NHKの大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(毎週日曜20:00~)で、日本人女性初のメダリストとなった人見絹枝役の菅原小春が実に熱い。本職が世界的ダンサーで振付師の菅原は、本作で演技に初挑戦したが、これぞまさしくキャスティングの妙で、7日放送の第26回は彼女の見せ場となる胸アツな回となりそうだ。

  • 菅原小春

    人見絹枝役の菅原小春

第25回から、阿部サダヲが日本水泳の礎を築いた田畑政治を演じる第2部がスタート。第26回では、女子の陸上が初めて正式種目に採用された1928年のアムステルダムオリンピックが描かれ、人見絹枝がかなりフィーチャーされる回となる。絹枝は多大なプレッシャーのなかで100m走などの種目にチャレンジしていくが、世界の壁は厚かった。そこで絹枝は一か八かの勝負に出る。

この回で出色の輝きを見せる菅原。テクニックではなくハートで勝負するという新進女優ならではのガッツだけではなく、ダンスで培われた肉体での表現力で、彼女は人見絹枝の人生を体現した。菅原と第26回を演出した大根監督を直撃し、撮影秘話を伺った。

――人見絹枝役で演技初挑戦となった菅原さんは、どのような準備をされて臨みましたか?

菅原:誰かが調べて書き上げたものを自分の情報にしたくなかったので、実際に人見さんが走っている姿や三段跳び、幅跳び、走り幅跳びなどをされている映像からインスピレーションを受けて演じました。

撮影後に、人見さんの親族に会いに岡山へ行きました。人見さんが獲ってきたメダルや、当時使っていたバッグ、人見さんが撮った写真を貼った日記などを見せていただき、親族の方とお話をさせていただきました。

――写真を貼った日記というのは、いつのものですか?

菅原:人見さんがアムステルダムでのオリンピックに行った時のものや、遠征でのチーム写真などです。文章にもギャグが混じっていたりして、人見さんはとってもフェミニンでチャーミングな人だなと思いました。

――そういった資料や親族の方のお話も含め、どんな印象を持ちましたか?

菅原:すさまじい人だと思いました。ただ、走りが速かっただけじゃないと思いました。あの時代に生きた人見さんは、日本を背負い、魂と自分の体を張って、海外へ行きました。私もそれを次の世代の子たちに伝えるために、魂を燃やしてやらせていただこうと思いました。

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――絹枝さんは相当のプレッシャーを抱えていたと思いますが、共感する部分はありましたか?

菅原:すごくありました。私も身なりは振り切っているけど、心はすごく女です。裁縫や料理が好きだし、本当はみなさんと温かくふれあいたい人なんです。でも、見た目でそう思われない。

バックダンサーをやっていると、目立ちすぎちゃうので「少し下がって踊って」とか「ちょっとエナジーを抑えて」と言われたりすることがよくありました。骨格や体型が人と違うことがすごくコンプレックスだった時期ですが、海外へ飛び出した時、あれ? 自分は普通だったと気づけたんです。逆にコンプレックスを自分の強みに変え、努力をしてそこを磨いていかなければと思ったので、そこは人見さんと通じるところがありました。

――絹枝をサポートする、二階堂体操塾の校長・二階堂トクヨ役の寺島しのぶさんとの共演シーンも印象的です。大根さんは、お二人を演出してみていかがでしたか?

大根:撮影前に、僕から寺島さんに「彼女は演技が初めてなので、よろしくお願いします」と言ったら、寺島さんが菅原さんのファンだったそうで「楽しみにしています」とおっしゃいました。そして現場で初めて菅原さんのお芝居を見て、寺島さんにも火がついたと思います。

僕自身も撮っていて、普通の芝居じゃない、というと偏見があるけど、菅原さんは見たことがないタイプの芝居をされると感じたので。寺島さんも、あの芝居をプロとしてテクニックで受けるにはちょっと難しいと判断されたんじゃないですかね。優しいシーンですが、2人の魂がぶつかり合っていると思います。

菅原:私は演技することが本当に初めてで、どういう風にドラマが出来上がっていくのか全く無知な状態で現場に入ったので、寺島さんに限らずプロの俳優さんたちを見て、いろいろと勉強させてもらっています。本番でカメラが回ると、みなさんはこういう出し方をするんだ! と思い、すごくインスピレーションを感じました。

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――ちなみに、人見絹枝さんは毎日新聞のジャーナリストでもあったそうですが、菅原さんは文章を書いたり読んだりするのはお好きですか?

菅原:実は私、本を読まないんです(苦笑)。父親から「文字を読むな。文字は自分の行動で生み出していけ」と教わったくらいですから。例えば学校の朝の読書でも、私だけ毎回本が替わらなかったです。本は読まず、ずっと頭の中でクリエイティブなことを考えていました。だから、文字の面白さは、最近少しずつ気づくようになってきた感じです。

やっぱり言葉のコミュニケーションはすごく難しいと思っています。私は小さい頃からダンスをやってきて、ダンスで人と通じ合う、会話をするということが一番気持ちのいい状態で生きてきたので。それを言葉にしてしまうと、こんなにも人から傷つけられるし、逆に人を傷つけてしまうし、勘違いさせてしまうんだなと思ったりもします。

――演技をやってみて、面白かったですか?

菅原:面白かったです。なぜならダンスは大好きすぎて、常に面白くないので。大好きすぎて大嫌いというか、辛いんです。でも、お芝居は自分の畑じゃないので、その分、面白がれる余裕があります。悪く聞こえるかもしれませんが、抜きがある分、リラックスしてやれます。

でも、実は今回、私はダンスのような感覚で演技をしていたと思う点もありました。私はダンスで本番がすごく下手くそな人なんですが、お芝居もそうで。大根さんに「リハがいいんだけど、本番もそれでいてほしいから、ちょっとリハは抑えてくれ」と言われました。

大根:唯一、僕が今回演出をしたのはそこくらいですね。テストでいきなりすごい演技が出てきたので「ちょっと待って。それは本番に取っておこう」と言いました。

――今後、また女優の仕事のオファーが来たらどうしますか?

菅原:女優が本業の方は、すばらしいプロフェッショナルな方だと思っています。だから、私がやれるとしたら、こういうふうに自分が共鳴できる人見さんみたいな役に出会えた時なのかなと。そしたら、また私の体と心を通してチャレンジしたいです。

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――大根さんは、この回を演出してみて、いかがでしたか?

大根:菅原さんに関しては、本当に自分でも撮ったことのない、見たこともない芝居ばっかりだったので驚きました。また、『いだてん』は僕が脚本を書いているわけじゃないので、自分がキャラクターに感情移入することはあまりないだろうと思っていたのですが、編集していて、あることに気づいたんです。

人見さんは今まで女子のオリンピック選手がいなかった中で、初めて出場し「あとに続く人たちのためにも、ここで何かを残さないと帰れない」と頑張ったと思うんです。僕も外部から大河ドラマの演出に初めて呼ばれていますが、その経験と重ねることができました。最初は全然そんなことを思っていなかったのですが、これは自分の話かもしれないなと思った時により一層、気持ちが入りました。

――菅原さんは、初めて演技をされてみて、ダンスと何か共通する部分は見い出せましたか?

菅原:私はダンスでもすごくテクニックがあるほうだと思ってなくて、どちらかというと魂先行でやるタイプです。人見さんも、当時はトレーナーなんていない中、走り方、投げ方、飛び方などを、みんなで試行錯誤して作り上げていったんだなと。そういう意味では、スキルでもテクニックでもなく、全部を取っ払い、心臓だけ、魂だけみたいな状態になって、わーっと行くという点では、ダンスと同じだなと感じながらできました。

■プロフィール
菅原小春(すがわら・こはる)
1992年2月14日生まれ、千葉県出身のダンサー、振り付け師。10歳の頃からダンスを始め、10代でDANCE ATTACKやSHONEN CHAMPLEなどの様々なコンテストで優勝。2010年にロサンゼルスに渡り、独自のダンススタイルを生み出す。現在は日本を拠点に、国内外の様々なアーティストのバックダンサーや振り付けを行っている。2015年には「VOGUE JAPAN Women of the Year 2015」を受賞。

大根仁(おおね・ひとし)
1968年12月28日生まれ、東京都出身の映画監督、演出家。2010年、ドラマ『モテキ』で注目され、翌11年に映画『モテキ』を手掛ける。主な監督作は『バクマン。』(15)、『SCOOP!』(16)、『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(17)、『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(18)など。

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