7日に放送されたNHKの大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(毎週日曜20:00~)第26回は、日本人女性初のメダリスト・人見絹枝役に大抜てきされた菅原小春のパッションが炸裂した神回となった。世界的ダンサーで振付師として活躍してきた菅原にとって、本作は女優デビュー作。この回では、彼女が魅せた鋼のような肉体を駆使した走りや、満身創痍のガチ泣き、観終わったあとの余韻と、すべてにうならされた。
女性としてはかなりガタイが良かった人見絹枝は、阿部サダヲが演じる主人公・田畑政治からも「バケモノ」扱いされていじられてきた。そんな彼女がシマ(杉咲花) に才能を見出され、二階堂トクヨ(寺島しのぶ)が校長を務める二階堂体操塾でその才能を伸ばし、遂に1928年のアムステルダムオリンピックに初出場。多大なプレッシャーの中で、女性初のオリンピックでの銀メダルを獲得した。
とにかく圧巻の存在感。まさに“女優誕生”の瞬間を目の当たりにした回だったが、菅原はどのように役と向き合ったのか? また、この回を演出した大根仁氏の称賛ぶりもお届けしたい。
――演じた人見絹枝さんに、女性として共感する部分はありましたか?
菅原:ありました。自分も常に孤独な人だと思っていて、自暴自棄になったこともありました。海外へ行く時も1人バックパッカーですし、仕事があるのはすごくありがたいことですが、海外から帰ってくると孤独に襲われ、お風呂につかりながら、わーっと泣いたりします。寂しすぎるし、疲れすぎて涙が出るんです。でも、まだ泣けるというエネルギーがちゃんと残っているということですが。
自分1人で振り付けて自分で踊るのってめちゃくちゃ大変で、それをやりすぎて、勝手に1人でストイックに追い込んでました。でも、最近は共作をするようになり、人に頼ればいいんだと気づいてからは、人見さんのように変わりました。仲間がいるとこんなにも温かいし、笑い合えるんだと。そのことを人見さんの人生を演じていく中で実感したし、みなさんと一緒に1つのドラマを作っていくことでも感じていきました。
――オリンピックで100m走などで結果を出せなかった人見さんが、なんと一度も走ったことがない800mにエントリーしたいと懇願して号泣します。あのシーンは、本当に心を揺さぶられました。
菅原:私はお芝居自体がわからないから、泣きのお芝居についても無知でした。たぶん、私は家でもああいうふうに泣いているんだと思います。だから作り込んだというものではなく、人見絹枝さんやシマさんなど、すべてのことを思ったら、ああいうふうに泣けていました。
――大根さんは、演技初挑戦の菅原さんをどんなふうに演出したのですか?
大根:僕はドラマを数多く手掛けてきて、自分でも脚本を読んだり、現場で撮っていたりすると、だいたいこのくらいの感じになるだろうという予想が、良くも悪くもついてしまうんです。それでも10年に1本くらい「これはとんでもないものができあがるかもしれない」と思うことがあります。
実は“神回”という言い方が僕自身はあまり好きじゃないのですが、確かに26回は自分の演出力を超えた神回だったかなと。自分では、これまで25年くらいドラマを作ってきた中でも、2、3本しか経験がないのですが、何か別の力で作らされているようなドラマがたまにできあがります。
走っているシーンや、最後のラジオのシーンを撮りながら、その予感はあったのですが、最終的には控え室での号泣シーンを撮っている時、これはとんでもないものができあがるなというのが確信に変わりましたし、現場スタッフもそう言っていました。
――今回、人見さんが二階堂体操塾の生徒たちと踊るダンスシーンもありました。
大根:あのダンスシーンの菅原さんは、振り付けを見て3秒くらいで覚えていましたが(笑)、そこはさすがだなと。女学生役の子たちは、1日たっぷり稽古をして、あの状態にしましたが。短いシーンになりましたが、実はフルコーラスでちゃんと撮りました。
菅原:リハーサルで、1回あのダンスをキレキレで踊ってみたいと思い、本気でやったらみんなに爆笑されてしまいました(笑)。やっぱり違うと思ったあとは、気持ちよく晴れやかに踊りましたが。
――最後に、お菓子のシベリアを食べるシーンも味わい深かったです。
大根:脚本の宮藤官九郎さんが、シベリアとシベリア鉄道を掛けて書いたのかなと思って、そこを汲み取りました(笑)。台本では最初のシーンのみしか登場しなかったのですが、僕はシベリアが大事な小道具になるような気がして、最後のシーンでも使いました。
それまでシベリアを口にしなかった人見さんが、最後に大口を開けて食べる。食べ方は僕が演出したわけではないのですが、そのシベリアを食べる顔を見てほしい。ああいうショットはなかなか撮れないですから。今回菅原さんの素敵な表情がいろいろと撮れたと思いますが、特にあのシーンは、演技を超えた何かがあると思いました。
菅原:私はただ食べておいしかっただけです(笑)。
――寺島さん演じるトクヨ先生から、最初に「幸福ですか?」と聞かれた時は、答えを濁していましたが、最後に銀メダルを獲って戻って来た時、再び「幸福ですか?」と聞かれて「はい」と答えるシーンにとても感動しました。
大根:人見さんのエピソードはストイックな物語ですが、唯一、トクヨ先生と会っているところだけは、温かく柔らかいタッチでいこうと思っていました。このシーンは演出ではカバーしきれなくて、寺島さんの力も大きかったと思いますが、菅原さんを大きく包み込むシーンになったと思います。
――杉咲花さん演じるシマさんが、人見さんに向けた手紙で、「あなたへの中傷がいつか称賛に変わるでしょう」という言葉が本当にそうなり、見事な着地点だと思いました。
菅原:シマさんという人に出会えてなかったら、絹枝さんはずっと自分の魂を生かせないでいたと思います。でも、シマさんやトクヨさん、金栗さんたちと出会えたことで、どんどん人生が開いていきました。そういう仲間たちがいて、最強の状態で持って帰れた銀メダルだったと思います。
菅原小春(すがわら・こはる)
1992年2月14日生まれ、千葉県出身のダンサー、振り付け師。10歳の頃からダンスを始め、10代でDANCE ATTACKやSHONEN CHAMPLEなどの様々なコンテストで優勝。2010年にロサンゼルスに渡り、独自のダンススタイルを生み出す。現在は日本を拠点に、国内外の様々なアーティストのバックダンサーや振り付けを行っている。2015年には「VOGUE JAPAN Women of the Year 2015」を受賞。
大根仁(おおね・ひとし)
1968年12月28日生まれ、東京都出身の映画監督、演出家。2010年、ドラマ『モテキ』で注目され、翌11年に映画『モテキ』を手掛ける。主な監督作は『バクマン。』(15)、『SCOOP!』(16)、『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(17)、『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(18)など。
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