ホンダが近く発売する軽自動車「N-WGN」(エヌ・ワゴン)は、先進安全運転支援システム「Honda SENSING」(ホンダセンシング)を搭載している。複数のホンダ車が同システムを積んでいるが、N-WGNは最新バージョンを標準装備する。ホンダが軽自動車にまで行き渡らせようとしている安全技術とは、どういうものなのか。

  • ホンダの「Nシリーズ」

    ホンダは先頃、栃木県にて「安全取材会」を開催。ホンダセンシングのデモンストレーションやクルマ同士の衝突実験などを見てきた

新型「N-WGN」の安全性能をチェック

政府の交通対策本部が中心となり、経済産業省、国土交通省、金融庁、警察庁らが2017年にとりまとめた「安全運転サポート車」(通称:サポカー)の施策により、軽自動車への先進安全機能の搭載が進んでいる。ここ最近、高齢者による交通事故に注目が集まっているが、こういった事故を未然に防ぐためにも重要な施策といえる。

高齢者による交通事故は、その多くが操作のし損ないよるものだ。前面衝突や追突、または歩行者を巻き込む事例が顕著だが、その原因は、ペダル踏み替え時の踏み損ないや踏み間違いが多い。そうした操作のし損ないにも対応可能な運転支援機能が求められている。

安全運転サポート車には「サポカー」と「サポカーS」の区分がある。サポカーは最も基本的な運転支援機能で、衝突事故軽減ブレーキを搭載するクルマに適用される。サポカーSはそれに追加して、歩行者にも対応した衝突軽減ブレーキ、ペダル踏み間違い時の加速抑制装置、車線逸脱警報、先進ライトを装備する。サポカーSに該当する軽自動車は、各メーカーから登場している。

ホンダがホンダセンシングを初めて搭載した軽自動車は、2017年に発売した2世代目「N-BOX」(エヌ・ボックス)だ。その上で、新型の2世代目N-WGNでは、機能の一部をさらに進化させている。ここで、N-WGNの進化のポイントを押さえておきたい。

  • ホンダの新型「N-WGN」

    ホンダが8月9日に発売する新型「N-WGN」

衝突軽減ブレーキの機能を比べてみると、N-BOXは歩行者を検知可能だが、これに加えN-WGNでは、街灯のない夜間における歩行者の認識性能が向上している。また、N-WGNは自転車の横断にも対応する。

  • 自転車を検知する新型「N-WGN」

    新型「N-WGN」は前方を横断する自転車を検知し、衝突軽減ブレーキを作動させる

前を走るクルマとの車間距離を維持しながら追従して走る「アダプティブ・クルーズ・コントロール」(ACC)を見てみると、N-WGNには、渋滞中も前のクルマとの車間距離を保ちながら発進と停止を繰り返すことができる機能が加わった。

N-WGNの前照灯(ヘッドライト)は「オートハイビーム」が基本となっている。イグニッションを入れると、周囲の環境(明るさ)に応じて自動的にヘッドライトを点灯するのだが、基本はハイビームとし、対向車に対してはまぶしくないよう光の向きを調整する。道路標識の認識機能を見ると、N-WGNでは英語表記も認識可能になっている。

  • 新型「N-WGN」が搭載する「ホンダセンシング」の機能一覧

    新型「N-WGN」が搭載する「ホンダセンシング」の機能一覧

見えないところで問われる開発姿勢

N-WGNは軽自動車でありながら、最新のホンダセンシングを標準搭載する。これは、安全面における大きな前進だ。しかし、それ以外にも、N-WGNの安全性という観点では注目すべき要素がある。例えばハンドルの「テレスコピック機構」(前後方向に位置を調整できる)や、アクセルとブレーキのペダル配置修正と段差の解消など、クルマを運転する上での基本的な操作部分に改良が施されているのだ。このあたりがN-WGNの最大の注目点でもある。

  • 新型「N-WGN」の室内

    新型「N-WGN」のハンドル位置は上下と前後に調整可能だ

事故を未然に防ぐ機能とともに、ホンダが力を注いでいるのが、万一の際の衝突安全性能の向上だ。中でも同社が重視しているのが「コンパティビリティ」(compatibility)である。コンパティビリティには「融和性」という意味がある。交通事故の場面では、小さなクルマと大きなクルマが共存できる安全性を指す。

  • ホンダ「N-BOX」のホワイトボディ

    「N-BOX」のホワイトボディ。コンパティビリティを考慮した作りになっている

衝突事故の際、大きなクルマは重量が重く、より頑丈であるため、相手が小さなクルマの場合に被害を増大させやすい。そこで、クルマの大小を問わず、互いの安全を確保できる車体づくりを進めようという考え方が、コンパティビリティである。ホンダは軽自動車「Nシリーズ」において、攻撃性の高い大きなクルマと衝突した場合を想定し、衝撃を車体全体へ広く分散させることにより衝撃を吸収する構造を採り入れている。

ホンダが先日開催した「安全取材会」では、N-BOXが車両重量で1.5倍の「インサイト」と衝突する実験を見ることができた。互いに時速50キロで走行する両車が、対向車同士で衝突するという想定だ。実験では破裂するような衝撃音とともにN-BOXが弾け飛んだが、客室は保持された。N-BOXのドアは、事故後でも前後ともに開けることができた。

  • 「N-BOX」と「インサイト」の衝突実験

    「N-BOX」と「インサイト」の衝突実験

1.5倍の重量差は、衝撃速度にも違いを生み出す。この場合、N-BOXは時速60キロで衝突したのと同じ衝撃を受けるのだという。その結果、事故の際には弾け飛ぶような挙動になるそうだ。

  • 「N-BOX」の衝突実験

    1.5倍の重量を持つ「インサイト」と衝突しても、「N-BOX」の客室は保持されていた

それでは、クルマと歩行者が接触する事故の安全性はどうか。ホンダでは独自のダミー人形を開発し、歩行者保護性能について研究を進めているという。安全基準上の取り決めでは、こういった実験は「頭部を模した球体」などで代行すればよいことになっているが、それでは現実との乖離があるとして、ホンダはダミー人形で試験を行っているそうだ。

  • ホンダが独自に開発したダミー人形

    ホンダが独自に開発したダミー人形

安全性はクルマの外観を見ただけでは分からない性能であり、その成果は、万一の事故の場面でしか確認できないものでもある。その万一に備え、自動車メーカーはどこまできめ細かく、現実に即した研究開発を進めておけるのか。開発姿勢が問われるポイントだ。

その点、ホンダの愚直な開発姿勢は、ホンダセンシングの進化や独自のダミー人形を用いた実験のほか、テレスコピックの採用やペダル配置の修正など、N-WGNで見られた改善点にも垣間見ることできる。このような安全の根本を修正・改善できていない自動車メーカーは、原価優先の営利主義でクルマを作っていると思われても仕方ない。もっといえば、同じく先進安全機能を装備していたとしても、ペダルやハンドルの位置が適性でなければ、日々の運転で操作がしづらかったり、疲れやすかったりするし、そうした弊害が事故につながる可能性も大いにある。

走行性能をうんぬんする前に、まずは販売店で停車した状態のクルマに乗り込み、自分にとって正しい運転姿勢がとれるクルマであるかどうかを確認することから、クルマ選びは始まる。同じNシリーズでも、N-BOXとN-WGNには違いがあるということも、乗ってみれば感じられるのだ。その際には、N-WGNの進化した点も実感できるだろう。