教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏は、近著、『21世紀の「男の子」の親たちへ』(祥伝社)で、これからの時代に子どもを送り出す親が心得てくべきことを解説。ここに書かれていることの中には、少し見方を変えれば、既に社会に出て活躍している若手ビジネスパーソンにも当てはまることがたくさんあります。
グローバル化が進み、あらゆる物事に境界がなくなっていく時代、先行き不透明な社会を生きていくのに必要な力、持っておくべき意識など、若手ビジネスパーソンに役立つエッセンスを、おおた氏からのメッセージとともに紹介します。
生き方に正解はなく、ただ前に進めばいい
変化の激しい世の中、溢れかえる情報に踊らされ、取り残されてはいけない、何かしなくてはいけないと、焦りばかりが先だってしまいがちです。
しかし、「そうやって、焦って右往左往するのがいちばんはダメ」だとおおた氏。本質は今も昔も変わらない、時代にあおられてはいけないと言います。
「これからは正解のない時代だと言われますが、今までの時代も正解はありませんでした。ただ、これまでは人口ボーナス期による経済成長など、日本の社会全体に追い風が吹き、何をやってもうまくいった時代。
従来の価値観を突き詰めて、拡大していくことだけを考えれば良い時代でした。それが、あたかも正解のように見えていました。
しかし日本社会は人口オーナス期となり、テクノロジーも進化し、既存の価値観が通用しない時代に。今までと同じことを繰り返しているだけはダメで、こうすればいい成果が現れるっていう先行きが見えなくなってきた。それを、正解がないと言っているだけなのです。
確かに、少子高齢化という点においては、日本は先進国なので前例はないのかもしれません。とは言え、ここ数十年の間に世の中の力学が大きく変わったり、ルールが変わったりしたわけではない。経済環境的な意味での追い風が、向かい風になっただけです。
これまでのように、決められた道をみんなで同じように歩いて、同じことをしていけばいいというわけにはいかず、常に何か新しい価値を探し、生み出しながら歩いていかなきゃいけない。イノベーションを起こさなきゃいけない。
でも、前に進む力自体は一緒です。今まで足を使って歩いていたのが、逆立ちして歩かなきゃいけないなんてことにはならない。これからも同じように前に進めばいいのです」。
これからの時代に必要な3つの力
おおた氏は著書の中で、これからの時代を生きていくために必要な力として、次の3つを挙げています。
【これからの時代に必要な3つの力】
1.そこそこの知力と体力
2.やりぬく力
3.自分にはない能力を持つ人とチームになる能力
おおた氏は、これらの力を、社会に出る前、子どものうちに鍛えておくべき、とメッセージしているわけですが、すでに社会に出ている人はもう手遅れ?! というわけでもないようです。
これらはいつの時代にも必要な普遍の力であり、少なくとも、"1.そこそこの知力と体力""2.やりぬく力"は、日本の教育システムの中で生きてきた人なら、多くの人が十分に持っていると言います。
「知力と体力、やりぬく力を同時に鍛えるイベントは、良くも悪くも受験なんです。中学でも高校でも大学でも、日本の受験を最後までやり抜いていれば、結果はどうあれ、これらの力は十分に持っていると思います」。
そして、これからの時代に特に必要になるのが"3.自分にはない能力を持つ人とチームになる能力"。これは、すでに実社会で必要性を痛感しているという人も少なくないのではないでしょうか。実際、現在の教育も、この点に対する比重がより大きくなっているそうです。
「イノベーションは、異質なものが出合うことによって起こります。それには、チームになる必要がある。しかも、自分にはない能力を持っている人たちとチームになる必要があるのです。
ただ、自分にはない才能を持っている人は、自分とは全然違う価値観や背景を持っています。それを理解するには、協調性とか共感力といった"共感的コミュニケーション能力"だけでは不十分。『わかるよ』『気が合うな』っていう、従来の日本型の"飲みュニケーション"の限界です。それを乗り越えるために必要なのが"論理的コミュニケーション能力"です」。
論理的コミュニケーション能力とは
「意見が対立している時、大概の場合、どちらの意見も論理的には正しいことが多いです。どちらも論理的に破綻なく思考しているのに、異なった意見にたどり着いている。それは、それぞれの論理の礎となっている前提が異なっているからです。
お互いの論理を丁寧にさかのぼり、前提のズレに気づくことができれば、前提をそろえ直して、その上に共通の論理を組み立てて、双方納得のいく答えにたどり着くことができるようになります。それが、前提を共有していない人との論理的コミュニケーション。これからの時代は、このスキルが重要になってくるのです」。
さらにおおた氏は、自分にはない能力を持っている人たちとチームになるということには、もう一つの側面があると言います。
「自分も他の人にない能力を持っていないといけない。スペシャリティですよね。もちろん、本当に人にできないことができたら最強だと思いますが、そこまでのスペシャリティでなくてよくって、他の人がやっていることでも自分らしくやる、これは○○さんの仕事だよねっていう特長を持つ、そういう意味でのスペシャリティがあればいい。それがあれば、どこかのチームに加えてもらえるんです」。
これらの力をどこでどういう風に生かすは自分次第。組織にいようがいなかろうが、これからはこういう発想、こういう生き方を意識していくことが必要だと思うと、おおた氏は話します。
生きる力は特別な力ではない
そのうえで、おおた氏は、若手社会人に対し、こんなメッセージを伝えたいと言います。
「人生は選択の連続です。目の前にA・B・Cの選択肢があったとして、情報やデータを集めて論理的に比較検討してAが一番良さそうだと思っても、それが正解かどうかなんて分からない。みんながAがいいと言っている中でBを選んだとしても、その後、その選択肢が正解になるようにそこから先の道を一生懸命歩んで行けば、それが正解になるんだから。
要は、人間の決断の良し悪しっていうのは、決断するその時には決まっていなくて、決断した後の生き方で決まる。だから、今そんなに難しく考える必要はない。そういう思考を若いうちから持っておくべきだと思います。
よく、"生きる力"が大切だと言われますが、そんなものはみんな持っている。『生きる力=特別な力』のように勘違いされていますけれど、そんな大したものじゃない。生きる力を誇大解釈して難しいものだと思うから、つらくなっちゃうんです。
自分には自分の生き方しかできないんだから、何か別のものになろうとする必要はない。普通に生きていればいい。そこに誇りを持てればいい。社会人も若手のうちは不安が多いかもしれないですが、自分の中にある生きる力を信じなさいと言いたいですね」。
取材協力:おおたとしまさ
教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌の監修・企画・執筆を担当し、現在は主に書籍執筆や新聞・雑誌・web媒体への寄稿を行う。メディア出演や講演活動も多数。中高教員免許をもち、私立小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験もある。著書は『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『名門校とは何か?』など60冊以上。