっているのか、という質問には「技術的なレベルは、肌感覚で80%くらいまで到達しました。残りの20%は、5Gを活かすためのバックエンドの部分だったり、あるいは精度の部分ですね」との見方を示します。大林組における導入時期については「来年度から工法の一部などに、5Gの特性を活かした技術を導入していきたい」と説明。5Gがもたらす産業再編の動き、建設業界ではすでに現実のものとなりつつあるようです。