“メンヘラ製造機”。なんてすばらしいネーミングなのか。現在、中村倫也が『凪のお暇』(TBS系 毎週金曜22:00〜)で演じている役の異名である。『凪のお暇』は公私共に他者に振り回されることに疲れた主人公・凪(黒木華)が心機一転、会社を辞めて引っ越した場で、元彼と新彼の間で揺れ動く話。中村の役は新彼で、凪が引っ越してきたアパートの隣人ゴン。凪は会社で空気を読んでその流れに自分を当てはめ続けてきたことに疲れてしまったが、ゴンは世間の決まりごとに囚われていない自由人。凪にはゴンのマイペースな生き方がまぶしいうえ、ものすごくスマートに優しく接してもらって、たちまち身も心もすっかりとろけてしまう。
コインランドリーで差し出されたフレーバーコーヒーは美味しいし、野原でピクニックしてアウトドア器具で調理してくれたトーストは美味しい。すべてが凪に心地よいことばかり。喋り方もふんわりしていて、少し低めで甘いその声は涼風のようでいつまでも聞いていたい。元彼の慎二(高橋一生)が俺様風を吹かし、凪が全部、彼に合わせないといけなかったこととは真逆。今度こそ幸せになれるかと思ったら、ゴンは『メンヘラ製造機』と呼ばれる多くの女性に優しい悪魔であった。
ゴンは、目の前の人に全力を注ぎきる刹那的(今を生きる)な人で、言ってみれば空気を読む天才。その瞬間は、相手のツボが手にとるようにわかる、名マッサージ師のようなものなので、離れられなくなってしまう。かくして、彼への依存が止まらない「メンヘラ女子」が続々誕生してしまうのであった。
この罪深い役、中村倫也にぴったりだと思う。といって本人がそういう人だというわけではない。これまで演じてきた数々の役のなかで、この手の役がとってもハマるのだ。
■恋の殺し屋のような中村の声
2005年にデビューして、主演作もいくつかやりつつ、おおむね、若手のバイプレーヤーとして信頼を獲得してきた中村が、2018年、朝ドラ『半分、青い。』で全国区の人気を獲得し、ちょっと遅れてのブレイクを果たしたときの役がこんな感じだった。まず、飼い猫を肩に乗せて登場したところからしてすばらしいサービス精神。そして、主人公(永野芽郁)に優しく接してデートまでしたにもかかわらず、彼女が本気になると逃げてしまう。主人公に限らず、多くの女性をそんなふうにして深い関係を避けていた。やっぱりふわっとした喋り方だったし(北海道訛りを短いセンテンスでごまかすという作戦だった)、ちょっとしたときの語尾の伸ばし方は『凪のお暇』でも出てくる。息するように嘘をつく、という言葉があるが、彼の場合、歌うようにターゲットを仕留める恋の殺し屋のようなのである。とにかく、声がいい。その場に流れる空気を集めて、最高の声にして、女子に囁きかける。そんな魔法を使える俳優である。
いま、この手の役をやったら中村倫也の右に出る者なし。『闇金ウシジマくん Season3』(16)でも女性の気持ちを巧みにくすぐる結婚詐欺師だったし、主演舞台『クラッシャー女中』(19)でも相手によって別人のように調子を変える役だった。どの役も、どこか企みを隠し持っていそうで、見る側は、その危険なところ込みで惹かれてしまうという役どころである。中村倫也の魅力は、清廉潔白な王子様というよりも、その声に、ちょっと危うい、不良な感じが交じるところなのだ。『崖っぷちホテル!』(18・日本テレビ系)での競艇新聞を読んでいるところも様になる。
危うさや、苦労人ゆえのなんでも任せて安心なイメージ(あくまでイメージです)は、長年、バイプレーヤーとしてやってきて、ブレイクしたいまも、主役よりもバイプレーヤーや、『初めて恋をした日に読む話』(19・TBS系)などに見られる当て馬的な役が多いところからくるもの。もちろん、演技派の中村だから、正々堂々とした主人公役が来たら、そういう役も完璧にできるのであろうが、いまはそっちを求められていないから、粛々と求められている役を演じているのであろう。たとえば、2007年、舞台『恋の骨折り損』に中村(当時は友也だった)が女性役で出演したとき、私はパンフレット制作のため稽古場についていた。最初に女性のメイクをしたときパーフェクトに可愛かったのだが、その後、そばかすメイクが加わった。どっちのメイクでもみごとに自分のものにしていて感心したものだ。ちなみに当時からすでに、インタビューのときの言葉のチョイスのセンスは良かった。
今年『クラッシャー女中』で取材したとき、『なんでもやれるようになることで仕事が増えていきましたし、一つのことを突き詰めるより、常に違う島に行きたい』(『月刊スカパー!』7月号)と答えた。多様な女性の気持ちにピタリと添える才能のある役がハマるのは、中村倫也の俳優としての歴史が自然と作り出したもので、だからこそ真実味を帯びる。こうなったら、むしろ、期待していたのと違う〜というがっかり中村倫也を見てみたい。が、そんな日は、きっと来ないだろう。
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