北欧雑貨・家具輸入の第一人者として、2社の経営をしながら、北欧流ワークライフデザイナーとしても活躍する芳子ビューエルさん。今でこそ、北欧の休息にまつわる文化を提唱し、自身もワークライフバランスの充実した人生を送っているが、過去には寝る間も惜しんで働く日々があった。
北欧とは異なる文化背景がある日本。元・激務社長が北欧流の休み方を実践するために意識してきたこととは? 働き方改革が進む日本に必要な「休み方改革」について聞いた。
激務の日々を変えた、デンマークでの体験
――ビューエルさんは現在、北欧流の休み方について日本で提唱されていますが、以前は休む暇もなく働く日々があったそうですね
15年ほど前、ちょうど会社の業績が伸びていて、やればやるほど売り上げにつながった時期ですね。わが社には、私の同行が必要なアポを自由に書き込めるカレンダーがあるのですが、その予定通りに働いていたら、一日も休めなくなっていました。
社内や銀行との話し合い、海外からやってくる取引先の出迎え、同行営業で通訳など、とにかくタスクが多かった。
ルーティーンに忙殺されているうちにいっぱいいっぱいになって、道を歩いていて誰かにぶつかっただけでも泣きそうな気持ちになったり、電車に乗っているときにがくんと倒れそうになったりしたこともありました。「私、どうかしちゃうかもしれない」と思いながら働いていました。
――本当に激務だったんですね
そうこうしているうちに、口の中の上あごの部分がどんどん腫れてきて、お医者さんに行ったら、大学病院で検査が必要だと言われました。後で知ったことですが、顎のガンを疑われていたんですね。
ただ、検査の前に、娘からずっと勧められていた旅行に出掛けたんです。「これ以上仕事を続けると、お母さんは死んじゃう」と強く言われて、西表島へ3泊4日、旅をしました。 そこでストレスを全部発散したら、顎の腫れが、きれいになくなっちゃったんですよ! ストレスって人を殺してしまう可能性があるほど、怖いものなのだと身をもって思いました。
――そんな生活が変わったきっかけが、北欧文化に触れたことだったんですね
ちょうど同じくらいの時期に、デンマーク寝具の会社の社長から、チュノー島という島にあるお家へ招待されました。もともと北欧文化については知っていたし学んでいたけれど、そこでの生活に衝撃を受けたんです。
その島は、風の音以外何も聞こえない、何もない島なんですが、午後2~3時になると、島で過ごしている人々が集まってきて、みんなでビールを飲み始めるんです。とってもラフな格好で、飼っている犬や見た風景のことなど、本当になんてことない、他愛もない会話を楽しそうにずーっとしていました。
聞いてみると、みなさんコペンハーゲンで歯科医をしていたり、弁護士をしていたりして、社会的ステータスを持っている人だったのですが、「この島って素晴らしいでしょ」と口々に言うのです。
車は上陸できない、商店も一つしかない、パンですら前日に頼まないと焼いてもらえない、とっても不便な島ですよ? 私は最初、何が素晴らしいのか、さっぱり分かりませんでした。
――確かにお金があるなら、もっと楽しい休みの過ごし方があるような気もしますね。
本当に、最初はただただびっくりしました。でもデンマークの文化に触れるうちに、だんだん「みんなで楽しい時間を共有すること」が大切だという価値観が分かってきました。北欧文化の一つの「ヒュッゲ」ですね。
チュノー島の暮らしはデンマークの中でも特別だけれど、例えば他にも、知り合いと一緒に、見知らぬ方々とリンゴのジュースを一日かけて作るっていう体験をさせてもらったことがありました。
りんごを丸ごと桶の中に入れて、圧搾してジュースを作っていくのですが、私からしてみれば、みなさんりんご農家でもないのに丸一日の時間を使って、りんごをとってきてジュースを作る意味がどこにあるんだろうと思うわけですよ。
でも一緒にジュースを作っているうちに、作業しているおじさんおばさんと「重いね」とか「大きいりんごだね」とか話すようになって、出来上がったジュースを飲んで「おいしいよね、私たちが作ったんだよね!」とうれしくなって。気づいたらすごく仲の良い友達になっていました。
こういう時間が私にも必要だと分かってきて、休むことを意識するようになったんです。
休みづらい職場でできること
――実際に休むことを意識しだしてから、仕事に対する気持ちに変化はありましたか?
前ほど苦痛と感じなくなりました。休みを楽しめるようになって、仕事でも楽しみ方をどうやって見つけるか、考えられるようになったからだと思います。
以前は常に疲れていて、楽しくないし、よくネガティブな気持ちになっていました。
でも休めば健康も取り戻せるし、気持ちも切り替わります。仕事はこなすことで精いっぱい、アイデアは「絞り出す」という感じだったのが、今は「わいてくる」感じに変わっています。
でも最初は、休むことに慣れませんでした。これまでずっと、マグロのように動き続けていた私に、急に「待て」と言われても、待てなくて(笑)。休むことに罪の意識さえ感じていました。
例えば出張中、17時頃に仕事が終わって、友人から「一緒に食事をしていこう」と誘われると、仕事自体は終わっているけれど、まだ職場のみんなは働いているしな、こんなに早い時間から楽しんでしまっていいのかな……という気持ちが芽生えてしまうこともありました。
――職場のことを考えてしまいますよね
でも北欧ではそうならないんですね。以前仕事でデンマークの会社を訪問したとき、ちょうど会社の終業時刻だったんですが、「火災報知機でも鳴ったの!?」と思うくらい、全員がすぐさま仕事をやめて、パッと帰っていく様子を見てびっくりしました。
だからといって、経済が発展していないわけではないですよね。1人あたりのGDPも世界12位、非常に効率よく仕事をしています。
一方日本の職場では、終業時刻になっても、「課長が退社していないから帰りづらい」とか、「若手だと最初に職場を出づらい」といった状況がまだまだあります。
昔からの慣習とか倫理観とか、直接言わないけれど「職場ではこうすべき」「新人はこうあるべき」などと考える職場文化が、日本で北欧の休み方・働き方を取り入れる上での難しさだと思います。
スウェーデンには「フィーカ」という文化があって、職場の場合、午前と午後の2回、みんなでお茶をしながらおしゃべりする時間をとるケースが多いです。人間の集中力を考えれば、適宜休みを取る方が仕事の効率は上がりますよね。しかし、スウェーデンの子会社であっても日本に来ると「フィーカ」がうまくいかなくなると聞きました。
――休みづらい、帰りづらい日本の職場でできることはあるでしょうか?
上の立場の方でないと難しいと思うのですが、休憩をルール化するのが良いと思います。10時半とか15時半に、10分でも15分でも、みんなで一緒にお休みを取ろうと職場で決めれば、実行しやすいですよね。「立ち話していたらサボっていると思われる」、そんな倫理観のハードルを取り除けます。
それから、他愛のない話の中で「水曜の夜は●●の勉強をしたいと思っている」というように、それとなくアフターファイブの予定を話しておくと、職場の人にも「あの人は勉強のために早く帰るんだ」などと理解してもらえますし、会社を出やすくなりますよ。