ブリヂストンはオリンピックおよびパラリンピックのワールドワイドパートナーとして、東京2020大会や同大会の出場を目指すアスリートをサポートしている。代表的な取り組みとしては、アスリートやアスリートを支える人で構成された「Team Bridgestone」(チームブリヂストン)の発足だ。パラトライアスロン選手、秦由加子さんはそのシンボル「ブリヂストン・アスリート・アンバサダー」として活動している。
秦由加子さんが上尾工場を見学
オリンピックおよびパラリンピックのワールドワイドパートナーとして、「CHASE YOUR DREAM」をテーマに、夢に向かって挑戦するすべての人を支える活動を行っているブリヂストン。ひざ上切断でトライアスロンを行っている唯一の日本人選手で、東京2020大会出場に向けて挑戦している秦由加子さんは、「ブリヂストン・アスリート・アンバサダー」として「チームブリヂストン」のシンボルとなって活動を続けている。
そんな秦さんの自転車機材をサポートをしているのがブリヂストンサイクルだ。1月20日、秦さんは自身のトレーニングバイクの塗装を見学するため、埼玉県上尾市にあるブリヂストンサイクル本社・上尾工場を訪問した。
上尾工場で主に生産しているのは、スポーツバイクブランド「アンカー」(anchor)と、電動アシスト自転車。新学期が始まろうとしているこの時期は1年でもっとも忙しく、生産ラインではひっきりなしに自転車が組み立てられていた。
生産管理・技術部 部長の合田昌央さんに案内され、工場で自転車が組み立てられる流れについて説明を受けた後、ロードバイクがネオンイエローに塗りあげられていく様子を見学する秦さん。
さまざまなカラーをオーダーできることは、ブリヂストンサイクルの特徴の1つ。ネオンイエローを選んだのは「乗っていて気持ちが明るくなる色にしよう」という思いがあったからだという。普段ブラックやグレーの服装を好んでいるため、明るい色は「身に着けた時にスイッチが入る」そうだ。
製造部上尾製造課 アンカー特注係の山岡京史(あつし)さんの手によって塗装されていくフレームを見て、秦さんは「塗装してくれた人にお会いできる機会はめったにない、とても嬉しいですし貴重な機会でした」と伝えた。それに対して山岡さんも「私も乗ってくれる人に会えることはなかなかありません。お会いできてうれしいです」と笑顔で返す。
工場見学を振り返って、秦さんは「丹精を込めて作ってくださっているものに乗らせていただき、競技をしているんだということを実感しました。みなさんの支援を受け、みなさんを思い出しながらレースができるのはすごく幸せなことだと思います」と話した。
ブリヂストンとの義足用ゴムソール開発プロジェクト
秦さんとブリヂストンサイクルの出会いは、2016年リオデジャネイロオリンピック。同じ稲毛インターに所属しているトライアスロン選手の上田藍さんからのつながりで、秦さんもロードバイクのサポートを受けるようになったという。その後、ブリヂストンサイクルの紹介で、ブリヂストンが義足用ゴムソールの開発を開始する。
秦さんは2007年から義足を使ってスポーツに取り組んできた。だが走ることについて常に悩みを抱えていたそうだ。
「義足ユーザーあるあるなんですが、義足が滑るということはものすごい恐怖なんです。私は大腿切断なのでひざがまがらない義足を使っていますし、義足の場合足首がないので健常者のように踏ん張ることができません。少しでも滑り始めてしまうと大転倒につながってしまいます。ランの中でそのような恐怖があるということはものすごいマイナスなんです」
実際の競技の中でこの恐怖を特に感じたのが、イタリアでのレース中だという。「ただでさえツルツルの石畳の坂道、その路面上に給水所の水が広がり、転倒を恐れるあまり走るどころか歩くのが精一杯という状況に陥ってしまいました」と秦さんはその体験を語る。
この話を聞いたブリヂストンが秦さんに提案したのが、同社のタイヤ開発技術を活かしたラン用のゴムソール作りだ。こうして秦さんとブリヂストンによる義足用ゴムソール開発がスタートした。
秦さんがソールに求めたのは「どんな路面状況でもどんな天候でも絶対に滑らないこと」「張り替えずに半年持つ」の2つ。義足の場合、健常者が走る際の踏み込みよりも強い力がかかるため、一般的なシューズのソールでは支え切ることができない。またメンテナンスには義肢装具士が必要で、ずれていると反発や角度が大きく変わってしまうため、海外などでは調整が難しいからだという。
秦さんは途中、膝関節がある義足からストレートタイプの義足に変更して走り方のフォーム改善にも取り組み、何度も打ち合わせと検証を繰り返した。こうして完成したのが、路面を問わず100%のパフォーマンスを発揮でき、張り替えることなく使い続けられる耐久性を備えた義足用ゴムソールだ。
「みなさんは感じることが出来なくて残念だと思うのですが(笑)、ものすごいグリップ感のあるソールができました。車はどんなにスピードが出ていても滑ってはいけませんが、そのためのタイヤが自分の足にくっついているような感覚です」と秦さんはその感動を語る。
孤独な競技を支えてくれる「チームブリヂストン」
トライアスロンはたった1人で水泳・自転車ロードレース・長距離走をこなさねばならない、厳しい競技だ。だが「チームブリヂストン」という仲間がいることが心の支えになっていると秦さんは言う。
「レースで結果を出せるようにという思いはありますが、その過程をも心から応援していただいていると感じます。練習もあるため直接お会いする機会は少ないのですが、メールやSNSなどでやり取りをする中で、私がやりたいこと自体に寄り添ってくれていて、困っていることや楽しいことを共有したいと思ってくれていることが伝わってくるんです。そういう方たちと一緒の時間を費やせていることに幸せを感じます」
「CHASE YOUR DREAM」を体現するブリヂストン・アスリート・アンバサダーとして活躍を続ける秦さんに、最後にパラリンピアンとして感じることを伺った。
「ジムにいってトレーニングをしていると『パラリンピックに出られるんですか?』と声をかけていただくことが多いんです。でも普通の人が走っていて『オリンピックに出られるんですか?』なんて声をかけられることはまずありませんよね。それだけ障害を持っている人が外でスポーツをするという機会も、そういう意識を持っている人もまだ日本では少ないと思うんです」
「普通の人が健康のためにとか、スタイルをキープするためにスポーツを楽しんでいるのと同じように、障害を持っている人がもっと自然にスポーツを楽しめる。そんな世の中になったらいいな、と思いながら走っています」