米国で2019年8月から発行が始まったApple Card、ターゲットはズバリiPhoneユーザーだ。

Appleは、最近の決算でアクティブインストールベースを発表している。世界全体では実に14億人を獲得しており、これを背景におよそ4億人ものサブスクリプション契約を作り出している。

Appleのサービス部門は、この既存ユーザーをターゲットにしており、Apple Cardも例外ではない。何しろ、iPhoneのWalletアプリからのみ申し込むことができ、Apple Payでの日常利用を前提にしている点からして、iPhoneユーザーのためのクレジットカードであることが分かる。

  • iPhoneユーザーのためのクレジットカードと位置づけられているApple Card

Appleは、米国で1億人以上のユーザーを抱えている。Apple Cardは、こうした1億人の人々に、お金のかかるダイレクトメールや勧誘の電話をかけることなく、iPhoneのメールやプッシュ通知を通じてクレジットカードのマーケティングを行えるのだ。

米国のクレジットカード市場

6割の人がクレジットカードを所有している米国では、利用者の2/3が利息を支払っており、これがクレジットカードビジネスの収益源となっている。

米国の連邦準備委員会がクレジットカードに関する統計を取り始めた過去30年で、もっとも借入が伸びたのは2008年のリーマンショック時だった。だが、2018年の残高は7990億ドルに膨らんでおり、リーマンショック当時よりも大きくなっている。

クレジットカードは米国でもっとも人気のある決済手段に思われるが、実はそうではない。米supermoneyの調査によると、銀行口座の残高を決済に利用するデビットカードが決済全体の54%を占め、クレジットカードは26%にとどまる。利息や手数料、使い過ぎの抑止など、クレジットカードで負債を負うことを嫌うなどの原因がある。

所得層で見ると、年収10万~15万ドル(1100万~1650万円)の層でデビットカードとクレジットカードの利用が拮抗し、15万ドル以上(1650万円以上)の層でクレジットカード利用が半数を超える。つまり、年収1000万円以下の所得層にクレジットカードの市場性がある、ということが分かる。

  • ちょっとした買い物も現金ではなくクレジットカードを使うイメージのある米国だが、所得が下がるほどクレジットカードの利用が少なくなる傾向があることが分かった

信用度の低い層にもカードを発行

Apple Cardは、初期招待ユーザーの間で「これまでのクレジットカードの常識とは異なる」と話題になった。

米国では、社会保障番号(ソーシャルセキュリティーナンバー、SSN)と紐づけられ、個人の信用度を示す「FICO」と呼ばれるクレジットスコアが300~850の範囲で付与される。一般に、720以上が「非常に良い」スコアといわれており、貸付した際に支払不能になる確率が低いとされている。

FICOのクレジットスコアは、条件の良いクレジットカードの審査にも影響してくる。日常的に利用できる十分な金額、例えば5000~1万ドル(約65万~110万円)の限度額が割り当てられるには720以上のスコアが必要となり、クレジットカードの利率も変動する。

そうしたなかで、Apple Cardが発行されたユーザーの中には、FICOのクレジットスコアが620以下の人も含まれていた――とBusiness Insiderで報じられた。限度額は750ドル(約8万円)と非常に慎ましいものではあったが、それでもカード自体が発行されたことに驚きが走った。

このことから見ても、Apple Cardはより多くの人々に発行することを目指していることが分かる。クレジットカード利用が弱いユーザー層の取り込みに、このビジネスのキモがあるわけだ。

Goldman Sachsは、投資銀行や富裕層に対するビジネスに強い印象があるが、「Marcus」といわれる若者や中層向けのブランドも展開している。今回のApple Cardは、さらに幅広い消費者をターゲットとしたビジネスとして捉えているのだ。

金融ビジネスとしての懸念とAppleの戦略

Apple Cardは、これまでのクレジットカードの常識とは異なるビジネスになりそうなことは、サービス内容だけでなくターゲットからも明らかになった。

しかし、このことは金融業界での懸念も生み出している。AppleとGoldman Sachsがターゲットとするのは、いわゆる「サブプライム」層であり、この単語を聞けば誰しもが2008年の金融危機を思い出すことになるからだ。

信用力のない消費者が組んだ住宅ローンが焦げ付き、金融市場が危機に陥ったというのが、リーマンショックの簡潔な説明となる。現在、住宅よりもより金額が小さい「自動車ローン」の焦げ付きが不安視されるなかで、テクノロジーと金融の最大手同士の取り組みに不安を感じるのも無理はない。

しかし、Apple Cardはユーザーインターフェイスを通じた金融教育によって、この問題を解決しようとしている。

Apple Cardは、iPhoneのWalletアプリであらゆる情報を確認できる。今、自分がいくら使ったのか、今月末の支払いはいくらになるのか、それを来月に先延ばしするとどれだけ利息を余計に支払わなければならないのか――。今までは、毎月送られてくる明細をわざわざ見たり、使いにくいウェブやアプリにアクセスしなければ分からなかったが、Apple CardならばWalletを通じたプッシュ通知で飛んでくるので、手元のiPhoneで手軽に確認できる。

  • iPhoneのWalletアプリを使えば、Apple Cardでこれまで使った金額などがひと目で確認できる

もちろん、こうしたユーザーインターフェイスが債務超過に陥っている人を救うわけではない。しかし、これからカードを持つ人に対して、クレジットカードと正しく付き合っていく方法を提供することはできるのだ。

著者プロフィール
松村太郎

松村太郎

1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。