マイクロソフトのMixed Realityデバイス「HoloLens」は、米シアトルのマイクロソフト本社、92号棟の地下1階で開発された。
92号棟は、マイクロソフト社員以外でも多くの人が訪れることができる場所。マイクロソフトのロゴや製品名が入ったおみやげを売っているカンパニーストアや、マイクロソフトの歴史や最新製品に触れられるビジターセンターなどがある。いわば、マイクロソフト本社で最も多くの人が訪れる公開場所であり、そのなかで極秘の新製品が開発されていたことに驚く。
HoloLensは、すでに別のビルに移動しており、92号棟の地下1階エリアは現在、デモルームや会議室などがあるエリアになっている。今回この場所で、最新のHoloLens 2を体験するとともに、米マイクロソフト Mixed Reality担当コミュケーションディレクターのグレッグ・サリバン(Greg Sullivan)氏に、HoloLens 2の取り組みなどについて聞いた。
「HoloLensは、これまでにない新たなイントラクションを提供するデバイスである」と、サリバン氏は切り出す。
「コンピュータは、キーボードやマウスを使って操作をし、スマホやタブレットはタッチで操作できるようになった。そして、AIスピーカーは音声で操作。だが、HoloLensは、目の前にあるものを、押したりつかんだりしながら操作できる新たなインタフェースを実現したものになる。
PCではキーボードとマウスを使うが、コンテンツを直接触らず、別の場所で操作している。我々は、距離がある場所で操作することに慣れてしまっている。だが本来は、直接触ったり、もっと直感的に利用できることが望ましい。それを実現したのがHoloLens。これまでないインタラクションを実現できる」(サリバン氏)。
これを、米マイクロソフトのテクニカルフェローであるアレックス・キップマン氏は、「トカゲの脳(爬虫類脳)でも可能なインタラクション」と表現して見せる。
サリバン氏は、「物理的な空間と、仮想空間をひとつの環境として利用できるMRは、コンピューティングの未来のすべてであると考えている。例えば料理をしながら、料理のレシピをHoloLensの画面上に表示させれば、間違うことなく調理できる」とする。一方で、「私の場合は、料理をしながら、いつでも野球中継を見られることがうれしい。家のなかのどの場所に行っても、野球中継を見ることができる憧れの世界が実現する」と、ジョークを飛ばす。
HoloLens 2は、初代HoloLensユーザーから寄せられた「装着を楽にしたい」、「より没入した環境で利用したい」、「最も素早く操作したい」、「短期間で利用できるようにしたい」、「エコシステムとして参加したい」といった声に対応し、進化を遂げたものだという。そして、ブラウザを通じて、どこにいても、野球の中継を見たいという世界も実現している。
HoloLens 2には、3つのキーイノベーションがある
IMMERSION
1つめは「IMMERSION」である。初代HoloLensに比べて、2倍の視野角を実現し、没入感を高めた。さらに、手で直接フォログラムを操作できる操作性を実現している。
「このMEMSレーザーディスプレイを見つけたときには、すばらしい進化が遂げられると感じた。ディスプレイを大きくするとミラーのアングルも広げることができる。これを使ってみようと考えた」とする。とくに縦方向の視野角を拡大できているという。
また、20カ所以上の関節を認識するため、両手での操作が可能になったり、10本の指で操作ができるようになっているのも特徴だ。体験したデモでは、手の甲を上にしているとハミングバードが遠くで羽ばたいているだけだが、手のひらを上にすると、手の上にやってきた。この操作からも、関節をしっかりと認識していることがわかる。
これにより、初代HoloLensの代表的な操作方法であった、スタートメニューを開くときの「ブルーム」や、メニューの選択などに利用する「エアタップ」といった操作がなくなり、より直感的な操作ができるようになった。スタートメニューを開くときは、上を向けた手首部分を指先でタップすればよく、選択操作はメニューのダイヤログをそのまま押せばいい。
そして、Windows Helloによる光彩認証と、アイトラッキングによる視線による簡便な操作も大きな特徴だ。「アイトラッキングによって、インタラクションが大きく変わると思った。まるで、デバイスが、利用者の気持ちを読んでいるかのように操作できる」とする。アイトラッキングは、視線を移動させるだけで、何らかの操作が可能になる技術だ。
デモストレーションでは、宝石のようなアニメが画面上に表示され、それを視線で追っていくと、視線を向けたアニメが拡大され、回転を始める。別のデモストレーションでは、文章を上から下まで読んでいくと、視線が一番下まで来たことを認識して、自動的に文章がスクロールして、先を読み進められる。戻りたい場合も視線を一番上に動かせば、逆スクロールを始める。ページめくりなどの操作は一切必要がない。何も操作せず、視線の移動だけで「何かを動かせる」使い方は、Mixed Reality活用の世界を広げるのは明らかだ。
ERGONOMICS
2つめは「ERGONOMICS」だ。3倍の快適性を達成するとともに、最適な重量バランスの実現で装着性を向上。カーボン素材の採用で軽量化も図った。「前方にはセンサー、ディスプレイ、カメラなどを配備。後方には、バッテリー、CPU、メモリーなどを配置して全体のバランスを取っている」という。
また、フリップアップバイザー機構によって、バイザーを上部に持ち上げられるようになった。本体を装着したままでも、裸眼で実際の環境を確認したり、ほかの人と相手を直接見ながら対話しやすくなっている。
TIME TO VALUE
そして3つめが「TIME TO VALUE」だ。ここでは、Dynamics 365で提供されるMR向けの各種ソリューションや、サードパーティーが提供するアプリケーション、インダストリーソリューションなどが利用できることなどを指す。
TIME TO VALUEという表現からもわかるように、米マイクロソフトはHoloLens 2をコンシューマ向けの製品とは位置づけず、企業の価値を創造するツールであることを明確にしている。Dynamics 365で提供されるMR向け各種ソリューションは、まさに企業の「TIME TO VALUE」を実現するツールになる。
例えば、Dynamics 365 Remote Assistは、HoloLensを利用しながら、さまざまな場所と連携して行う作業に効果を発揮。フィールドサービスの人たちが、鮮明なホログラフを見ながら、故障箇所の修理方法がわかる。専門家が、現場にする作業員に適切な操作を指示することも可能だ。
米マイクロソフトのサリバン氏は、「地球の果てにいる人とも、肩を寄せ合うようにして作業できる」と話す。また、Microsoft Dynamics 365 Guidesは、HoloLensを使って、インタラクティブなコンテンツを作成したり、写真やビデオを添付したりが可能。社員の学習用コンテンツとしても使えて、熟練工による技術の伝承といった活用にも期待が集まる。
さらに、実際の空間に、ホログラフによる3Dモデルを表示して、自由に拡大縮小、回転できるDynamics 365 Layoutや、デジタルで描かれた物体を、あたかもそこに物理的に存在しているかのように表示するDynamics 365 Product Visualizeも提供している。
Azure Spatial Anchorsでは、HoloLensで見ているホログラフィと同じものを、Androidタブレットをかざすだけで見られるようにした。ほか、高品質の3Dコンテンツをレンダリングし、リアルタイムでデバイスにストリーミングするAzure Remote Rendering、IoT空間における高度なインテリジェンスソリューションを構築するサービスであるAzure Digital Twinsも、エンタープライズ分野でのMR利用を促進するとしている。
このように、Dynamics 365やAzureの新たなサービスを通じて、HoloLensを、エンタープライズ分野に導入するための環境が整ってきたというわけだ。すでに、オートモーティブ、宇宙、製造、エネルギー、ヘルスケア、公共分野などで、MRの導入が進んでおり、デザインやプロトタイピング、トレーニング、セールス支援、フィールドサービス、コラボレーションなどの用途で活用されはじめている。