6月上旬に開催したWWDC19で、Appleは数年来の宣言通り「Mac Pro」をリニューアルし、圧倒的な性能を実現できるシステムを提案した。加えて、およそ50万円で400万円の製品並みの画質が得られる、プロにとっては格安ともいえるディスプレイ「ProDisplay XDR」も実現した。
今回のWWDC19では、iOSがとても早足で紹介された代わりに、iOSから分かれたiPadOS、macOS、そしてMac Proの紹介にこれまで以上の時間が割かれた。Mac ProはiPadとまったく違うカテゴリの製品であると分かるが、1,000ドル以下で構成されるiPadは、1,000~1,500ドルのMacとそん色ないレベルの仕事環境を提供してくれる。
ここでAppleに聞いてみたかったのが、MacとiPadをどのように棲み分けていくのか、ということだ。
iPadをコンピュータとして売っていく
2016年3月、iPhone SEとともに登場した9.7インチiPad Proのプレゼンテーションで、Appleでワールドワイドプロダクト担当上級副社長を務めるフィル・シラー氏は、次のように語った。
「6億台ともいわれる、5年以上経過したPCのリプレイス需要を狙う」
また、2018年10月、ニューヨークで行われたイベントで新世代となるiPad Proを発表した際、ティム・クックCEOはこうも語っている。
「年間4,420万台を出荷するiPadは、世界で最も売れているポータブルコンピュータだ」
現在販売しているiPadのラインアップと画面サイズは次のようになっている。なお、掲載順は価格帯による。
- iPad(第6世代)9.7インチ(税別3万7800円~)
- iPad mini(第5世代)7.9インチ(税別4万5800円~)
- iPad Air 10.5インチ(税別5万4800円~)
- iPad Pro 11インチ(税別8万9800円~)
- iPad Pro 12.9インチ(税別11万1800円~)
教育や企業への大量導入にも向く低価格モデル、個人的なステーショナリーとしての廉価モデル、本格的なオフィスユースに対応する中堅モデル、クリエイティブプロ向けの上位モデルと、iPadはこれまでにない幅広いターゲットをカバーしたことが分かる。
これらのiPadは、すべてのデバイスでApple Pencilが利用可能となっており、iPad Air以上のモデルにはキーボード内蔵カバーのSmart Keyboardが用意される。
加えて、WWDC19では、iOSから分離したiPad向けのiPadOS 13を披露し、USBメモリやマウスへの対応、新しいマルチタスク画面、Macと同等のウェブブラウザSafariなど、コンピュータに劣っていた自由度をiPadにもたらすこととなった。
筆者は、すでに仕事の6割ほどをiPadのみでこなすようになったが、例えばデジタルカメラやSDカードなどからアプリに直接データを取り込む際や、ウェブサービスを使う際にデスクトップと同等のブラウザを使いたい場合は、Macを取り出さなければならない場面が存在していた。
iPadOSは、「Macに頼らなければならない場面」をiPadでこなせるように、やっと環境を整備したのである。これによって、iPadとMacの重なる部分が拡がり、お互いのビジネスを邪魔する存在になるのではないか、ということだ。
「人々はiPadをより長い時間使うようになる」
裏を返せば、Macが担っていたある部分の役割を、iPadが引き継ぐことを意味する。それによってAppleは、「人々はiPadをより長い時間使うようになる」と指摘する。
同時に、iPadOSはiOSの重量版にも、macOSの軽量版にもならないと付け加える。しかし、iPadOSに対しては、iPadを特別なものにするための機能を追加していくという。
iPadかMacかという論争は誰も答えを持っておらず、顧客によっても違い、Appleとしてもどちらかをプッシュしていくわけではないと説明する。その一方で、どちらを選んでも良いように、Project Catalystなどを通じたiPadとMacのアプリの統一などの環境を整備していく方針だ。
Macを持ち出さなければならない場面がiPadに置き換わることは、「より長い時間をiPadで過ごす」ことの中心的な意味だが、それだけではない。
例えば、iPadOSに新たに用意されたSidecarと呼ばれる機能は、iPadをMacのセカンドディスプレイとして活用できるだけでなく、Apple Pencilがあれば優秀な液晶タブレットとして利用できる機能だ。
Sidecarのように、Macと同時にiPadを使う場面が増えることもまた、「iPadでの時間」を伸ばすことにつながる。今回のiPadOS 13では、「iPadで実現したいことリスト」の一部を消化したに過ぎないという。
「Macの驚くような機能を使うようになる」
iPadでより長い時間を過ごすようになるとの見方を示したAppleだったが、同時にもう1つ、Macについての見方も披露した。「人々は、Macの驚くような機能を使うようになる」というのだ。
WWDC19でMac Proを登場させたことで、Mac自体の限界性能が飛躍的に向上した。Mac Proについては「プロにとって夢のワークステーション」であると語り、MPXモジュールによる拡張性の高さも今後に期待が持てる。5年以上の単位で性能が陳腐化しないプロ向けのマシンとして君臨することになる。
そうした性能の高さは、今後のMacのキャラクターになるかもしれない。というのも、1,000ドル以下をiPadが担うコンピューティング、1,000ドル以上をMacが担うコンピューティング、という分水嶺が成立し、1,000ドル以上の側にあるMacは、より自由に、あるいは若干クレイジーに、その性能を進化させていくことができるようになるからだ。
例えば、Macはすべての製品がIntelのクアッドコア以上になる、という処理性能の基準があってもいいだろう。グラフィックスには必ずAMDが用いられるようになっても分かりやすい。
プログラミング、クリエイティブといった「用途をかなえる」というキャラクターがより強くなっていくことは、現在パソコン業界でまったく方向性を出せていないMacにとっては、マーケティングの面でも良いのではないだろうか。(続く)
著者プロフィール
松村太郎
1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。