マネースクエア 市場調査室 チーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話します。今回は、猛威を振るう新型コロナウイルスが金融市場にどう影響するのか、過去の事例を元に語っていただきます。
中国発の新型コロナウイルスが猛威を振るっています。感染者数や死者数は増加の一途を辿っており、今後どのような展開となるのか予断を許さない状況となっています。なによりも感染の終息や感染された方の回復をお祈りしてやみません。
ただ、金融市場では思考停止に陥っているわけにもいきません。過去の類似例からヒントを探してみましょう。すぐに思い浮かぶのは2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)です。もちろん、感染スピードや致死率に違いがあり、そして経済状況自体が17年前と現在では大きく異なっています。あくまでもヒントに過ぎませんが、当時の状況を振り返っておきましょう。
SARSのケース
中国でSARSの最初の症例が報告されたのは2002年11月です。そして、世界の関心が向けられたのは、2003年2月に米国人がシンガポールで発症してからで、同年3月12日にWHO(世界保健機関)が旅行に関する注意喚起を行いました(当時は新型の感染に対して非常事態宣言を出せる体制ではなかったようです)。その後、各国の対応が功を奏して、同年7月5日にWHOはSARS封じ込め、成功を宣言しました。
当時のS&P500(米国株)は、2000年3月に始まったIT株バブルの崩壊、2001年3~11月のリセッション(景気後退)、そのさなかの911テロなどによって下落傾向が続いていました。2002年1月にはブッシュ(ジュニア)大統領が一般教書演説でイラクをテロ支援国家として非難。イラクに大量破壊兵器保有の疑惑があって、米国とイラクの緊張の高まり、いわゆる地政学的リスクが株価を抑制していたとみることができます。
S&P500が当時のボトムをつけて上昇に転じたのは、米国を中心としたイラク戦争が始まる直前の2003年3月12日でした。これは奇しくもWHOがSARSで注意喚起を行った日です。
SARSが相場材料となったのは最大2カ月?
Bloombergの株式関連ニュースで「SARS」を含む記事を検索すると、2003年4月に月間334件と、前月の6件から急増します。SARSという言葉自体が浸透したのがこの頃だったのでしょう。そして、同記事数は5月に312件と高水準を維持した後、6月以降は急速に減少します。
上述したように、S&P500は3月中旬に上昇に転じていたので、SARSに対する株式市場のパニック的反応はごく短期間だったと推測できます。あるいは、イラク関連の地政学的リスクが市場を覆っており、SARSの影響はほとんどなかったと言えるかもしれません。
MERSのケース
では、2015年に流行したMERS(中東呼吸器症候群)の際はどうだったでしょうか。調べてみると、Bloombergの株式関連ニュースで「MERS」を含む記事が顕著に見られたのは同年6月だけでした。S&P500が反応した様子はほとんどなく、同年8月の人民元切り下げによる「チャイナ・ショック」や12月の米FRB(連邦準備制度理事会)による利上げ開始などが株価下落の大きな材料となりました。
存在感を増す中国
「感染者数〇万人、死亡者数〇人……」といった人的被害に対して、金融市場が神経質に反応する局面は終わりつつあるかもしれません。NYダウなどの米株価指数が連日、最高値を更新しているのはその証左と言えるでしょう。
もっとも、今後は人的被害もさることながら、経済的被害に注意を向ける必要が出てきそうです。経済的被害は、そのプロセスを辿って原因を特定することは難しく、また、かなりの時間的経過を伴って表出するため、「新型コロナウイルス」は経済ニュースのヘッドラインには表れないかもしれません。
しかし、だからといって世界経済への影響が限定的と結論づけるのには無理があるでしょう。世界経済における中国の存在感が大きく増大しているからです。
例えば、政府観光局によるとSARSが流行した2003年の訪日中国人数は約45万人でした。これが2019年には20倍以上の960万人に達しています。2003年は4~7月に訪日中国人数は前年割れを記録しており、とりわけ5月は70%減、6月は50%減でした。これから訪日中国人数が同程度、あるいはそれ以上に減少するならば、日本経済に与える影響は当時とは比較にならないでしょう。
IMF(国際通貨基金)によると、経済規模であるGDP(国内総生産)でみて、世界に占める中国のシェアは2019年に19.3%に達したと推計されています。2003年は8.7%だったので、単純計算で中国の影響力は当時の2倍以上になっています。グローバリゼーションが進んで、複雑なサプライ・チェーンが構築されている現在、「中国がくしゃみをすると世界各国が風邪をひく」ことになりかねません。
自動車工場の操業停止は「氷山の一角」か
1月の米国の製造業景況感指数は50.9と、製造業活動の縮小と拡大の境目とされる50を6カ月ぶりに上回りました。米中貿易協定の第1段階の合意によって、一昨年から続いていた貿易摩擦がいったん落ち着きをみせたことが主因でしょう。しかし、新型コロナウイルスの発生によって、製造業活動は再び縮小に転じるかもしれません。
2月10日、日産自動車が新型コロナウイルスの影響で九州工場の一時停止を決定しました。中国からの部品調達が困難になったからです。おそらく、このニュースは氷山の一角に過ぎないでしょう。世界規模で同様のことが起こっている、あるいはこれから起こる可能性があるでしょう。
今後、様々な経済データで新型コロナウイルスの影響を精査する必要がありそうです。