Appleは11月1日から、独自の映像配信サービス「Apple TV+」をワールドワイドで開始した。日本でも月額600円で提供されるこのサービスは、ストリーミングビジネスを独占しようという意図はない、と筆者は考えている。

細かい説明はまた改めての機会に譲りたいと思うが、Apple TV+はインターネットを通じた映像配信のうち、家族で楽しめるドラマ作品や子どもの学習に役立つ作品をカバーしている。AmazonやNetflix、そしてDisneyのようなフルジャンルでの勝負をしていない点がポイントだ。

つまり、複数のストリーミングサービスを組み合わせて自分の映像視聴環境を整える、という新しい世界を見ており、Apple TV+が覇権を握ることよりも、Apple TVアプリがそのプラットホームとなることを目指している。

その中で、iPhoneも映像視聴用のデバイスとして、より重要なポジションを占めるようになる。iPhone 11 Proは、コントラスト比を200万:1にまで拡張した有機ELの「Super Retina XDR」ディスプレイを搭載し、映像視聴の品質を高めている。iPhone 11は液晶ディスプレイを採用しているが、それと遜色ない画質を楽しめる。

しかし、iPhoneで進化したのは映像ばかりではない。スピーカーも驚くべき進化を遂げているのだ。

  • カメラ性能の向上が注目されているiPhone 11シリーズだが、実は内蔵スピーカーをはじめとする音響面も大幅に強化されている

ホームシアター vs スマートフォン

筆者は、辛うじてミニコンポで音楽を聴き始めた世代で、カセットテープ、CD、MDといったメディアの変遷を経験してきた。最終的には、デジタルアンプとボーズの5.1chスピーカーセットを手に入れ、米国に引っ越す直前まで音楽や映画をサラウンド環境で楽しんできた。

しかし米国に引っ越す際、できるだけ持ち物を減らそうということでこれらを処分し、スピーカーが家から消えた。スマートフォンで直接音楽を聴くか、ヘッドフォンを使うかのどちらかという状態になった。2011年のことだった。

確かに、音楽にまつわる体験の質は落ちてしまったが、若い世代の標準的な体験とほぼ同じとなったため、経験としては良かったと振り返っている。実際、米国といっても狭いアパートで、家族もいるなかで、大きな音で音楽や映画をのんびり楽しむチャンス自体がなかったのだ。

ホームシアターでの映画体験は、迫力ある重低音や背後から前面へと抜けていく音の表現など、単なる左右とは異なる立体的なサラウンドが魅力的だ。映画館での音に迫るもので、大きな満足感が得られる。

それに対して、スマートフォンで映画を見ると画面も小さく、スピーカーからの音も迫力とはほど遠いものになってしまっていた。それでも、テレビがない場所、例えば電車の中、ベッドの上でも映像を楽しめるスマートフォンらしいメリットは享受できる。

しかし問題は、すべての映像体験がスマートフォンのみになってしまうことだ。いくら制作者が映像や音声にこだわったとしても、スマートフォンのディスプレイやスピーカーの品質とサイズによって、体験が左右されてしまう。

カメラ以上に驚いたiPhone 11のスピーカー

2019年モデルのiPhoneでは、カメラ性能に驚かされた。Smart HDRが刷新され、複数のカメラを用いたカメラシステムから作り出される写真は、高いダイナミックレンジを写真とビデオの双方で体験でき、単純に「見違える写真」という感想が得られるほどだ。

しかし、iPhone 11を試していてさらに驚かされたのがスピーカーだ。

これまでのiPhoneでは、スピーカーの音量が大きくなったというニュースは何度かあった。しかし、iPhone 11ではこれに加えて、不思議なサラウンド環境に包み込まれる感覚が作り出されるようになったのだ。

単純に左右のステレオ感が強まったこともあるが、これはスピーカーの音量で解決できるはずだ。それだけでなく、音が回り込んで後ろから聞こえてきたりするなど、2つ以上のスピーカーで再生されている環境にいるような感覚すら覚えるのだ。

Appleによると、これは「サイコアコースティック」というテクニックを使っているという。簡単に言えば、人間の聴覚をうまく騙すことによって空間オーディオを実現しており、2つのスピーカーでも映像体験にふさわしいサラウンドを実現しているという。

  • iPhone 11シリーズは立体音響技術の「Dolby Atmos」に対応しており、iPhoneの内蔵スピーカーで包み込むようなサラウンド音響が楽しめる

この技術そのものではないかもしれないが、AppleのHomePodでも似たような説明があった。

HomePodは周囲の壁を活用し、直達波と反射波を使い分けて、部屋のどこでも最適なリスニングポジションにしつつ、音の広がりを作り出していた。2台のHomePodをステレオペアした場合、単純に左チャンネルを左のHomePod、右チャンネルを右のHomePodから出力するのではなく、やはり前面と背景の音を分離して、部屋の音の響き方に合わせてスピーカーに振り分ける仕組みを採用していた。

  • HomePodは円周上に7つのツイーターを搭載しており、音楽を再生しながら周囲の音の反射を測ってそれぞれの音の出方を調整する仕組みになっている

iPhone 11にも、音の成分によってスピーカーからの出力タイミングを可変させるようなテクニックを活用し、耳を騙すサラウンドを実現している、と考えられる。

サブスクリプションサービスにも影響

Appleの強みは、家にあるデバイスを使って横断的にサービスを楽しめる点といえる。しかし引き続き、より多くのユーザーを抱えるiPhoneが、サービスを楽しむ主たるデバイスであり続けることもまた事実だ。

AppleはiPhone 11を、映像やゲームといったサブスクリプションサービスを最大限楽しむデバイスと位置づけているはずだ。そのために、映像の強化に加えて満足感の高いサラウンドを実現し、iPadやApple TVを用いなくても十分な体験が得られるように調整してきた。

サブスクリプションサービスの満足度を左右するのも、引き続きiPhoneのパフォーマンスとユーザーベースであることを考えると、2019年についてはAppleはすでに盤石な体制を整えた、といってよいだろう。

  • この秋、ゲームのサブスクリプションサービス「Apple Arcade」も開始したアップル。ゲームでも迫力のあるサウンドが楽しめることを訴求する