陸海空、それぞれのプロフェッショナルが求める極限の機能と性能、そしてタフネスを想定したG-SHOCK「MASTER OF G」シリーズ。「陸」で卓越した性能を発揮する「MUDMASTER」(マッドマスター)の最新作「GG-B100」について、その企画、デザイン、設計を担当した開発スタッフにお話を伺う第二夜。今回は、カーボンコアガード構造に最適化された新しいマッドレジスト構造について聞く。
通称「安田構造」
設計担当の安田氏は次のように語る。
安田氏「カーボン樹脂のセンターケースは、複雑な内部形状の成形が可能なうえ、寸法の精度や強度の点で有利です。そこで、ボタンとセンターにそれぞれ凹凸形状を付けて、これを“かん合”(編注:パーツがはまり合うこと)させることで、泥の通る隙間を極力狭くするという方法を採っています。
加えて、この隙間を蛇行させて、奥まで泥が入り込まないようにしつつ、スポンジのような緩衝体を入れ、フィルター効果を出しています。これで、砂や泥水がかなり入りにくい状態になります。さらに念を入れて、中心方向の隙間をきっちり一定の数値にしています。すると、仮にスポンジが泥を吸収しても、加重やストロークには影響が出ないのです」
橋本氏「これを最初に見せられたときは信じられませんでした。めちゃくちゃ難易度が高そうなのに、『これで行けると思います』って平然と言うんですよ」
牛山氏「みんな心配していたよね。本当に金属パイプがなくなるんだよね? って」
安田氏「私に話が来たときには、すでに“金属パイプがなくなるのありき”だったじゃないですか(笑)」
牛山氏「いや、それは悪かった。こっちが“ありき”にしちゃったから(笑)。それが崩れたらこの企画自体が倒れちゃうでしょ。とにかく何とかしてもらわなきゃいけなかったんだよね」
橋本氏「このカーボン樹脂のセンターケースが生命線でしたね。通称“安田構造”(笑)」
この複雑な形状のセンターケースがワンパーツだというのだからすごい。金型をどうスライドさせているのかも、抜きの方向もまったくわからない。これは本当に金型成形(射出成形)なのだろうか。本当は切削だったりして……。
安田氏「切削じゃありません。金型成形です。もちろん簡単にでき上がったわけではなくて、試作を作っては泥の試験をしました。試験用の機械で何回も泥水に浸して、泥の流れや入り込みを検証しては、リューター(*)で少し削って、凸量を変えて、詰め物をしたりして、文字通り泥臭い作業を何回もやって。途中でふと我に返るんですよね。自分は何をやってるんだろう、って……」
*:手持ちで使える旋盤工具
そう言いながら安田氏が取り出したのは、泥水の入った袋に沈んだGG-B100の検証機。関東ローム層の赤土粘土は非常にきめ細かく、まるでパステルの粉を水に溶いたよう。泥というより、もはや染料に近く、淡い色のウレタンは土の色に染まってしまうそうだ。
安田氏「そして、こちらが袋から出して乾燥させたものです」
赤土が固着したGG-B100を安田氏から受け取り、操作してみた。時計がしっかりと動作している。ボタンの押し心地も、平常時とまったく変化なし。レスポンスは変わらず、ノーストレス。ボタンを押してもジャリともいわない。センターボタンで点灯する高輝度LEDライトも、まったく問題なく動作した。
カーボン樹脂ケースにしたがゆえの困難を乗り越える
安田氏「ボタンの押し心地の解析が一番難しいんです。泥水に沈めて乾燥させて、ボタンを押した1回目が解析対象。2回目に押した状態は、すでに押されて泥がはがれた状態なので、検証対象ではなくなります。検証状態に持って行くのに時間がかかるのに、1回しか解析できない。難しいうえに忍耐と慎重さが必要でした。
正直、ゴールがあるのか、正解があるのかどうかすらわからないんですよ。ほかの誰に聞いても『わからない』。もっとも、カーボンコアガードのマッドレジスト自体が初めてのことなので、誰にもわからないのは当たり前なのですが……。
初めて、泥の気持ちになりました。自分だったらどこからどう入って行くかな、って」
泥水は流動体なので、入り込んだ瞬間が見えない。しかも、ケースを開けると状態が変わってしまい、確度の高い検証を行えなくなってしまうという。
安田「もちろん、今までのMUDMASTERはどうやって泥の侵入を防いでいたのか、最初に調べました。が、やってみてわかったのは、金属と樹脂ではやはり違う、ということでした。
今回、結果的にはひとつのゴールにたどり着くことができたと思いますが、それはカーボン樹脂によるところが大きいんです。従来の樹脂では不可能だったと思います」
検証の厳しさがG-SHOCKの信頼性を支えていることを、あらためて実感できるエピソードだ。ところで、(泥は洗い流されているにしろ)このような酷使された状態で電池交換に持ち込まれるMUDMASTERは、実際にあるのだろうか?
橋本氏「農業に携わるユーザーさんが持ち込まれた時計で、こんな状態を見たことがあります。田植えや刈り取りのような過酷な作業でお使いいただいているんでしょうね」
センターケースをカーボン樹脂にすることで、ボタンの基部を強力に保護できることは、GWR-B1000でもアピールされていた。そしてGG-B100でも、やはりボタンがケースより外に出ている。
橋本氏「非カーボンコアガードでは、ボタンを押すとき、指でその位置を探らなければなりません。でも、このように大口径で出っ張ったボタンなら、感覚的に押せますよね。革の手袋で作業する場合でも、いちいちボタンを探さずにすぐ押せます。
このボタンをどれだけ外に出すかも、コンマ何ミリ単位で検討しています。全体的なボリュームとケースの位置関係を含め、ブラッシュアップを何パターンも考えて……。これは、G-SHOCKのデザイン作業の中でも異例でした」
そう言いながら、橋本氏は細かく修正案が書き込まれた何枚ものデザインスケッチをテーブルの上に広げる。
橋本氏「また、GG-B100のボタンには側面にヘアラインを入れて質感を高めています。ボタンには押しやすさと、外観としてのバリューの両立が必要です。ボタンの側面に、ここまで気を使った商品もほかにないですね。
そもそもボタンが出っ張るようにすることが今までなかったので、押す面だけを気にしていれば良かったんです。それがカーボンコアガードでガラッと変わったので、ボタンについては特に意識を新たにしました。ただ、それは大げさにする部分じゃないとも思うんですよ。言われればなるほどと思うけど、ぱっと見ではさりげない。そんなあんばいに持って行くのに苦労しました」
次回は、GG-B100ならではの新機能について詳しく聞く。