Appleは、6月3日から開催したWWDC19で、Macの最高峰となるマシン「Mac Pro」を発表した。2013年以来、実に7年ぶりのモデルチェンジとなるプロ向けデスクトップは、こちらも久しぶりとなるAppleブランドのディスプレイ「ProDisplay XDR」とともに秋に登場する予定だと明かされた。
これらの新製品には、ラティスパターンという独特の格子が用いられている。Mac Proが目指した十分な性能の実現と、ProDisplay XDRが目指した最高の画質は、いずれも『熱のマネジメント』の賜であった。
今回のMac Proでは、最大で28コアのIntel Xeonプロセッサと、最大で4GPUを搭載できるグラフィックス、そしてビデオ編集時の性能向上を実現するAfterburnerなど、タワー型のきょう体と、綿密に設計された放熱システムによるモジュール型の拡張性を実現した。
あらゆる点でこれまでのMacを上回る存在となっているが、以前の円筒形Mac Proでうたっていた『米国製』という特徴については言及がなかった。2019年1月、NewYork Timesは、2013年モデルのMac Proの出荷遅れの原因が「米国でネジが作れなかったこと」だったと報じた。新しいMac Proでは、出荷体制もそれまでのAppleの基準に戻せることになるだろう。
苦労したのは『不可能を可能にするデザイン』
WWDC19の会場に併設した「ProStudio」では、Mac ProやProDisplay XDRの実機が展示されたほか、これらを用いた写真、音楽、映画のスタジオでの活用デモが行われた。Mac Proのフレームを認識させて内部構造を紹介するAR展示もあり、たいへん興味深かった。
展示の様子は以下のビデオにまとめたのでご参照いただきたい。
WWDC19で展示されたMac ProとProDisplay XDR
Mac Proは、前作から大きく形を変えた。基本的なデザインは、多くのコンピュータで用いられているタワー型であり、PowerMac G5のころに戻ったような印象すらある。しかし、そのデザインとモジュールシステムの設計に苦労したのだという。
設計に際して、3つの目標が掲げられた。最も高いパフォーマンス、最も高い拡張性、最も幅広いプロのニーズに応えることだ。
Mac Proの基本設計は、ステンレスのフレームから始まっているという。これはデザインチームのアイディアで、通常は片方の側面しか外れないカバーを4つの側面とも外れるようにし、360度の本体アクセスを確保することに成功している。
そのうえで、本体前面には3つの大きなファンを配置し、効率的に空気を取り込んで背面に放出する排熱システムを備える。これによって、iMac Proと同じ程度の静かさながら、グラフィックスカードなどの各モジュールに個別のファンを備えなくても、十分に熱を外に吐き出すことができるようになった。
この排熱システムによって、最大300Wを消費するプロセッサも、熱によるパフォーマンス制限を受けない。また、強力なグラフィックスチップを最大で4つ備えても、熱処理のためのスペースを気にしながら拡張する必要はないという。
こうした熱を中心とした基本設計によって、より自由度が高く、拡張性が拡がるプロ向けワークステーションを作り上げることができた。
モジュール型の拡張システムには「MPXモジュール」と名付けられた。現状Apple以外から登場する見込みはないが、さまざまなクリエイターの可能性を拡げていくオプションを作っていくという。
ディスプレイでも熱のマネジメントが高画質をもたらす
Appleは、長らくプロ向けのディスプレイをリリースしてきたが、近年はLGブランドの4K、5Kディスプレイを販売していた。この秋に復活するApple久々の独自ブランドのディスプレイは、32インチで6K解像度を備えるハイエンドモデルだ。
ProDisplay XDRの「XDR」は、HDR(High Dinamic Range)よりもさらにダイナミックレンジが広いという意味で付けられた。コントラスト比は100万:1で、黒=消灯で再現される有機ELディスプレイと同等の性能を誇る。
液晶ディスプレイながら高いコントラスト比を実現している背景には、ローカルディミングというLEDバックライトのテクニックが用いられているからだ。最近の薄型テレビでも同様だが、画面全体をエリア分けし、部分ごとにLED輝度を変えることで黒をより黒くし、引き締まった絵が得られるようになる。
一方、コントラスト比が高い表示を行うためには、最大輝度を高める必要がある。それだけ明るくすれば、LEDバックライトも膨大な熱を発する。そこで、ProDisplay XDRでも熱対策を施すこととなった。
背面には、Mac Proに採用されたものと同じ『ラティスパターン』を設け、効率的な吸排気を可能にするとともにケース自体の表面積を増やし、放熱性を高めている。薄いディスプレイの中に優れたサーマルシステムを盛り込んでおり、LEDバックライトを思い切り明るくできる裏付けとなっているのだ。
画質を考慮すると唯一無二の“格安”ディスプレイ
Pro Studio内のデモでは、本体4,999ドル+スタンド999ドルのApple ProDisplay XDRと並べて、2,000ドル前後で売られているDellの27インチ4K HDRディスプレイ、6,000ドル前後で売られているEIZO ColorEdge 4K HDRディスプレイ、そして4万ドルを超えるソニーのリファレンスディスプレイで同じ映像を再生していた。
愕然としたのは、ProDisplay XDRとソニーのリファレンスディスプレイは、どんな場面でもほとんど同じ映像を映し出していたこと。それ以外の2機種は、色再現が崩れたり、満月が浮かぶ真っ暗な空が白茶けていたりと、数々の破綻が見られたのだ。
同じ6,000ドルを払うなら、4万ドルの製品と同等の画質が得られるProDisplay XDRを選ばない手はない。その画質を目の当たりにすると、たとえ2,000ドルと手ごろであっても安いディスプレイの画質では満足できなくなる。
もちろん、6,000ドルはそう簡単に出せる金額ではないが、プロでない人にとっては正直なところ、「目に毒」としか言えないほどの圧倒的な画質と価格のバランスを実現していることは確かだ。
今回のWWDCでは最高峰のMacが登場したが、今後AppleはMacをどのような方向に舵取りしていくことになるのだろうか。
(次回の記事に続く)
著者プロフィール
松村太郎
1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。