20代のビジネスパーソンは、物心付いた時からインターネットに触れ、SNSが身近にある世代。日々他愛もないことを発信している人は多いが、「自分をどう見せればいいか」ということまで考えて実行している人は少ないだろう。
そこで、自己プロデュースのヒントを得るために、元アイドルで、現在はライターとして活躍する大木亜希子さんに伺った。
彼女は、アイドルグループ「SDN48」の元メンバーで、さらには、「Dybe!」というWebメディアで書いた「29歳、人生に詰んだ元アイドルは『赤の他人のおっさん』と住む選択をした」という記事が一瞬にしてバズり、一夜にしてTwitterのフォロワーが数千人増えた。
さらに、さまざまなメディアからの取材オファーが殺到したという経験の持ち主である。
まさか、こんな超個人的なことがバズる!?
14歳から女優として、20歳で秋元康氏プロデュースのSKE48の2期生メンバーとして、NHK紅白歌合戦にも出場した。競争の厳しい世界で戦ってきた彼女だけに、やはり早くから自己プロデュースは意識していたのだろうか。
大木 「当時は自己プロデュースという意味も分かっておらず、何もできていなかったと思います。もちろん、SDN48時代はブログやSNSの発信力は人気の指標だからと、マネージャーからは言われていましたし、同期の仲間たちとも、握手会での列の長さや劇場での声援の大きさを競い合っていました。でも、私は選抜(総選挙)などとは程遠いアイドルだったのです」。
大木さんは24歳でSDN48を卒業後、地下アイドルに転身。しかし、単発のアルバイトをしながら、ステージに立つものの、観客が3人だけという時も少なくなかった。この時もSNSなどを意識してやっていたしていたが、全く生かせていなかったと言う。
そんな彼女が、どうやって一瞬で数千人のフォロワーを産み出せたのか。
大木 「それは、人生に詰んだ末に、『29歳、人生に詰んだ元アイドルは「赤の他人のおっさん」と住む選択をした』というコラムを書いて、ようやく自分らしい発信ができるようになった時ですかね。ただ、それも狙ってやったのではなく、ありのままに語ったら結果的にバズってしまって……予想外の展開でした(笑)」。
Twitterのフォロワーやリツイート数だけが増えただけでなく、さまざまなメディアからの取材オファーも殺到。まさか「こんな超個人的なコンテンツがバズるとは……」と、当時の反響の大きさを振り返る大木さん。
ちなみに、彼女が書いたのは、会社員時代に心のバランスを崩し、「仕事なし、彼なし、貯金なし」という人生ドン底に落ちてしまい、わずかの希望を求めて始めた、赤の他人のおっさん「ササポン」(当時56歳のサラリーマン)との同居生活を赤裸々に綴った体験記。
2019年11月に、さらに加筆して「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)というタイトルで出版されている。
他人の生活と比べて本音を出せない若者たち
改めて、自分の書いたことがバズった要因はどこだったと思うのか、大木さんに尋ねてみた。
大木 「強いて挙げるなら、『見栄や虚栄心で飾らずに、ありのままを伝えた』こと。それが、仕事や恋に悩んでいた人のもとへ届き、共感していただけたのだと思います」。
今の若い人たちのほとんどは、真面目で、仕事を頑張ってしまうタイプ。その一方で、ありのままの自分を出すのが苦手だったりする。友だちや会社の同期に対してもそうだし、TwitterのようなSNSでも、なかなか本音を言えずにいる。
その背景には、SNSによって簡単に人の情報を共有できるようになり「強迫観念」や「同調圧力」などの空気に縛られているのではないかと、大木さんは分析する。
大木 「私自身がそうだったので分かるのですが、結婚や恋人がいないことへの焦り、仕事などで実績がないことへの苛立ちなど……理想と現実とのギャップに傷ついている若者が多いと思います。特にInstagramなどのSNSで、誰々は白金の人気のレストランで食事を取っているとか、誰々はニューヨークに行っているということがすぐに分かるので、つい他人の生活と比べてしまう。それによって、『自分をよく見せなきゃ』『もっと自分を表現しなきゃ』という焦りが生まれ、本来の自分が出せなくなってしまうのだと思います」。
自分自身をさらけ出し、心の叫びを隠さない大木さんの「言葉」は、自分を出せずに悩み、もがいている若者たちのリアルな本音を代弁したコンテンツになり、共感を得られたようだ。
また、奇しくもハリウッドの海外でも、SNSで「映える」ことに疲れてしまったとカミングアウトしているセレブが増えているという。
大木 「それこそ『加工の写真をやめます』と宣言しているセレブもいて、段々本音をさらけ出さないと共感してもらえない時代になってきているように思います」。
注目された部分から離れたところこそ大事
最後に「若い皆さんに、アドバイスできるとしたら……」と、大木さんが切り出してくれた。
大木「私の場合は、世の中で話題になっている人の反対側にいる人物や、または影となっている部分、それこそ主役でないような人に注目してきました。それは、自分自身がアイドル時代に『主役でない立場にいた』からこそ、見えていたのだと思います」。
すでに注目されているものは情報として飽和していて、そこから離れたところに、みんなが知りたい情報やリアルがあるのではないかと、大木さんは考察する。
大木 「たくさんのアイドルが誕生しますが、自分の経験も踏まえ、『アイドルとして輝かしいキャリアを描けずに、あるいは描く前に第一線から退き、一般人に戻る人は何万人といるはずだ』と思いから、出版社に企画を持ち込んで、作ったのが『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)という書籍でした。実際、『実はそこが知りたかった』という読者の声を多数頂きました。多くの人は輝かしいところではなく、そこから離れたところのリアルを知りたかったのだなと思います」。
実際、この本は三度の重版がかかるなど、話題にもなった。王道ではなく超個人的なことでも、人の共感を得られることが実証されたのだ。
20代が発信するコンテンツなら、あえて世の中に受けるもの(王道)を狙うのではなく、むしろ超個人的なことを発信するべきだと、提案してくれた。
大木 「本当に興味があることや伝えたいことを発信していくほうがいいと思います。『バズらせるために』という発想から入ると、周りの声を気にしたり、人と比べたりして、結局は自分の本音が出せなくなり、今までと変わらなくなるからです」。
例えば、すごくマニアックな植物のことや文房具のことなどでもいい、という大木さん。
誰も目を付けていないからこそ、他者と差別化できる。大木さんの言葉が予想外の反響を得たように、世の中の人には、そのほうが実は「面白く、共感できる」コンテンツになりうるのだ。
何気ないコメントがバズったりする世の中である。
大木さんは「"極意"と呼べるものではありません」と言うが、アドバイスしてくれた「自分が面白いと思える超個人的な話を発信すること」は、生きづらさの空気が漂う今の時代、若者の自己プロデュースとしては、一番の近道かもしれない。
取材協力: 大木亜希子
14歳女優デビュー。20歳でSDN48加入。卒業後「しらべぇ」で会社員記者として3年間働く。 現在独立。2019年5月ノンフィクション作家として『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)発売。11月、実録私小説『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)発売。