パラリンピック競技の中には、陸上競技やテニスなど、車いすで行われるものもある。アスリートの身体能力に加え、競技用車いすを作る技術力も重要だ。医療・福祉機器メーカー・RDSの取り組みを紹介する。

  • 伊藤智也選手(手前右)と杉原行里氏(奥の左から2番目)と関係者

伝説の選手を技術が支え次世代マシンが誕生

2019年9月18日、RDSにより最先端プロダクトの発表会が行われた。埼玉県にある同社は、企業規模こそ決して大きくないが、F1チームRed Bull Toro Rosso Honda(レッドブル・トロロッソ・ホンダ)とスポンサー契約を締結するなどの実力派である。

  • RDS代表を務める杉原行里氏

RDSの代表は、37歳の杉原行里(あんり)氏。15歳で単身渡英し全寮制高校を経てRavensbourne Collegeでプロダクトデザインを専攻。2008年に帰国しRDSの専務取締役となり、2018年に代表取締役社に就任。2016年、障がい者アスリートの競技大会で車いす陸上の伊藤智也選手と出会い、交流を深めるようになった。

  • 現在56歳の車いす陸上伊藤智也選手

伊藤選手は、パラリンピックの北京大会で金メダル、ロンドン大会で銀メダルを獲得。杉原氏と出会った当時は引退後のことであったが、「伊藤さん、走りましょうよ。俺、あなたのマシンを作りますから!」という杉原氏による後押しもあり、2020年に向けて現役復帰を宣言した。その後、杉原氏は伊藤選手を開発ドライバーとして迎え、二人三脚で開発をスタート。誕生したのが、今回発表された車いすレーサー「WF01TR」である。

  • 車いすレーサー「WF01TR」

初めて会ったときから意気投合した二人だが、「意見が合うことのほうが少なかった」(伊藤選手)と言う通り、開発現場は議論と熱気にあふれた。

「伊藤選手を第一とするアスリートファーストは当然のこととして、対等な関係を目指し、意見を交わし合いました。また、伊藤選手が『ここが硬いから調整してほしい』と言っても、それは感覚的で抽象的なものでしかありません。そこで重視したのが、コミュニケーションのツールとして伊藤選手の感覚を数値化すること。マシンの動きや走行中のフォームなどを、3Dスキャナーやモーションキャプチャーなどの機器を使って計測。このデータを基にプロトタイプを製作し、座る位置を前後に数センチ単位で動かしながらテストを重ね、マシンをアップデートしていきました」(杉原氏)

「僕からすると、丸裸にされたようなもの。座席部分に触覚センサーを入れて、データが取られ、お尻の形まで再現されたわけですから」(伊藤選手)

杉原氏は、目下の目標は伊藤選手に金メダルを獲ってもらうことと言うが、すでにその先を見つめている。

「車いす陸上の競技人口を増やし、健常者にも使ってもらいたいです。日本では、2025年には30%以上が65歳を超えます。車いすに対する意識や、呼び名さえも変わっていくでしょう」

一般ユーザーも視野に入れ開発を推進

RDSでは競技者だけでなく、一般ユーザーも視野に入れた開発を行っている。今回のプロジェクトではシーティングポジションを重要視して進め、「人間は座るポジションにより出せる力が変わってくる」とわかった。

  • シミュレーター「SS01」

車いすレーサー開発をきっかけに生まれたのが、シミュレーター「SS01」。千葉⼯業⼤学未来ロボット技術研究センター(fuRo)と共同開発を行った。車いすのタイヤを効率的に回すのに最適なシートポジションを割り出すことのできる計測器である。将来的には量産化を進め、パラアスリートだけでなくオフィスワーカーや⾼齢者などの一般ユーザーにも利用してもらうことを想定している。

  • VRレーサー「CYBER WHEEL X」

エンタメ領域では、VRレーサー「CYBER WHEEL X」がある。車いすレーサー「WF01TR」をベースとし、車いす競技を気軽に体験してもらうマシンとして誕生・進化したものだ。株式会社ワントゥーテン(1→10)や千葉⼯業⼤学未来ロボット技術研究センター(fuRo)との共同開発により、さまざまな技術が結集した。VR技術でトップレーサーとのデータ対戦などができるほか、車いすアスリートのトレーニングとしても利用可能。2019年9月現在、東京ソラマチ イーストヤード5F「PLAY5G 明日をあそべ」で体験可能だ。