メルセデス・ベンツの電気自動車(EV)「EQC」が日本上陸を果たした。同社は従来からEVに取り組んでいたが、実用的かつ高性能なEVは、このEQCが初めてとなる。この1台、初めてEVとして選ぶには最適なクルマかもしれない。試乗してみてそう感じた。
EVらしくない? 「EQC」のデザイン
EQCはメルセデスがミッドサイズSUV「GLC」をベースに開発したSUVタイプのEVだ。ボディサイズは全長4,761mm×全幅1,884㎜×全高1,623㎜。GLCと比較すると、全長は+103㎜、全幅は-6㎜、全高は-21㎜となっていて、より伸びやかで低いシルエットが与えられていることが分かる。そのため、GLCよりも見た目も大きく感じる。
GLCと寸法が異なっていることからも分かるように、EQCのスタイリングは専用デザインとなっている。特徴的なのはフロントマスク。グリルは大きくなっていて、左右のヘッドライトを結ぶような意匠が印象的だ。このデザイン、ほかのメルセデスとは少々、テイストが異なる。
ただ、大きなエンブレムもあって、誰もが一目でメルセデスと理解できる点は、ユーザーの期待を裏切らない。シルエットはSUVそのもの。ベースとなるGLCには、スタンダードなGLCとクーペデザインのスペシャルティなGLCクーペの2種類があるが、EQCはその中間的なデザインとなっている。スポーティーさを際立たせつつ、実用性についても十分に意識された形だ。
EQCが外観でEVであることを主張している点は、ブルーのアクセントカラーくらい。しかも試乗車は、よりスポーティーに仕立てられた「AMG line」仕様であるため、ブルーのアクセントも大きく減少している。これでは、見る人に知識がなければ、EQCがEVだとは分からないだろう。自身のライフスタイルとして、EVに乗っていることを周りに主張したい人には、EQCは不向きかもしれない。
インテリアは、ほかのメルセデスと同じく先進的なものを搭載する。最新型のインフォテイメントメントシステム「MBUX」やデジタルメーターパネルなど、基本的には最新のメルセデスと変わらない。ただ、専用のアクセントとして、ダッシュボードにはアルミ風フィンや金属調のエアコンルーバーなどを取り入れている。これらのおかげで、ややメカニカルな雰囲気を感じられる。例えるなら、高級ホームオーディオ風の装飾となるだろうか。
操作方法などはエンジン車と変わらず、使い勝手もエンジン車メルセデスと比べて遜色がない。キャビンは5名乗車スペースに500L(標準時)のラゲッジスペースを備える。ベースであるGLCは550Lの容量なので、EQCはやや小さくなっているものの、そこまで差は感じないはずだ。キャビンとの兼ね合いが課題となる大型の駆動用リチウムイオン電池は、全てフロア下に収めてあるので、車内空間にほとんど影響はない。
走りの要となるEVのメカニズムは、前後に1基ずつ、計2個のモーターを搭載する4WD車だ。最高出力は408ps、最大トルクは765Nmとハイスペックであり、3.0LのV6ツインターボエンジンを搭載する高性能モデル「メルセデスAMG G43 4MATIC」さえ凌ぐ。つまり、スポーツモデル並みのポテンシャルを備えているわけだ。航続距離は400km(WLTCモード)なので、長距離移動も楽々こなす。充電時間は200V普通充電の場合、約13時間(満充電)。急速充電だと約80分でフル充電できるが、一般的な公共の急速充電は使用時間が約30分間と決められているので、その時間だと約120km分のチャージが行える。
EVの航続距離を心配する声をよく聞くが、EQCの場合、出かける前に十分なチャージを行っておけば、出先で不安を感じるケースはまずないだろう。もちろん、インフォテイメントシステムを使えば、充電ステーションの位置情報や詳細、さらに空き情報までをリアルタイムに検索できる。ナビゲーションで目的地を設定すると、途中で充電が必要となる際には、充電ステーションへの立ち寄りも提案してくれる。不慣れな地でも、充電ステーションを探して回る心配はない。
メルセデスのノウハウとEVの相性は?
では、走りはどうか。早速、EQCを都心のドライブに連れ出してみた。
乗り込んでみると、SUVスタイルなので視界は高く、サイズの割に運転しやすい印象を受ける。先にも述べたが、操作はエンジン車と同様なので、戸惑うことはない。走り出してまず感じるのは、とにかく静かでスムーズなこと。そのサイズからは想像できないほど、軽やかに走るのだ。これは、瞬時に必要なパワーが得られるモーターならではの感覚だ。
EVであることを最も強く意識させるのは加速時だ。アクセルを強く踏み込むと、継ぎ目のない強烈な加速に見舞われる。しかも、ほぼ無音状態である。突然、前兆もなく訪れる強烈な加速は、同乗者を驚かせてしまうかもしれない。ただ、丁寧な運転を心掛けていれば、静かさが際立ち、実に快適な移動空間となる。元々、遮音性が高いメルセデスだけに、さらにエンジンノイズとも無縁となれば、車内での会話やお気に入りの音楽を邪魔するものは、ほぼなくなる。
EVならではの機能として、EQCでは、アクセルオフ時の回生ブレーキの利きの強さを調整できる。ストップ&ゴーが多い市街地や渋滞中の道路では、強めに回生ブレーキを働かせることで、減速力を強められる。逆に高速巡行時は、回生ブレーキをオフにすれば電費の良い走りとなり、航続距離を延ばすこともできるのだ。回生ブレーキの強弱はステアリングにあるパドルシフトで調節するので、運転中も問題なく切り替えられる。
今回の試乗は短時間かつ都心部のみの走行だったので、EQCの実力の一端を知るにとどまったが、EVらしさだけでなく、エンジン車と比べても何ら不足のない性能と使い勝手を持つクルマであることは確認できた。一般的にEVは、重量物であるバッテリーをキャビン下に置くので低重心となり、運動性能が高まる。この点は、EQCも同様だった。さらに、パワフルなモーターによる強力な加速時も車両姿勢が安定しているので、加速時に不安を感じることも少なかった。
EVでは構造上、ペダル操作に癖を感じることもあるが、EQCの場合、通常の運転であれば気にならない程度に制御されているように感じた。ただ、モーターは瞬間的に出力が得られるので、感覚をつかむまでは、急な操作は避けた方が無難だろう。
ステアリングや足回りなどには、メルセデスのノウハウと技術が惜しみなく投入されているので、エンジン車のメルセデスと遜色なく、違和感も皆無である。それでいて、圧倒的に車内は静かなのだから、運転者だけでなく、同乗者の満足度も高いはずだ。もちろん、高級車メルセデスらしい「おもてなし」はエンジン車と同様なので、メルセデスに乗ることのメリットは十分、感じることができる。
EQCの弱点を挙げるとすれば、旬なクルマであるEVに乗っていることを、周りに気づいてもらいにくいところかもしれない。ただ、メルセデス・ベンツのユーザー視点でみれば、その点は必ずしもデメリットとはいえない。既存のメルセデスから違和感なく、乗り換えることが可能だからだ。これまでメルセデスに乗り継いできたのと同じ感覚で、エンジン車からEVに乗り換えられる。これは、メルセデス・ベンツからオーナーへの配慮なのかもしれない。
また、余談となるが、EQCの開発には、メルセデス・ベンツの熟練の技術者たちも多く関わっているという。ハイテク満載の先進的なEVだから、若い技術者ばかりで生み出されたように思いがちだが、決してそんなことはないのだ。EQCも、メルセデス・ベンツのアイデンティティをしっかりと継承しているのである。ひょっとすると、この職人技も十分に取り入れた開発体制こそが、EQCをメルセデス・ベンツとして成立させている最も大きなポイントなのかもしれない。