新しいiPhone 11シリーズをレビューして、最も驚いたのがカメラ性能の非線形の進化だった。カメラの性能向上は、スマートフォンの新モデルには当然用意される顧客に対するアピール材料であるが、今回の新iPhoneのカメラについては下位モデルとなるiPhone 11であっても、これまでのiPhone XRやiPhone XSのカメラに比べて明確な違いが感じ取れた。
iPhoneカメラの構成、2019年版
ここで一度、iPhoneカメラの構成について整理しておこう。まず、iPhone 11とiPhone 11 Proの違いは、望遠カメラの有無に限られる。それ以外の広角カメラ、新搭載の超広角カメラ、新設計となった前面のTrueDepthカメラのいずれも、同じものが搭載される。
- 広角カメラ:1200万画素、26mm/f1.8、光学式手ぶれ補正、100%フォーカルピクセル搭載
- 超広角カメラ:1200万画素、13mm/f2.4
- 望遠カメラ:1200万画素、52mm/f2.0、光学式手ぶれ補正、iPhone 11 Proにのみ搭載
- TrueDepthカメラ:1200万画素、23mm/f2.2
このなかで、新たに搭載した超広角カメラはiPhone 11とiPhone 11 Proで共通となっており、動く仕組みも同じだ。Appleによると、センサーの違いによる写真の色や描写の違いを画像処理で吸収し、どのカメラで撮影しても、違和感なく同じシーンの結果が得られるよう調整しているという。広角で撮影している場合にも超広角カメラは稼働しており、シーンや露出などの分析に生かされる。
そのため、Appleは「カメラシステム」と呼んでおり、単純に焦点距離の異なるカメラを切り替えて使うだけではないことをアピールしている。
超広角カメラがもたらす効能
iPhone 11 Proを試した際、特に広角カメラと望遠カメラが、いままでのiPhone XSと比較しても次元の異なる色再現やディテールの表現を実現していると感じた。難しい言葉を使わず、カジュアルにiPhoneでスナップショットを撮影しているだけでも、「すごい」「違う」とその歴然とした差を感じているユーザーが多い。
先に望遠カメラについて指摘すると、これまでf2.4だった望遠カメラの絞り値はf2.0に明るくなった。そのため、暗くなってきたシーンでも、より手ぶれせずに撮影できるようになっただけでなく、背景のボケもより強く出せるようになった。ポートレートモードにしなくても、背景の美しいボケを楽しめる。
しかし、それだけではない。望遠なら広角カメラを、広角なら超広角カメラを同時に活用し、選択しているカメラの撮影領域の外側を、iPhoneのカメラアプリのプレビュー画面に表示するインターフェイスが採用された。これにより、今までは黒く塗りつぶされていた写真には写らない部分の被写体を確認しながら、構図に含められるようになった。
例えば、集合写真を撮る時に「もう1歩下がれば全員入りきる」ことが、グレーになっているプレビュー画面から理解できるようになる。あるいは、フレームのちょっと外側にある郵便ポストを含めて撮影しよう、というアイディアが撮影時に湧いてくる。クリエイティブさを引き出せる演出を巧みに盛りこんでおり、カメラの性能だけでなく撮影者の創意工夫もiPhone 11のカメラの進化の一部にしてしまった点は、Appleのカメラに対する深いこだわりを感じる部分だ。
ただし、超広角カメラ単体での撮影には注意が必要だ。13mmの超広角カメラよりも広角のカメラはiPhone 11シリーズには搭載されていないことから、フレーム外のプレビューは利用できなくなる。また、超広角カメラは光学式手ぶれ補正に対応していないため、暗くなってきたシーンでの手持ちでの撮影や、明るいところでもぶれを抑えたビデオ撮影は不得意、と捉えておいたほうがよいだろう。
高性能プロセッサがもたらす新世代Smart HDRの威力
写真は、いかに光を忠実に記録するかという視点が重要だと考えられてきたが、スマートフォンは専門のカメラほどは光学的な性能を追求することが物理的に難しい。その一方で、カメラとは比べものにならないほど強力なプロセッサを備え、画像を瞬時に処理できるエンジンが武器になる。
iPhoneのカメラは、複数のカメラとその連係によって、光学的なインプットと分析を最適化しつつ、画像処理や機械学習を生かして、人々が期待する良い写真、見せたい写真を作り上げる方向性に完全にシフトした。iPhone 11のカメラシステムは、ハードウェア、ソフトウェア、インターフェイスの各デザインが連携した結果が、非線形の写真の進化をもたらしているのだ。
Appleは、今回のiPhone 11シリーズ全体で新世代のSmart HDRを搭載してきた。多くの写真で写りが見違える理由の多くは、このSmart HDRを利用できるカメラシステムに変更されたことではないか、と考えられる。
HDRは「ハイダイナミックレンジ」のことで、明るいところも暗いところもディテールと色を保持して写真に記録できる。通常、HDRは異なる露出で撮影した複数枚の写真を合成して得るが、処理性能に優れたチップを搭載するスマートフォンは、シャッターボタンを押すと同時に高品位なHDR写真を瞬時に生成できるようになった。
白飛びや黒つぶれとなっていた部分もきちんと記録されるので、そのままでも満足のいく写真が得られるほか、あとから編集する際にも十分な情報量を持つ写真が得られる。しかし、HDRをあまりやりすぎると合成感が出て、不自然な写真となってしまう。iPhoneにHDR撮影機能が搭載されてから、設定メニューで通常写真とHDR写真の双方を残す設定があったが、iPhone 11にはもうその設定がなくなっている。
iPhone 11の写真の写りが劇的に良くなったと感じるのは、この新しいSmart HDRの出来がよいからだろう。ディテールの表現に加え、色は白っぽくも黒っぽくならずにきちんと残り、不自然な合成写真という感じは一切しない。シーンや撮影意図に応じてうまく調整され、最良の結果が得られるのだ。
暗所はiPhoneの弱点ではなくなった
Appleは、iPhoneの大きな弱点だった暗所の撮影にも手を入れた。ナイトモードは、iPhoneが暗所であると判断すると、iPhoneの加速度センサーを用いてどれだけ適用できるかを右上に黄色く秒数で表示する仕組みだ。
例えば、同じ場所でも片手で持っていると1秒と表示されるが、両手でしっかり固定すると2秒あるいは3秒と表示されることもある。レンズ交換式カメラなどで暗いところを撮影する際の長いシャッタースピードと同じアイデアだ。長く光を記録しようとするとカメラが動いてブレる可能性が高まり、そうするとハッキリしない写真になってしまう。そのため、ブレの量に応じて記録する秒数を変化させている、と考えられる。
しかし、iPhoneのカメラは最大1秒までしかシャッタースピードを長くできない点はこれまでと変わらない。そこで、1秒間の露光で撮影した複数枚の写真を合成して、あたかも長時間露光したように明るく撮影する仕組みとして実装したようだ。
そのうえで、ホワイトバランスや発色など、暗所では街灯や電球などの光に引っ張られがちな要素をきちんと補正し、暗い白熱球の光のレストランでもお皿は白く写してくれる。蛍光灯が青々とした街路樹を照らす、緑に引っ張られがちな夜の路地も、見た目に近く仕上げてくれる。
総じて、暗所撮影は明らかによくなっていると感じられた。ただし、今までのiPhoneの暗所撮影性能が他のスマートフォンに比べて悪すぎたともいえる。それゆえ、iPhoneの弱点ではなくなった、という評価をしておくべきだと考えている。(続く)
著者プロフィール
松村太郎
1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。