JR東海が走行試験を行っているN700S確認試験車。この車両では、地震の発生などで長時間停電になった場合、車両に搭載された自走用リチウムイオンバッテリーを活用し、主変換装置を経由してモーターに電力を供給することで、架線の電力を使用せずに30km/hの速度で自走できるようになっている。トンネルの中や橋梁の上で停止した場合でも、安全な場所まで乗客を避難・誘導させることが可能となる。
そのN700S確認試験車のバッテリー自走試験が、7月8~11日にかけてJR東海の三島車両所(静岡県三島市)構内で実施されている。7月10日に報道公開が行われ、バッテリー自走試験の現在の状況などが紹介された。
■N700Sのバッテリー自走システムとは
バッテリー自走システムでは、普段の走行時に架線からの電力を使用してバッテリーを充電し、緊急時に自走する際はバッテリーに充電された電力を用い、モーターを駆動させる。このシステムは床下機器を小型化し、主変換装置にSiC(炭化ケイ素)素子を採用したことで、駆動システムを20%軽量化することができるという。高速鉄道では世界初というバッテリー自走システムとなった。
同種の設備は京王電鉄5000系や東京メトロ2000系などでも見られたが、新幹線のように駅間距離が長く、高速で走行する鉄道では、これまで存在しなかった。JR東海と東芝インフラシステムズなどの電機メーカーによって開発されたこのバッテリー自走システムは、緊急時の対応だけでなく、車両検修や整備作業にも活用される予定だ。
N700S確認試験車は昨年9月に浜松工場構内で自走試験を行っている。そのときは2両のみバッテリーを搭載し、5km/hで自走していた。今回の自走試験では、N700S確認試験車の4・8・9・13号車にバッテリーを搭載。両数を計4両に増やすとともに、走行距離も長くして試験を行うことになった。バッテリーを搭載した車両はすべて中間車で、主変換装置があり、かつ主変圧器のない車両となっている。
■自走試験を行うN700S確認試験車に乗車
報道公開にて、バッテリー自走試験を行うN700S確認試験車に試乗する機会も設けられた。N700S確認試験車は検修庫1番線から出発。パンタグラフを下ろし、車内の非常灯のみ光る中、ゆっくりと動き出した。
車内にはパンタグラフの様子を映し出すモニターが備え付けられ、5号車・12号車のパンタグラフの状態を15号車にいる報道関係者も確認できるようになっていた。この間、冷房は停止し、車内のコンセントから電子機器類の充電を行うことも禁止となる。
車両が検修庫を出た後、窓の外を見ると三島駅の新幹線ホーム先端が見えた。ちょうど「こだま」が三島駅を発車するところだった。一方、N700S確認試験車は洗車機の中を走行。床下から「ゴン、ゴン」とレールの継ぎ目の音が響く。
車内では「速度10km/hです」とのアナウンスがあり、自転車並みの速さだと窓の外を見ながら感じる。続いて「速度20km/hです」とアナウンスもあり、そこでブレーキがかかる。電留10番線に入り、いったんここで停止する。検修庫から電留線まで0.4kmだった。
ここから先は30km/hに向けて自走試験を行う。10km/h、20km/h、25km/h、30km/hと、少しずつ速度を上げていく。レール継ぎ目の音の間隔が短くなる。「速度30km/hです」のアナウンスの後、急にブレーキがかかって停車。着発2番線に着いたようだ。この間、1.4km。合計で1.8kmをバッテリーのみで自走してきたことになる。
その後、車内灯がつき、通常走行で電留10番線に戻った。空調に関しては、今回走行した距離では問題にならなかったが、実際にこのシステムが作動しなければならないとき、初めて問題に直面するのではないかとの印象を抱いた。
■N700S営業投入、既存車置換えも目的とした技術に
電留10番線で降車し、着発2番線までの往復状況を外から見る。パンタグラフが下がっても、床下機器の音がする。再度乗り込み、検修庫1番線に戻った後、今度は11号車に設置されたトイレにてデモンストレーションが行われた。
バッテリー駆動の状態でも、一部の車両はトイレを使用できるようになっており、実際に水を流すこともできた。2020年7月からを予定しているN700Sの営業投入では、2・4・7・8・9・10・13・15号車に主変換装置があり、主変圧器のない中間車にリチウムイオンバッテリーが搭載されるという。
JR東海の新幹線鉄道事業本部車両部担当部長、田中英充氏は「小型化でスペースを確保し、リチウムイオンバッテリーを搭載して異常時対応能力を強化します」と語り、「走行に必要な電力はバッテリーに確保できるようにしています」とのことだった。あわせて「既存車をN700Sに置き換えることでバッテリー搭載車を増やします」と述べ、既存車の置換え方針を明らかにしていた。東海道新幹線は大地震の想定されるエリアを走行していることもあり、「地震があっても乗客が安全に移動できるように」と、田中部長はこのシステムを開発した意義について説明していた。
「より速く」「より快適に」だけでなく、「より安全・安心に」をめざしたN700S確認試験車のバッテリー自走システム。実際に役立つ機会のないようにすることが望ましいところだが、鉄道の安全性、そして乗客にとっての安心を確保するために必要とされる技術である。