広瀬すず主演のNHK連続テレビ小説『なつぞら』(毎週月~土曜8:00~)の第134回(9月3日放送)で、吉沢亮が好演した山田天陽が天へ召され、天陽ロスという激震が広がった。今週の副題は「なつよ、天陽くんにさよならを」だが、回想シーンを交えながら、天陽の人生がフィーチャーされる。そこで、なつに多大な影響を与えた山田天陽の魅力と本質をおさらいしたい。
第134回で、なつは天陽の急逝を、天陽の兄・山田陽平(犬飼貴丈)の口から聞かされ、絶句する。ようやく取れた夏休みに、優を連れて十勝の山田家を訪ねたなつだが、そこで目にしたのは、天陽が家族に残した遺作だった。その躍動感あふれる雄々しい馬の画が、アニメーターをやめるかどうかを悩んでいたなつの背中を押すことになる。
■小学校時代から築いてきた天陽との心の絆
『なつぞら』において、天陽は常になつの目標であり、彼がなつに与えた影響は計り知れない。2人の出会いは小学校時代に遡るが、そこから強い絆を育んでいく。
なつは、小学校で天陽が描いた馬の画を初めて見た時、「生きているみたい!」と目を見張る。また、馬ばかり描いていた天陽のノートをパラパラめくった時、「まるで馬が暴れてるみたい」と大興奮。今思えば、なつのアニメーターとして道は、ここから始まっていたのだ。
山田一家は、空襲で家をなくし、北海道へ開拓にやってきた拓北農兵隊らしいが、頼みの綱として買った馬が死に、土地の開拓も上手くいかず、一家は離農して北海道を離れるつもりだった。そのことを知ったなつが、天陽一家を助けてくれるよう、泰樹に嘆願。その結果、泰樹や街の人々のサポートにより、天陽一家は北海道に留まれることになった。その時、天陽は、北海道の大地で生きていくことを心に決める。
言わば、天陽にとってなつは恩人となるが、北海道に来たばかりで孤独だったなつにとっても、彼は大切な心の友だった。なぜなら2人とも、戦争で心の傷を負っていたこと、そして画を描くことへの情熱を共有していた同志でもあったのだから。成長したなつと天陽がお互いに惹かれ合うのは、あまりにも自然な流れだったと思う。
■水のように動くなつと、大地のように根付く天陽の生き様
なつを心から愛していたからこそ、上京を決めたなつを応援し、なつへの思いを断ち切った天陽。その後、なつは坂場一久(中川大志)と、天陽は靖枝(大原櫻子)というベストパートナーを得ることになる。
脚本家の大森寿美男氏によると、『なつぞら』は、なつのサクセスストーリーではなく、ホームドラマとして描いたそうで、なつは北海道の十勝、東京の風車、坂場と結婚してからの家と、“ホーム”を次々と移していく。まさに、水のように好奇心の赴くままに流れている。そこは、いきなり会社を辞めるという、当時としてかなり思い切った選択をしたあと、主夫となり、その後マコプロへ入社した坂場も同様だ。つまり、環境の変化を厭わないタイプ。
だが天陽は2人とは違い、大地にどっしりと根付く生き方を好んだ。もちろん、どちらもすごく素敵。天陽が死ぬ前夜に、妻・靖枝に対して「靖枝と結婚して本当に良かったわ。俺が俺でいられる」と心から感謝し、彼女を抱きしめるというシーンはとても印象深かった。
なつが夢に向かって邁進できたのは、夫・坂場一久と、最愛の友・天陽のおかげであるが、この2人の立ち位置の違いもまさに水と大地のようだ。最初は、中川いわく“面倒くさそうな人”として登場した坂場が、やがて不器用だけど誠実な愛妻家となっていく変化と、それとは真逆で、常に穏やかな目線でなつを見守ってきた天陽の安定感。その2つが『なつぞら』の恋愛パートを実に豊かにしたと思う。
■最高の置き土産を遺した天陽
仕事と子育ての両立に葛藤しながら、北海道を訪れたなつ。最後の最後に、天陽が家族に残した遺作の馬の画が、なつを再び奮い立たせることになる。
なつは、娘の優と共に天陽の遺作を見るが、そこで優が「本物のお馬さんがいる」と驚く。これは、まさになつが幼少期に天陽の画を見たリアクションと同じで、大森寿美男脚本にうなるシーンだ。優から「画を動かすのがママの仕事」だと言われ、なつは涙を流す。
さらに、なつは天陽の描いた彼の自画像と向き合い、天陽と会話を交わすことで、天陽との絆を再確認する。ここで「道に迷った時は、自分のキャンバスだけに向かえばいい。俺となっちゃんは、何もない広いキャンバスの中でつながっていられる」という天陽の名台詞がリフレイン。2人は歩んだ表現の道は違えど、絵描きとして同じような志と情熱を持っていて、その絆は生涯続いていくに違いない。
なつは、朝ドラ100作目のヒロインとして夢を追い続け、プリズムのようにキラキラ輝いている。それは圧倒的な演技力と度胸を兼ね備えた広瀬すずの魅力はもちろん、吉沢亮と中川大志という相手役の2人の支えも大きかったのではないか。今週で、吉沢演じる天陽が現実の時間軸からいなくなってしまうが、この先、なつがどんなふうにゴールを切るのか、最後までエールを送っていきたい。
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