絶体絶命の場面での絶妙手、▲6二歩で逆転を呼び込む

2月8・9日に将棋のタイトル戦、第69期大阪王将杯王将戦七番勝負(主催:スポーツニッポン新聞社・毎日新聞社)の第3局が栃木県大田原市「ホテル花月」で行われました。結果は渡辺明王将(棋王・棋聖)が挑戦者の広瀬章人八段を145手で破り、対戦成績を2勝1敗としました。

先手番の渡辺王将の戦型選択は角換わりでした。しかし、現在主流となっていて、第2局でも指された腰掛け銀ではなく、早繰り銀をチョイス。早繰り銀は腰掛け銀と比べて研究がそこまで進んでおらず、これと言った定型がまだありません。研究勝負というよりも構想力勝負の側面があるため、過密日程で研究時間を十分に取れない渡辺王将としては、腰掛け銀の研究ストックを保持しておきたいという考えがあったのかもしれません。

局面の均衡が崩れたのは2日目の朝、再開直後でした。渡辺王将の誤算に乗じて広瀬八段が桂得を果たします。その桂を先手玉をにらむ絶好の地点に打ち据え、自陣に角を打ったのが一連の好手順。さらには銀と飛車の交換に踏み切り、広瀬八段がリードを奪いました。局面が落ち着いた時点での駒割りは桂と飛車の交換で駒損ながらも、盤上の角と桂の働きが抜群です。

自玉を丸裸にされた上に、相手の駒が玉を包囲されるという苦境に立たされた渡辺王将。しかし、自玉が寄せられるまでに与えられたわずかな猶予を最大限に生かして、相手の玉と金の間に打った▲6二歩が素晴らしい勝負手でした。取れば飛車の打ち込みが生じ、取らなければ突然敵玉付近に攻めの足掛かりができるという絶好打。一分の隙もないように見えた広瀬陣が、一手で歪むようなくさびが打ち込まれたのです。

広瀬八段はその歩を放置して寄せ合いに勝負をかけます。成駒を渡辺玉の左右に作って挟撃形を築きますが、渡辺王将に受けの好手が出ました。それは飛車を見捨てて玉を上部に逃がすというもの。これで包囲網をかいくぐった渡辺玉は安全になり、広瀬八段の攻めは一息ついてしまいました。

今度は渡辺王将が攻める番。攻守交代となり、流れは完全に渡辺王将に傾きました。渡辺王将は6二歩を足場に駒を次々と打ち込み、広瀬玉に攻めかかります。広瀬八段も粘り強く対応しますが、じりじりと追い詰められ、最後は即詰みに討ち取られました。

局後の感想戦で精査した結果、厳密には▲6二歩のあとも広瀬八段が残していたようです。しかし、それは決着が着いてからあれこれ検討して出された結論。勝負の潮流は間違いなく▲6二歩で変わったと言っていいでしょう。気持ちよく攻めていたのに、突然自陣にも気を配らなければならなくなったプレッシャー。そして生命力が強く、なかなか捕まらない渡辺玉に対する焦り。人間同士の戦いでは逆転の条件が揃っています。

苦しい将棋を見事逆転した渡辺王将は、番勝負の成績を2勝1敗として一歩リード。第4局は2月20・21日に行われます。その間にも13日には豊島将之竜王・名人との叡王戦挑決第2局が、16日には本田奎五段との棋王戦五番勝負第2局が行われるという過密日程です。しかしながら、それら並行して戦っている3つの番勝負すべてでリードしているのは流石と言わざるを得ません。

番勝負を3つ戦い、多忙極まる渡辺王将