9月6日より3週間限定で公開されている草なぎ剛主演の『台風家族』。『箱入り息子の恋』(13)などの市井昌秀監督が12年間温めていたオリジナル脚本を映画化した本作は、両親の起こした銀行強盗が時効になった10年後、実家に集まった4人兄弟が遺産分与をめぐって生々しい争いをする姿をシニカルな笑いで描いたもの。長男・小鉄を演じる草なぎに何かと注目が集まりがちだが、彼と対峙する三男・千尋をほかではあまり見られないユニークなキャラで体現した中村倫也の存在を見逃すことはできない(以下、一部ネタバレを含みます)。
昨年の7月11日、栃木市藤岡町の撮影現場にはそんな中村の姿があった。この日がNHK連続テレビ小説『半分、青い。』の撮影終了間際だった彼の撮影初日で、映画の様相を一変させる千尋の登場シーンの撮影。
ほかの兄弟やその家族に遅れ、思いがけない形で登場する中村は『半分、青い。』の朝井正人の風貌とは違い、髪はボサボサ、本作のためにオリジナルで作ったというトボけたTシャツを着ていて完全にニートにしか見えない。
ところが、このシーンでは、そんな彼が兄弟たちの前に立ち、壁にかけられたニワトリの絵を指さしてとんでもないことを言い出すのだ。中村の指の先をよく見ると、ニワトリの目に超小型カメラのレンズが。それに気づいた小鉄(草なぎ)が「と、盗撮していたのか!?」と切り込む。すると、それに反応するように千尋がボソボソと「事件があった10年前、兄貴はリストラ、京ニイ(次男)は超多忙な青年実業家、麗奈ネエ(長女/MEGUMI)はバツイチ…みんなキャッチ―なんだよ!」と言って、家族の醜い争いを全世界に配信していた驚きの事実を告白する。
そんな一連が猛暑の中、長回しでじっくり撮られていったのだが、すでに撮影を数日行い、兄弟感が自然に滲み出ているほかのキャストと中村の芝居のテイストが若干違う。分かりやすさを重視するドラマの説明的な芝居がまだ残っていたのかもしれない。だが、市井監督が彼のそばに駆け寄り、ひとこと言うと、兄や姉を羨む、どこにでもいそうな甘ったれた三男坊にガラリと変身。これには市井監督も「僕のひと言で芝居を合わせられるあの力量はスゴい。どういうメカニズムになっているのか、僕には分からない」と絶賛! さらに「『みんなキャッチーなんだよ!』だけは語気を強めて」という監督の指示も瞬時に取り入れ、この何とも不思議なニュアンスの見せ場を完全に自分のものにしていた。
しかも、庭の物置に作ったユーチューバーとしての配信ベースを兄弟に公開する次のシーンでは、自分の裸を流され、殺意を覚えた麗奈に千尋が突き倒される展開だったが、ここでは殴られながら「裸どころか、オマエ、さっき店で(恋人と)何やってたんだ!?」と切り返す反射神経のよさを見せ、優れた身体能力で生々しい見事な倒れ方をしたから流石。その段取りでは共演者たちから「ケガをしないように」と声をかけられていた中村倫也は、久しぶりに顔を合わせた兄弟のように、あっと言う間に家族の一員になっていた。
(C)2019「台風家族」フィルムパートナーズ