トヨタ自動車が2019年12月19日に発売した新型フルサイズワゴン「グランエース」。全長5.3m、幅と高さは約2mというセミボンネットパッケージの存在感は、もはや圧倒的といってよいほどだ。その巨体はどんな走りをするのか。そして、“おもてなし”の空間である後席の乗り心地はどうなのか。一般道と高速道路を走って確かめてみた。
スペイン語で「大きな/偉大な」を意味する「GRAN」と、英語で「第一人者・優れた者」を意味する「ACE」を組み合わせた名称を持つグランエース。ベースとなるのは、トヨタがアジア圏などで販売しているFR(後輪駆動)商用モデルの海外版「ハイエース」だ。FF(前輪駆動)の乗用車をベースとする人気のミニバン「アルファード/ヴェルファイア」とは異なる素性を持っている。
アルファードと並べると、グランエースがひとまわり大きいサイズであることはすぐに分かる。アルファード系がVIPを2人しか乗せられないのに対し、グランエースは6人乗り3列シートあるいは8人乗り4列シートが選べて、どちらも最大4人は乗せられる。より多人数のVIPや企業要人、インバウンド客などをできるだけ1台のクルマに乗せられるよう、シート自体やそのアレンジ、装備や質感にもこだわって開発を行ったそうだ。大きなトルクを発生する直列4気筒2.8Lクリーンディーゼルエンジンを搭載したのもそのためだ。
エクステリアは6人乗り、8人乗りともに共通で、華やかかつシンプルな形状となっている。2眼式LEDヘッドランプと大きな金属調加飾のフロントグリルを備えたセミボンネットタイプのフロント部と、真四角で長い直方体のパッセンジャー部分を組み合わせた格好だ。
VIPを乗せることにこだわった設計思想
最初に乗ったのは、ブラックカラーの6人乗り3列シート「グランエース プレミアム」。開口部1,000mmという広いパワースライドドアを開けると、「フロマージュ」と呼ばれる薄いクリーム色の本革エグゼクティブパワーシートが目に飛び込んでくる。立派な椅子だ。
後輪駆動方式とストレートラダー(梯子形状)の厚みのある底面を採用しているため、グランエースの床面の地上高は645mmと高い。乗り込むには、サイドステップを1段登る必要がある。座ってしまえば4座とも同じ仕様のシートなので、電動式オットマンやシートヒーター、左右の肘掛け、折りたたみ式サイドテーブル、USB端子など、快適装備を全員平等に使えるのが嬉しい。サイドウインドーのウエストラインが低いので、車窓からの景色は広大だ。パワーリクライニングを倒し切ってしまえば、フルフラットに近い状態まで持っていくことができるので、長いフライトなどで疲れた体を癒すこともできる。
感心したのは、シートスライドを手動式にした理由だ。2列目サイドと背面に設けたレバーひとつでシートを前端まで一気にスライドさせられるので、3列目のパッセンジャーはすぐにクルマを降りることができる。これがもし電動だったら、先に降りた2列目の人たちを長い時間、外で待たせることになる。もし2列目に社長さんが乗っていて、3列目がお付きの人だったら……。こんなことを考えながら設計しているというのだ。
装備面では、個別のバニティミラーや天井サイド部に配した空調ルーバー、読書灯、12.1インチ後席用TV(オプション)などがある。その世界観はまるで、「地上を走るプライベートジェット」のようだといえるかもしれない。
次に乗ったのは、ホワイトパールクリスタルシャインに塗られた8人乗り4列シートの「グランエース G」だ。こちらはタクシー会社の需要などを想定して、なるべく多くのパッセンジャーを快適に送り届けることが目的の仕様になっている。2列目はプレミアムと同じエグゼクティブパワーシートで、3列目にはマニュアル式キャプテンシートを据え付ける。4列目はベンチシートだが、荷物を乗せる際には座面がチップアップして折り畳める。
プレミアムと同じ室内長に4列シートを配しているので、さすがに前後のシートピッチは狭くなる。8人で乗る際には、均等に足元空間を確保できるよう、シートの位置を調節する必要があるだろう。また、車高は高くても床面が高いので、結果的に天井が低く、4列目に乗り込む場合、長い距離を背をかがめて移動する必要があって少し辛い。
クルマが動き出してからのパッセンジャーシートの印象は、どの位置に座っても、総じてとてもいい。コイルスプリングやショックアブソーバーを最適化したトレーリング車軸式リアサスペンション、フロア面のねじり剛性確保のために採用したストレートラダー構造のアンダーボディ、それと結合した環状骨格構造のピラー部分などにより、突き上げが緩和され、前後の位相差を感じることのない安心感のある乗り心地が感じられたからだ。これなら、車酔いを誘発することもなさそう。「プレミアム」は合わせガラスを採用しているので、静粛性も一段と優れているのが分かる。
実際のところ、運転しやすいクルマなのか
最後は、仕事場となることが多いドライバーズシートからの印象を。全長5.3m、総重量3トンに達する巨大なボディのドライバビリティには正直にいって期待していなかったのだが、見事に裏切られた。
最高出力177PS(130kW)/3,400rpm、最大トルク450Nm/1,600~2,400rpmを発生する1GD-FTV型2.754リッター直列4気筒クリーンディーゼルエンジンは、同社の「ハイラックス」や「プラド」と同じものだが、6速ATと組み合わされ、パワー不足を感じる場面がほぼなかった。低速からアクセルのつきが程よく、高速の合流点などでは4,000回転近くまで回ってくれるので、気持ちよく車速が伸びていく。また、低速域で少し硬さを感じた235/60R17タイヤは、後輪駆動のおかげで前輪を45度まで切ることができ、最小回転半径5.6mを実現している点も見逃せない。
縦長で大きな面積を持つ左右サイドミラーや室内のデジタルインナーミラー、車両を真上から見た映像を映し出すパノラミックビューモニターなど、取り回しの不安を低減する装備も標準で装備されている。気になったのは、ドライバーさんが開け閉めすることが多いバックドアで、サイズが大きいためダンパーの力が強く、特に閉める際はかなりの力が必要になる。最近増えてきた女性ドライバーなどにとっては、気になるところかもしれない。
グランエースの開発を担当したトヨタ車体の石川拓生チーフエンジニアは、「新たなジャンルとなる上級送迎車として開発したグランエースのライバルは、ずばり、メルセデス・ベンツの『Vクラス』です。ただ、こうしたクルマは使用年数も長いので、内外装では奇をてらわず、豪華だけどなるべくシンプルで飽きがこない、スタンダードなものにしました。販売目標は、最初は1日1台、つまり月産30台と思っていましたが、実際に乗ってみるとなかなかいい出来だったので、月産50台、年間600台を目標に設定してみました。おかげさまで12月16日の発売以来、1カ月ですでに950台のご注文をいただいています」と笑顔で語ってくれた。内訳はメインのプレミアムが7割、Gが3割。だいたい、考えていた通りの割合だという。また、時間が経つにつれてニーズが広がっていけば、それに合わせた仕様のグランエースを登場させる可能性もあるというので、今後の展開も楽しみだ。