電気自動車(EV)の時代が到来すれば、世界中のどのクルマもモーターとバッテリーで走るようになるので、画一的な性能になっていくのではないか、クルマが無個性化するのではないかと懸念する声がある。それに対するひとつの回答を、日産自動車が示した。
2つのモーターで細やかな駆動制御を実現
「第46回 東京モーターショー2019」で日産が中央舞台に展示したのは、「ニッサン アリア コンセプト」と「ニッサン IMk」の2台であった。どちらもEVのコンセプトカーだ。アリア・コンセプトは新開発の電動4輪制御技術を採用するとの触れ込みだったが、先頃、その技術を搭載したテストカーに、神奈川県追浜にある日産のテストコースで試乗してきた。この技術を体験すると、EVの時代になっても、クルマの味付け次第では各メーカーの個性が感じられるのではないかと期待が持てた。
テストカーは日産「リーフe+」がベースとなっている。リーフは前輪駆動(FF)だが、テストカーは後輪も駆動させるため、クルマの後部に前輪用と同じモーターを追加で搭載している。リアサスペンションも改造済みだ。モーターの最高出力は2個で227kW。馬力に換算すると約300馬力に達する。最大トルクは680Nmで、日産「R35 GT-R」の588Nmを凌駕する。
これほどのパワーを獲得したテストカーだが、日産によれば、電動4輪制御技術で前後の駆動力制御とブレーキの個別制御を行うことにより、快適な乗り心地、気持ちよく運転を楽しめるハンドリング、滑りやすい路面でのゆとりを実現できるとのことだった。
追浜のテストコースには、標準のリーフe+も用意されていたので、これと比較しながらテストカーで新たな技術を試した。最初にテストしたのはアクセル全開の加速と、「e-Pedal」を使った回生による減速だ。
まずは標準のリーフe+だが、いざアクセル全開で加速してみると、こんなに猛烈な瞬発力を発揮するのかと驚くほどの出足で、体が後ろへ置いていかれるような感覚を味わった。そこからアクセルを完全に戻し、e-Pedalによる回生を働かせると、ぐっと強い減速が生じ、体はもちろん、頭も前へ持っていかれるような状態になった。
次はテストカーを試したのだが、2つのモーターを使った出足は標準のリーフe+よりも強烈で、途中で加速が衰える様子もなく、ぐんぐん速度を上げていった。目に映る景色の流れも、先程よりはだいぶ速い。標準車と同じ目標地点でメーターを確認すると、速度は時速120キロ近くに達していた。ただ、恐怖心はなかった。
というのも、テストカーの方は前後の駆動力を微妙に制御することにより、加速によって車体が後ろへ傾くのを抑えているため、前方を見ている眼の動きが少なく、走りが安定していると感じられたからだ。また、アクセルペダルを戻して回生を働かせた時も、強い減速を体には感じたが、標準車のように、頭を前へ持っていかれる動きが少なかったので、安心していられた。R35 GT-Rも「時速300キロで会話を楽しめるGTカー」として開発されたが、電動4輪制御技術は同様の安心をもたらしてくれるようだ。
今度は、市街地での使い勝手を試すべく、時速20~40キロでの加減速を繰り返したのだが、こういったシーンでも、テストカーでは体や頭の揺れが少なかった。特に同乗者は、運転者のようにハンドルで体を支えることができないので、揺れが少なくなれば乗り心地はより快適になり、車酔いなども起こしにくくなるだろう。
次のテスト内容は、より高い速度でのS字カーブと、雪道など滑りやすい路面を想定したカーブでの安定性の確認だ。200キロ近い重さの走行用リチウムイオンバッテリーを床下に搭載するEVの場合、重心が低いので元々安定性は高く、標準のリーフe+でも、ハンドル操作に対するクルマの動きは素直だ。例えば山間の屈曲路などでも、これなら壮快な走りを楽しめる。
テストカーでは、カーブでの旋回速度をより高く維持することが可能だった上、カーブしながらアクセルをさらに深く踏み込んでも、カーブの曲率をなぞる動きができた。これは、前後の駆動力だけでなく、カーブに対し内側の前後タイヤに適度なブレーキを掛けることで、カーブを飛び出さないよう制御を行っているためだ。もちろん、タイヤの限界を超えてしまえば、運転不能になるのはいうまでもない。
あえて路面を濡らした滑りやすいカーブでも、テストカーではタイヤが横滑りする率や量が極めて少なくなった。この駆動制御が搭載されていれば、雨の日や雪道でも、舗装路を運転するのに近い安心感で走れるのではないかと思った。
EVは金属の塊であるエンジンから動力を得るのではなく、モーターが生み出す磁力という、目に見えない力を回転力として走るため、タイヤが滑り出そうとする際、ある程度はそれを緩和する素養を本質的に備えている。そこにテストカーのような制御を加えれば、タイヤを的確に路面に食いつかせ、走行安定性を高められることを確かめることができた。
EVの時代に求められる「哲学」
日産は2010年に量産EV「リーフ」を発売し、それから9年の歳月を経る間、エンジン車とは違った走り味や乗り心地について知見を蓄積してきた。その経験をもとに開発したのが今回のテストカーだ。このクルマは、EVの潜在能力が拡張可能であることを示している。
世界に先駆けたことで得られた経験は、今や日産にとって世界有数の財産となっている。ただし、ほかの自動車メーカーも、やがてはその領域に到達するだろう。ことに欧州の自動車メーカー各社は、エンジン車の時代から、同じサプライヤーから部品の供給を受けながらも、それぞれが個性豊かなクルマを開発してきた歴史を持つ。それに対して日本や米国のメーカーは、自社系列の部品を専用で使い、それを特徴とした新車開発を続けてきた経緯がある。従って、EVの中核となるモーターとバッテリーを他社と共用しつつ自社の個性を出すことに、日米のメーカーは慣れていない。
そうした中、量産EVで一日の長を持つ日産は、その経験を活用して個性を築き上げようとしているところである。今回のテストカーの実力は、EVの持つ計り知れない可能性を示していた。だが、いよいよここから、どのようなEVに仕立てていくのか、その持ち味をどう商品性につなげていくのかが勝負どころとなる。
例えばドイツのメーカーは、メルセデス・ベンツが「最善か無か」、BMWが「駆けぬける歓び」、アウディが「技術による先進」というように、各社が企業メッセージを掲げ、それを軸とした新車開発を続けている。開発に迷ったらその言葉に立ち返ることで、ぶれないクルマ作りを続けていくことが可能なのだ。。その考え方は、EV作りでも同じだろう。だから彼らは、ほかのメーカーと同じモーター、同じバッテリーでEVを作ったとしても、メルセデス・ベンツはメルセデス・ベンツらしく、BMWはBMWらしいクルマを作れると自負している。
では、日産はどうだろうか。新車カタログには「Innovation that excites」と書かれていて、その言葉は「今までになかったワクワクを」を意味するという。クルマ作りのテーマである「インテリジェント・モビリティ」では、「インテリジェントドライビング」「インテリジェントパワー」「インテリジェントインテグレーション」を3つの柱とする。だが、知能的移動体とは、技術の姿でしかない。1台のクルマとしては、何を目指すのか。核となるメッセージを社内はもちろん、顧客とも共有できなければ、クルマごとにばらばらな商品性を持つことになるのではないかと心配になってしまう。
日産は今回のテストカーが「もっと爽快な走りをもたらす」としている。だが、爽快な走りが人に何をもたらすのか。人の心をどう動かすのか。そのあたりについても明確なイメージが欲しい。爽快な走りをもたらす技術は、単に前の技術よりも良くなったというだけでなく、何を実現したいのかという目標を指し示して欲しいのだ。それによって初めて、EVの時代に個性豊かな日産車が誕生するのだと思う。