近年、20代のサラリーマンにも多いという「薄毛」の悩み。シャンプーをしたり散髪をするたびに、「なんだか最近毛量が減った気がするな……」なんて気にしている人も多いと聞く。薄毛のことばかり考えていたら、気分は滅入るばかり。しかし、いったいどうしたら良いのだろうか? 悩みは深くなるばかり。そこで我々は、アドバイスを求めるべく、薄毛を克服して人生を謳歌しているという、あるお笑い芸人のもとを訪ねた。その名は「シマウマフック」。テレビ番組『真夜中のおバカ騒ぎ! 』内のコーナー「植毛芸人コンテスト」で優勝、植毛して薄毛を克服したシマダネズミとやかべヒトのコンビだ。
彼らはいかにして、薄毛クライシスを乗り越え芸人として活動しているのか? そして、薄毛予備軍に希望はあるのか? 苦難の育毛ロードを歩んできた彼らが語る実録薄毛ストーリーを、毛根を刺激しながら熟読してほしい。ちなみにインタビュアーを務めた筆者は、スキンヘッズである。最終的には、それもありかもよ。
まさか自分の髪の毛が抜けているなんて思わなかった
――まず、自己紹介をお願いします。
ネズミ:シマウマフックのシマダネズミです!
やかべ:シマウマフックのやかべヒトです!
――お2人の芸名の由来ってなんですか?
ネズミ:単純に歯が出ているからなんですけど、キングコングの西野さんにつけてもらったんです。「おまえ、ネズミにしちゃえよ」って言われて、深い理由も聞かずに「はい」って。好きな先輩につけていただいたので、そのまま受け入れました。
やかべ:見た目のまんま、ですね。覚えやすいですしね。
――やかべさんの、「ヒト」は?
やかべ:僕は本名が矢ヶ部昂平と言うんですけど、テレビに出たときにパっと見でわかりにくいということで、先輩に相談したんです。そうしたら、「相方がネズミだから、ヒトでいいじゃん」って言われまして。だから、相方ありきの名前ですね(笑)。
ネズミ:それによって僕がいよいよ人間じゃない感じになってしまったんですけど(笑)。
――世界初のネズミと人のお笑いコンビということですね。では本題に入りますが、「植毛芸人コンテスト」(「真夜中のおバカ騒ぎ」)に優勝してネズミさんが植毛したとのことですが、いつ頃から薄毛が気になりだしたのでしょうか。
ネズミ:僕は今26歳で、「植毛芸人コンテスト」は25歳のときだったんですけど、21歳のときから薄毛に気付き始めまして。そのときは大学三年生で、教育実習に行っていた頃だったんですけど、教育実習中のストレスがすごくて。泊まっていたホテルに、やたらと髪の毛が落ちているなと思っていたんです。枕元にも、シャワーにも落ちてるし。でもまさか自分の髪の毛が抜けているなんて思わないので、「このホテル、ちゃんと清掃してないんだな」って思っていたんですけど、そこに連泊するにつれて、この部屋にいるのは僕だけだということに気が付いたんです。そこで前髪をちょっとめくってみたら、「あれ? 後退してる気がする!?」ってなったんです。そこからはもう、見る見るうちに……ですね。21歳からなので、4年ぐらいかけてしっかり後退しました。植毛直前の写真がこれで(写真)、もともとのライン分ぐらいまで植毛ラインを下げてもらったんですけど、4年間でしっかりこの分が抜けていました。
――だいたい、何センチぐらい後退していたんですかね?
ネズミ:2~3センチですかね。はっきりと、前髪を引っ張ったときに感じてたところに、気付いたらまるで毛が無いんですよ。なんなら、頭上の髪を引っ張ったときに痛んでた箇所が、前髪を引っ張ったときに痛んでて。
やかべ:痛点が移動したんだ(笑)。
ネズミ:「あれっ真ん中の毛が前髪になってる!?」って、自覚してからどんどん薄毛が進行していきました。
日に日に薄くなり、徐々に隠しきれなくなってきた
――やかべさんとはその頃にもう出会っていたんですか?
やかべ:いや、僕は養成所で初めて会ったので、その頃はもうハゲていて。でも、最初は全然わからなかったんですよ。前髪を垂らしていて、めちゃくちゃ隠すのが上手くて。
ネズミ:当時、薄毛で悩んでる芸人さんに会って「じつは僕もなんですよ」って言うたびに、「今まで会った人の中で一番隠すのが上手い」って言われていたんですよ。
――へえ~! じゃあ、自分から言わなかったら誰にも気付かれなかったのでは?
ネズミ:言われなかったら気付かれなかったんですけど、日に日に薄くなっていったので、徐々に隠しきれなくなってきたんですよ。僕は髪を上げるとか分けるとかせずに、ひたすら散らすことで隠していたので。前髪の数が減れば、散らしたときの隙間も増えていくので、汗をかいて髪が束になったら、深くそり込みが入った感じになってしまって。上手いなりにギリギリまで隠してたんですけど、植毛手術直前は、もうそろそろ隠すにも髪の本数が足りなくなってきたな、と思っていた頃ですね。だから、すごくギリギリなところで手術できた感じです。
やかべ:僕が出会ってからも、1年半ぐらい気付かなかったんですよ。だから最初にハゲをカミングアウトされたときは、おでこが飛び出してきたような感じで、本当にビックリ箱みたいでした(笑)。
ネズミ:ははははは!
やかべ:顔が幼い分、「ハゲてるわけない」と思っているので、衝撃はすごかったですね。
ネズミ:僕らは、養成所では別々のコンビで、卒業してからコンビを組んだんです。友だちとして付き合っている間は、薄毛のことは言ってなかったんですよ。でも僕の中で、コンビを組んだら言わなきゃいけない、という気持ちがあったので、養成所時代にも、周りには言っていなくてもコンビを組んだ相方には言っていたんですよ。なので、やかべにも言わなきゃって考えていたんですけど、そのタイミングの飲み会で誰かに気付かれて、いじられたことでバレてしまったんです。それをきっかけに、真剣な話し合いをしました。「じつは、黙ってたけど、僕は薄毛なんだ。それでも僕と組んでくれますか?」って。
やかべ:「はい、よろしくおねがいします」って、答えました。
ネズミ:ハゲのプロポーズです。
――深イイ話ですね(笑)。でも、そんなに気になっていたんですか?
ネズミ:めちゃめちゃ気にしてました! 毎日、そのことしか考えていないぐらいに。大学3、4年の頃にはまだそんなに気にしてなかったんですけど、東京に出てきてから一気に加速したので。薄毛生活4年間のうち、最初の2年ぐらいはうっすら気にしていて、東京に出てきてからの2年は毎日そのことメインで生きてきました。
――お笑いのことメインじゃないんですか?
ネズミ:「6割薄毛・4割お笑い」です。
やかべ:いやいや、比率がおかしいやろ(笑)。
親に、芸人をやってる上にハゲてるなんていう心配をかけられない
――それぐらい深刻だったということですか。そもそも、薄毛の原因ってなんなんでしょう? 遺伝?
ネズミ:いや、僕の父も祖父も大丈夫で。うちの家系で僕が初めてハゲを持ち込んだ感じだったので、遺伝のせいにもできないし。大学のときにちょっと茶髪にしていたんですけど、教育実習のときとか事前の実習があるたびに黒髪に戻して、終わると茶髪にしてっていうのを繰り返していたので、傷めていたのかなっていうのも若干ありました。でも、僕より染めている周りの人はハゲてないし。結局、原因はわからないままでしたね。
やかべ:教育実習のストレスじゃないの?
ネズミ:教育実習のストレスはありました。しんどすぎたので。もう、バカにされまくって。僕の見た目のせいもあるんですけど、中一のクラスに教えに行ったときに、「転校生」っていうあだ名をつけられて、クラスにめちゃくちゃ馴染んで。休み時間にドッヂボールでめちゃくちゃ狙われて(笑)。生徒と同じ次元でいじめられてたんですよ。先生側で行ってるのに(笑)。そういうストレスは原因になっていたかもしれないです。
やかべ:普通、教育実習の先生って、もっとカッコイイお兄さんみたいなイメージがあると思うんですよ。そこにこんなのが来たらそりゃそうなりますよね(笑)。
――まさに袋のネズミというか(笑)。そのストレスも原因かもしれないですね。親御さんに相談したりはしなかったんですか?
ネズミ:それは全然しなかったです。親に、お笑い芸人をやってる上にハゲてるなんていう心配をかけられるわけないじゃないですか!
やかべ:ははははは!
ネズミ:山口から1人で東京に出てきて、すでに心配をかけているのに、こんなこと(薄毛)まで心配かけられないと思って黙ってたんですけど、1回、親が僕らの単独ライブを観に来てくれたんです。そのときに、同期のやつが打ち上げ中に親の前でバラしちゃったんですよ。それも嫌なバラし方というか、「一生懸命育てた一人息子さんが上京してお笑いをやってて大変でしょう」とか言い出して。なんでそんなこと言い出したのかなと思ったら、「ましてや、ハゲてますしね」って急にぶっこんできて。親が「えっ?」ってザワザワしているのを見てケラケラ笑っているという(笑)。そのときは親も笑ってくれたんですけど、1カ月後に実家から薬用のシャンプー、トリートメントと手紙が届いて。「こんなもので良ければ」って。ちゃんと心配かけてました(笑)。
やかべ:彼はひとりっ子なんですよ。
ネズミ:親からしたら、唯一の子どもの髪の毛なので。
やかべ:シマダ家の繁栄のためにもがんばらなきゃいけない髪なんだよね(笑)。
――ネズミさんがシマダ家に初めてハゲという文化を持ち込んだわけですね。
やかべ:キリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルみたいなものですよね。
ネズミ:たしかに、ザビエルもハゲてるし(笑)。
前髪を散らすためのクシは常に持ってました
――薄毛発覚後、どんな対処法を実践していたんですか?
ネズミ:親からもらったシャンプーとかも使ったんですけど、とくに効果もなくて。1回だけ、薄毛仲間の先輩芸人に教えてもらった薬を買ったことがあるんですけど、副作用があったりしたら怖いので、結局使わなかったです。そんな感じで色々動こうとは思ってはいたんですけど、具体的なことは今回の治療までは何もしていなかったです。
やかべ:僕が見ていて気付いたのは、ずっと胸ポケットにクシを持っていたことですね。
ネズミ:前髪を散らすためのクシは常に持ってました。
やかべ:ステージに出るときに、衣装に着替えて、ネタ合わせをやらないといけないんですけど、その間に「クシ時間」があるんです。「着替え~クシ~ネタ合わせ」の順なので、必然的にネタ合わせが圧迫されるんですよ。僕は相方のクシ待ちしていないといけなくて。これはなんの時間なんだっていう(笑)。
――なるほど。でも「6割薄毛・4割お笑い」ですから筋が通ってますよね。
やかべ:本当だ! ブレてない(笑)。
ネズミ:そうなんですよ。だから今さらそんなこと言われても。
やかべ:そのときは聞いてなかったから。お笑いの割合が多いと思ってたから(笑)。
ネズミ:それと今相方は言い忘れてましたけど、「着替え~クシ~ネタ合わせ~クシ~本番」ですから。
やかべ:ああ、そうか、最後のクシがあった(笑)。
ネズミ:ネタ合わせでちょっと動いたら前髪がズレてしまうので。前の組のネタが終わる前に楽屋に戻ってクシを入れないといけないので。
やかべ:本当に、常にジャケットの胸ポケに入れてましたからね。この見た目で、楽屋に1つしかない鏡を独占してずっとやってましたから。
――そうすることでスキルも上がっていって完璧に隠せていたのでは?
ネズミ:横にある髪とかを前髪のように使うのが上手くなりましたね。散髪も、後ろの髪を流して前に持って行った状態で行って「これは前髪として使うので切らないでください」って言って。自分なりに、どいつを前髪に使うのかハッキリわかっていたので。
やかべ:自分の店のバイトが足りないから他店から応援を呼ぶ、みたいな(笑)。
ネズミ:自分の髪を総動員してやってました。
――それって、何か本を読んで覚えたとかネットで調べたりしたんですか。
ネズミ:いやもう、自分でひたすら鏡の前でやってみて、上手く行ったものを採用する、という形ですね。
やかべ:クシのグレードも上がってましたから。最初は100均のちゃっちいやつだったのに、段々木製のやつになったりして。
ネズミ:最終的にはべっ甲のクシにグレードアップしましたから。
一同:(爆笑)。
――やっぱり違うもんですか?
ネズミ:気持ちの問題ですね。やっぱり、高いクシの方が上手くできる気がして。そこにすがりたくてべっ甲のクシを使ってました。
ハゲをネタに入れたとたんに笑いがピタって空気が止まった
――そういう薄毛ヒストリーを見守って来たやかべさんはどう感じていたのでしょう。
やかべ:感心しますよね、成長を見ているから。「えっこの技術も手に入れたのか」って、見ている分には嬉しかったですね。
――でも、薄毛を気にしながら漫才をやっているわけですよね。ネタに支障はなかったんですか?
やかべ:そうなんですよ。むやみやたらと頭を叩けないんですよ。だから肩を叩いたりしてなんとかごまかしてましたね。頭を叩くと怒るんです。それに、ネタ中にちゃんと髪の毛を直すんですよ。お客さんが気になるだろって(笑)。
ネズミ:ちょっと動いた後に、「いや~おまえ、本当ちゃんとしてくれよ~」とか言いつつ、前髪を散らすっていう。
――さりげなく?
ネズミ:いや、さりげなくもないですね。ネタ中も前髪を散らす時間をしっかり作ってました(笑)。
――薄毛になりだしてから、お笑いを志したわけですよね。
ネズミ:そうですね、ハゲが先です。
やかべ:ハゲ先で。
ネズミ:ハゲが先行して、お笑いが追いかけてきた感じで。
――でも、お笑い芸人さんの中には、ハゲていることをネタにしている人も結構いますよね。
ネズミ:「お笑い芸人だからハゲててもいいじゃん」ってよく言われるんですけど、僕もそれはたしかにそう思うんです。お笑いをやっているから、コンプレックスをプラスにできるというのは。僕は小学校の頃までは出っ歯で悩んでいたんですけど、今はネズミという芸名にしてネタにもしていますから。でも、ハゲに関してはめちゃめちゃ引かれちゃうんですよ。たぶん、僕の他の特徴とハゲが逆を行ってるというか。童顔で小っちゃいやつがハゲているときに、笑いじゃなくて悲鳴になるんですよ。ネタに色んなコンプレックスを入れてウケていたのに、ハゲをネタに入れたとたんに笑いがピタって空気が止まって。お客さんが「ハゲてたんだったらさっきのも笑わなかったわ」みたいな。
やかべ:いやそんなことないだろ! それは考えすぎだと思うけど(笑)。
ネズミ:被害妄想かもしれないけど(笑)。それくらい、他のコンプレックスを笑ってくれたお客さんもハゲは笑ってくれなくて。だから、ハゲも武器として使いたかったんですけど、使えなかったですねえ(しみじみと)。
やかべ:ビックリが勝っちゃうんでしょうね。この見た目なので、受け入れるまでに時間がかかるんだと思います。
――でも、それは普段隠しているからそう思われていたのでは?
ネズミ:いやでも、普段から出せないですよ、こんなもん……。
やかべ:ははははは!
ネズミ:やっぱり、ケガしたら包帯巻くじゃないですか? 患部を晒しておくわけにはいかないですよ。
やかべ:血と一緒なんや?
ネズミ:グロさで言ったら同じだよね。
――ネズミさんは、すごく繊細なんですねえ。
ネズミ:そうですね。もう、笑いになるなら気にせずにいけるんですけど。笑いにならないとなったら、ただのコンプレックスなので。1回、ネタじゃないところなら笑いになるんじゃないかと思って、ライブのエンディングで前に出たタイミングで事前にMCの先輩に話しておいて、薄毛のボケをやったことがあったんですよ。でも舞台上の芸人さんは笑ってくれたけどお客さんはやっぱり引いていて。そのときは、ウケているかどうかはともかく一応、ネタとして成立はしていたんですよ。終わった後に先輩にこういうのもやっていきたいんですけど、ハゲネタってやっていいんですかね? って相談したら、「お客さんはお金払って観に来てるから二度とやるな」って(笑)。そこまで言われるってことは、本当にダメなんだなって。僕のハゲは笑えないハゲなんだなって思いました。