WWDC19でmacOSの次期バージョン「Catalina(カタリナ)」が発表されました。iPadをサブディスプレイとして利用可能にする「Sidecar」、音声認識技術を生かし声だけでMacの操作をできるようにした「Voice Control」など目新しい機能が数あるなかで、定番アプリのひとつ「iTunes」が姿を消すことが明らかになりました。

姿を消すといっても、iTunesの機能を3つのアプリに分割したというのが正確なところです。iTunesという多機能なアプリはなくなるものの、その音楽再生機能をそっくり引き継ぐ「Music」、同様に動画再生機能を備える「Apple TV」、音楽や動画の自動配信サービスを楽しめる「Podcasts」が、Macのマルチメディア/エンターテインメント機能を支えます。

MusicとApple TV、Podcastsの詳細がわかるのは、Catalinaがリリースされる今年の秋以降となりますが(開発者向けベータ版が配布開始されますがNDA契約のため情報は非公開)、これまでiTunesというアプリがMacにおいてどのような機能を果たしてきたのか、見つめ直すいい機会かもしれません。そこで、iTunesを主要機能ごとに因数分解し、それぞれどう変わるのか、変わらないのかを考えてみたいと思います。

  • macOS Catalinaでは、iTunesが機能別に「Music」と「Apple TV」、「Podcasts」の3つに分かれます

対応フォーマットは変わらない、むしろ増える?

Catalinaからは3つのアプリに分かれますが、大勢に影響はないと考えられるのが再生機能です。音声・動画など各種メディアの再生や編集などの機能を一手に担う「AVFoundation」、およびオーディオ関連機能を支える「Core Audio」というフレームワークの仕様は大きく変わらず、再生をサポートするフォーマットが削減されることもありませんから、これまでに蓄積したコンテンツが再生できなくなることはないでしょう。

むしろ、対応フォーマットは増加します。たとえば、動画再生の「Apple TV」は、オブジェクトオーディオフォーマットの「Dolby ATMOS」に対応することが明らかにされています。従来、Apple製品ではtvOS 12以降が動作するApple TV 4Kのみサポートしていましたが、CatalinaからはMacで再生した動画もDolby ATMOSで出力できるようになります。

ただし、コンテンツの保存場所などを記録したデータベースファイル(iTunes Library.xml/iTunes Library.itl)は変更される可能性大です。Catalinaが正式リリースされるまでは推測に過ぎませんが、3つのアプリが1つのデータベースファイルを共有するとは考えにくく、それぞれ独自のものを用意する(おそらく初回起動時にファイルを検索して作り直す)ことになるのではないでしょうか。Mojave以前の環境で作成したiTunesライブラリをそのままCatalinaで利用することは、難しそうです。

  • 対応フォーマットは現行のiTunesと同様と考えられます

オーディオプレイヤーとしての立ち位置は?

iTunesというアプリは、デジタルオーディオプレイヤーのカテゴリを大いに盛り上げた「iPod」を管理する目的で2001年に登場しました。当時のMacは、ノート型機を含めCD/DVD対応の光学ドライブを標準装備していましたから、オーディオCDをMacに取り込む機能(MP3などのフォーマットに圧縮する)、それをアーティスト/アルバムごとに分類する機能、そして必要に応じてiPodへ転送する機能は、音楽再生の新時代を予感させるものでした。

しかし、いまやMacに光学ドライブはありません。Appleもダウンロード/売り切り型の「iTunes Store」からストリーミング/サブスクリプション型の「Apple Music」へと、音楽コンテンツビジネスの軸足を移しています。

外部に目をやると、ストリーミングサービスの普及により、パソコン用オーディプレイヤーに期待される機能は大きく変化しました。いわゆる(コアな)オーディオファン層には、AudirvanaのようにDSDやFLACなどの高音質ファイル再生を重視するタイプ、Roonなど外部機器と連携しネットワーク再生を重視するタイプが重宝がられ、いずれのトレンドにも応ぜず圧縮音源の再生を前提とし続けるiTunesは半ば見限られていた経緯があります。

基調講演のデモを見るかぎり、新しい「Music」のインターフェイスはiTunes(の音楽再生時)そのままで、良くも悪くも変化を感じません。デモでは一切触れられませんでしたが、外付け光学ドライブを利用すれば音楽CDからのリッピングも可能でしょうし、ホームシェアリング(DAAPプロトコルを利用したiTunes間の音楽共有機能)も引き続きサポートされていると推定されます。

とはいえ、ダウンロード/売り切り型からストリーミング/サブスクリプション型へとシフトしているAppleの音楽ビジネスにとって、重要なのは「Apple Music」の再生環境を充実させることでしょう。iTunes Store(いずれ名称変更されるはず)で高音質/ハイレゾファイルを販売する動きが見られないことも併せると、新しい「Music」がハイレゾ/ネットワーク再生機能に対し積極方針に転じるとは考えにくく、"MacでApple Musicを聴く+α"の方向性で進むのではないでしょうか。

  • 基調講演で紹介された「Music」の画面。iTunesと大きく変わらない印象です

iPhoneとの関係は? Windows版はどうなる?

誕生時からiPodの管理という役割をアサインされていたiTunesにとって、その後継となるiPhoneなどiOSデバイスの管理も重要な機能です。macOS Mojave/iTunes 12の現在も、楽曲の転送やiOSデバイスをバックアップ/アップデートする機能を持ち、そのためにiTunesを使い続けているというユーザも少なくありません。

Catalinaでは、その管理機能がFinderに統合されます。基調講演では、Finderサイドバーに「Devices」項目が追加され、そこからUSBケーブルで接続したiPhoneの管理画面を表示する様子がデモされていました。画面構成は現在(iTunes 12)と大きく変わらず、転送できる項目も従来どおりと考えられます。

ところで、Windows向けにはiTunesが残されるようです。MacとのバランスでいえばAppleはWindows向けにもバックアップ/アップデート機能を提供しなければならず、Apple MusicやiTunes Storeの利用手段も整えなければならないからです。継続して改良/強化されるかどうかは不明ですが、iTunesに代わる3つのアプリを投入しメンテナンスし続けることは大きな負担になることからすると、当面は現状維持となる公算大といえるでしょう。

自社開発のOSで比較的維持管理が容易なMac版iTunesは機能別に3分割して使いやすくし、それぞれのロードマップに従い機能強化を図りつつ、Appleのコンテンツビジネスを支える柱とする。Windows版iTunesは廃止する積極的な理由がないため現状を維持する。基調講演の内容から判断するかぎり、AppleのiTunesに関する方針はこのようなものと考えられます。

  • macOS Catalinaでは、iOSデバイスの管理機能がFinderに統合されます