BASELWORLD 2015で突如公開され、世界の時計マニアの視線を釘付けにした、いわゆる「金無垢G-SHOCK」コンセプトモデル。それが4年の時を超え、世界限定35本とはいえ、まさか量産製品化されるとは誰が想像し得ただろうか?
ちなみに、価格は770万円(税別)。もし、2019年10月から消費税が10%になろうものなら、税込価格は847万円(!)だ。さて今回は、カシオで最高額の腕時計となった本製品「G-D5000-9JR」誕生の秘密を取材。これを読めば、あなたもきっと欲しくなるぞ!
設計担当者は、G-SHOCKの設計経験なし!
「こんな(量産という)展開になるなんて、私も思いませんでした」とは、G-SHOCKの生みの親であり、金無垢G-SHOCKの企画者でもある伊部菊雄氏の弁だ。確かに、BASELWORLD 2015会場でのインタビューでも「あくまでコンセプトモデルであり、販売予定はない」と断言していたものだ。
が、その完成度の高さから、「売って欲しい」の声が続出。開発の陣頭指揮を執った伊部氏も「プレゼンテーションの域を超え、思ったよりいい仕上がりになった」ことによって、「可能な限りお客さまのご要望にお応えしたい」と、販売を決意したという。
コンセプトモデルの設計を担当したのは、カシオの時計開発で外装を担当する西村美保氏。OCEANUS、EDIFICE、SHEENなど、カシオのメタルウオッチを数多く手がけてきた、設計チームのエースだ。
伊部氏「技術と実績は申し分なし。それに、今までとは違う視点で金無垢G-SHOCKを料理してくれるのではないかと期待がありました」
西村氏は、それまでG-SHOCKの開発経験がまったくなかったという。
西村氏「G-SHOCKの図面を古いものから最新のものまで見返して、構造を勉強しました。たとえば、金無垢モデルのガラスの固定パッキンは、最初のメタル製G-SHOCK(MR-G初期モデル)の構造を進化させた「ベゼルバンパー衝撃構造」を採用しています。断面に、逆L字型の返しでベゼルを少し浮かせて、衝撃を受けてもガラスに直接当たらないようにしているんです」
伊部氏「これは、当時の車のバンパーをヒントにしていて、衝撃を受けた瞬間、ほんのごくわずか、普通の人には絶対に視認できない程度にベゼルが引き込まれるんです。こういった古い技術でも、いいものは採用するという柔軟な発想がまたよかった」
西村氏「G-SHOCKはとにかく初めてだったので、周囲に聞いて回りやすかったんです。これ何の部品ですか、それは○○だよ、そんなの常識だよ、そうなんですか、すいません……みたいな感じで(笑)」
念のために書き添えておくが、これはコンセプトモデル開発時の話だ。この時点では販売予定もなく、素材が素材だけに耐衝撃実験の予定もなかった。
そりゃそうだ。売らない物のために、18K金無垢の評価試験機を作る酔狂な企業などあるはずがない。つまり、成果を検証・証明できない構造を、西村氏は一生懸命考えていたのである。
メタルウオッチ設計の経験と、女性ならではの美意識が融合
伊部氏「社内でも、コンセプトモデルなんだから(中も見えないし)特に新しい構造を入れなくてもいいのでは? という声が聞こえました。
でも、それではG-SHOCKのコンセプトモデルを作る意味がなくなってしまう。たとえ実験はしなくとも、素材が金無垢でも壊れない(はずの)時計に仕上げる。それは開発スタッフ全員が意識共有していました」
そのために西村氏が生み出した、もうひとつのコアテクノロジーが「SHELL衝撃構造」だ。SHELLとは「貝殻」。モジュールをケースとケースバック(内部ケース)で挟み込み、さらにこれをベゼルで包み込むのだ。
西村氏「モチーフであるDW-5000は、樹脂の内部ケースと樹脂の外部ケース、この組み合わせでできています。この場合、素材の弾性が衝撃を吸収してくれるのですが、どちらも18Kの金無垢では何のクッション効果もありません。しかも金属として柔らかいので、ケース同士がぶつかれば、簡単に壊れてしまいます。内部ケースと外部ケースの間に、何らかの緩衝材が必要だと思いました。
そこで、緩衝効果のあるプラスチックを入れました。このプラスチックが衝撃を3方向(上・下・横)に逃がして、ケースとケースの間の隙間をキープする設計になっています。
このプラスチックの緩衝材は硬いものです。ゲルみたいに柔らかいと変形しすぎて、どこかでケース同士がぶつかってしまうんです。とはいえ、その効果が期待通りかどうか、当時は(実験していないので)わかりませんでしたが……」
もともと、金属ケースの時計ばかりを設計していた西村氏。だが、ケースを二重にしたうえ、その間に緩衝材を入れるなど初めての経験だったという。「むしろ、金属同士はガッチリ固定されていたほうがよいくらいに思っていました」(西村氏)。なお、SHELL衝撃構造の利点は、実は耐衝撃性能以外にもあるという。
西村氏「まず、内部と外部のケースを別体化することで、パーツの形状をシンプルにできること。切削や研磨がしやすくなり、外観の美しさにつながること。それと、重さも少しだけ軽くできます」
伊部氏「彼女は簡単に言っていますが、DW-5000は成形が容易な樹脂だから、この構造が可能だった。これが金属になると、ケースひとつ作るのにとんでもなく苦労します。普通だったら考えない。日ごろ、OCEANUSやSHEENで『仕上げの美しさ』を気にかけて設計をしている、彼女の視点が上手く働いたといえますね」
18Kは、同体積のSS(ステンレス・スチール)に比べて、約1.5倍の重量がある。そこで、これら新構造のほかにも、ラグとバンドの接続部やバンドの各コマの接続を強化するなど、全身にわたって細かく目が配られた。もちろん、「メタルウオッチならではの美しさ」へのこだわりも含めて。
西村氏「たとえば、バンドのコマに凹穴があるでしょう。ここ、実はひとつひとつ開孔して、18Kのビス(!)を上から差し込んで、下から専用の治具で回し下げて締めているんです。だから上面にネジ頭がなく、形状もシャープで綺麗。なんですが、製造するのがもうめちゃくちゃ大変で……」
伊部氏「製造部門からも、これはお手上げだと言われました。そこで、日本有数の『金の匠』といわれる方に、直接お願いに行った。時計ケースの匠の方、そしてバンドの匠の方。それぞれに、商品化も販売もしない、1個だけのコンセプトモデルなのでやっていただけないでしょうか、とお願いしました。結果やっと『それならやりましょう』と言ってもらえたんです」
西村氏「設計したときは、コンセプトモデルだからとにかく綺麗に作ろうと思って、かなり凝ったんです。が、後にこれが仇になってしまいまして……。それは『GMW-B5000』の商品化。この話を聞いたときには、胃が痛くなりましたね。あぁ、なんでこんな面倒な設計をしちゃったんだろうと、すごく後悔しました」
(後編へ続く)