■「LRT」と呼べる条件とは

都市交通としてLRT(Light Rail Transit)が注目されて久しいが、欧米における事情が紹介される一方、その定義については、まだ広く定着するに至ってはいない。メディアでは「進化型路面電車」などと紹介され、この記事でも述べる広島電鉄の事例のように、たしかに既存の路面電車の改良によってLRT化が進められるケースは多い。ただ、「路面を走る」ことが必須条件のように思われるのは、正しくはない。

  • 広島電鉄の最新型LRV(超低床式電車)5200形。愛称は「グリーンムーバー・エイペックス」

    広島電鉄の最新型LRV(超低床式電車)5200形。愛称は「グリーンムーバー・エイペックス」

鉄道はサービスを提供する地域の実情に合わせて形態を変えるもの。大都市圏で10両編成以上の長大な列車が走るのも、ローカル私鉄で1両だけの列車が走るのも、鉄道の一断面だ。

LRTは路面電車と同様、一般的な鉄道とバスの間を埋める「中量輸送機関」であるという認識では一致するところである。その他では、たとえば大都市中心部において地下や高架、周辺部において路面、郊外において専用の軌道を走るといった柔軟な走行経路を取ること。あるいは路面の停留所からでも段差なしで乗降りできる超低床式電車(LRV : Light Rail Vehicle)を使用すること。運賃の支払いを利用者の良心に任せたセルフサービス式の「信用乗車」を導入し、乗降時間、ひいては全体の所要時間短縮を図ることなどが、LRTと呼べる条件と言えよう。

■JR広島駅へ高架線での乗入れ決定

広島電鉄は既存の路面電車網の改良によってLRT化を進めている。LRVの大量投入が最も目立つところだが、2018年9月4日付の本誌記事「広島電鉄が積極的に『信用乗車方式』を採り入れる理由」で筆者が紹介したように、まだ一部の電車に限ってだが、ICカードで乗降りする場合、乗務員が運賃の支払いをチェックしない方式を採用するなどしている。

  • 「信用乗車方式」を採用した広島電鉄1000形。現在、この車両のみ、乗務員のチェックを受けずに乗降可能となっている

  • JR広島駅へと通じる駅前大通り。2025年までには、ここに広島電鉄の新線が建設され、奥に見える広島駅ビルへ高架線で乗り入れる

ハード面では、長年の懸案となっていたJR広島駅への経路に関して、駅前通りへの変更が決定。JR駅ビルに高架線、つまりは駅周辺の幹線道路と立体交差し、お互いの交通の妨げにならない構造での乗入れが行われる。この新線は広島駅前から比治山町交差点までの約1.1km。2019年11月29日付で国土交通大臣から軌道事業の特許を受け、事業が本格化した。完成は2025年春を予定している。

現在の広島電鉄の路線は、的場町・猿猴橋町と東側に大きく迂回して広島駅前に入っており、右左折の多さから信号待ちが多く、所要時間が延び、ラッシュ時に電車が渋滞を起こすほどになっている。直線状に高架で広島駅へ入る経路とするのは、これの解消が大きな目的。まさにLRTにふさわしい柔軟な走行経路を取る。

  • 広島駅前の隣にある猿猴橋町電停。この付近は道幅自体が狭く、右左折も多いため、電車の運行上のネックとなっている

既存線は一部が廃止され、軌道跡は自動車用の車線に変更される予定。広島駅前の流れがスムーズになると期待されている。

■ICカード乗車券で事実上、途中下車が自由に

車両や線路だけでなく、ソフト面の改善も図らないとLRTとは呼べない。2019年10月1日の消費税率の改定により、広島電鉄の運賃も市内線は190円均一に変更された。それと同時に、ICカード(「Suica」など全国相互利用可能なカードと、広島圏内向けの「PASPY」)を利用する場合、事実上の「途中下車」が可能となった。

これは、同じ電停で60分以内に他の電車へ乗継ぎを行う場合に限り、乗車・降車それぞれの際に車内のICカードリーダーにタッチすれば、2回目以降の乗車時に運賃の引き去りをしないしくみだ。回数も無制限に適用される。

  • 広島電鉄はLRVだけでなく、クラシックな路面電車も健在。ICカードはすべての電車で利用できる

後戻りは不可であり、宮島線内で乗降りする際は適用されないなど、制約もある。それでも片道の利用において、市内線は190円で乗降り自由になったも同然である。欧米で一般的に導入されているゾーン運賃は、同心円状に設定された各ゾーン内であれば、乗車から一定時間内、交通機関を問わず乗降り自由という方式が基本だ。広島電鉄の場合は、市内線をひとつのゾーンと見立て、この方式を導入したと見ることもできる。