ポルシェの「カイエンクーペ」というクルマにオーストリアはグラーツで試乗した。人気SUV「カイエン」をベースにしたクーペモデルだ。自動車業界ではSUV人気が急上昇中だが、なぜ今、ポルシェはカイエンの派生モデルをあえて世に問うのか。
狙うは3匹目のドジョウ?
ポルシェは2019年3月にドイツでカイエンクーペを発表し、5月末にオーストリアのグラーツで国際試乗会を開催した。グラーツはオーストリア第2の都市で、マグナシュタイヤーが「BMW Z4」を生産していることでも知られる。ちなみに、カイエンの生産工場はスロバキアの首都ブラチスラバにある。そこのフォルクスワーゲンの工場で組み立てているそうだ。
では、なぜ今、SUVクーペなのか。
その質問を直接、ポルシェの開発担当者に投げてみると、「マーケットがあるから」という何ともあっさりとした答えが返ってきた。BMW「X6」、メルセデス・ベンツ「GLEクーペ」が好調に推移している販売状況を鑑み、そこに球を投げたのだという。しかも、マーケティング的算段で、十分に黒字は出ると踏んでいる。
とはいえ、はたから見ればカイエンクーペは“後出しジャンケン”だ。「3匹目のドジョウはいるのか?」と思わずにはいられない。それに二番煎じ、いやいや三番煎じとなれば、社内的に、発売に反対するボードメンバーがいても不思議ではない。しかし現実は違って、採算ベースに乗せられると判断したポルシェはすぐに行動を起こし、カイエンクーペの製品化に踏み切った。
「それじゃ、単純に売れるから作ったのか!」と突っ込みたくもなる。しかし、それに対する答えは腑に落ちるものだった。カイエンクーペのベースとなっているのは、カイエンの3世代目。その出来の良さが、クーペモデルの開発を後押ししたことは間違いない。
考えてみればそうだ。3代目カイエンのプラットフォームは「MLB evo」。つまり、ランボルギーニのSUV「ウルス」と同じものなのである。であれば、高いパフォーマンスを発揮する素性は持っている。剛性は高く、足回りのセッティングも自動度が高いのは想像がつく。
さらにいえば、ウルスと「カイエンクーペターボ」のパワーソースは基本的に同じ。4リッターV8ツインターボがボンネット下に収まる。ただ、ウルスが最高出力650psであるのに対し、カイエンクーペ ターボは550ps。つまり、もっと高出力のエンジンを積んでも問題ないということになる。となると、カイエンクーペターボには「ターボS」はもちろんのこと、「GTシリーズ」が追加となってもおかしくない。ウルスばりのパワーを発揮するカイエンクーペが登場する日も時間の問題だ。
ちなみに、「マカンクーペはないの?」という質問に関しては、「マカン」はすでにクーペライクなシルエットをしているので、それを用意する必要はないという回答だった。確かに、今度のカイエンクーペは、マカンのようなフォルムにも見える。遠くから見て縮尺が分からなければ、カイエンクーペをマカンと取りちがえることもありそうだ。その意味では、カイエンとマカンは同じSUVでも、開発の時期が異なることで、コンセプトには大きな違いがあるといえよう。
よりスポーティーな「カイエン」は受けるか
ところで、これまでのカイエンと今回の新型カイエンクーペの共通パーツは、ボンネット、フロントフェンダー、フロントヘッドライト、リアコンビネーションランプくらいだそうだ。通常、この手の派生モデルは、センターピラーより前は共通で、それを境として後部に手を入れるものだが、今回のカイエンクーペでは、もっと多くの部分に新たな設計を取り入れている。そういう意味では、お金のかかっているクルマであることは間違いない。
カイエンクーペには、スタンダードボディのカイエンよりもスポーティーな味付けが施されている。こういったスタイリングのクルマを欲しがる層は、クルマにスポーティーさを求めるものなのだ。それを踏まえて、ポルシェはカイエンクーペのリアのトレッド(左右のタイヤの幅)をカイエンよりも88mm広げたほか、全高を低くし、重心高を下げている。さらにいえば、リアの剛性を高める補強も行なった。そのため、従来のカイエンよりも、車両重量は20キロ重くなっている。
その重量増を補うのが、カーボンルーフ仕様の設定による軽量化だ。カイエンクーペはパノラマルーフでリアの閉鎖感を払拭しているが、走りにこだわりたい人には別の考えがある。カイエンクーペでカーボンルーフ仕様を選べば、これまでのカイエンと同じ車両重量になるそうだ。
こうして出来上がったカイエンクーペの走りは、ハイパフォーマンスなグレード「カイエンターボクーペ」はいうに及ばず、同「カイエンSクーペ」ならびに「カイエンクーペ」も全て、好感触だった。最高出力はそれぞれ550ps、440ps、340psと異なるため、各グレードでキャラは違う。だが、おおむねスポーティーさは満喫できる。期待を裏切らない走りだ。
ところで、こうしたSUVクーペ増加の流れについて、レクサスのボードメンバーに会う機会があったので、尋ねてみた。すると、レクサスでは、「RX」をはじめとするSUVラインアップですでにクーペライクなスタイリングを取り入れているので、ことさらに「クーペモデル」を用意する必要を感じていないという答えだった。
確かに、レクサスのSUVは「RX」「NX」「UX」の全てがそんな感じだ。日本には輸入していない「GX」やフルサイズの「LX」はクーペライクではないが、そこはあえて流した。というのも、それより興味深い話が始まったからだ。
その時に始まった話というのは、これからはよりクロスカントリーっぽいもの、つまり、オフロード色の強いSUVが流行するのではないか、というもの。本格的な性能というよりも、そういったスタイリングが求められるようになるのではないか。レクサスの某氏はそう考えているという。
きっと、彼の頭の中に浮かんでいたのは、トヨタ自動車が発売した新型「RAV4」だろう。このクルマ、想定以上に売れている。そういえば、先日マイナーチェンジしたフィアット「500X」も、フロントアンダーガードを標準装備するクロスオーバーというグレードをメインに据えていた。
以上、新型カイエンクーペの登場を機に、多様化するSUVの現状と今後を考えてみた。大型SUVのクーペ化、コンパクトSUVのクロスカントリー化は、今後のトレンドになるかもしれない。そういえば、そろそろアウディ「Q8」なんてのも発売される。SUVが自動車市場の主流となりつつある今、その進化と多様化から目が離せない。