NTT東日本グループが通信だけでなく農業や地域振興、果ては文化・芸術といった分野にまで事業の規模を拡大させようとしている。折しも「NTT東日本 Solution Forum 2019」が開催された5月22日には、農業×ICTの専業会社「NTTアグリテクノロジー」の立ち上げが発表された。なぜ今、NTT東日本は事業の拡大を目指しているのだろうか? その狙いは、代表による基調講演で明かされている。
事業・収益構造を巧みに変化
登壇した井上社長は、まずNTT東日本の今日までの歩みを簡単に振り返った。同社ではこれまで、事業・収益構造を機敏に変化させることで時代に対応してきた。主力事業だった固定電話による音声収入が90年代をピークに減少に転じると、00年代からはそれに代わる光、IP電話のサービス事業を軌道に乗せた。光サービスが浸透したと見るやパートナー企業に卸事業を展開。いわゆる"光コラボレーションモデル"で新たなビジネスを創出している。
井上社長は2020年代以降、ブロードバンドの利用形態が人からモノへと広がることを見据え、「地域が抱える課題・ニーズ」の解決に向けて事業を伸ばしていく考え。特に労働人口の減少が著しい国内市場においては、IoT(モノのインターネット)により人の作業をAIやロボットが代替するシーンが増えていくだろう。そこでビジネスパートナーとの協業を通じて、NTT東日本のネットワーク回線やサポートサービスによるソリューションを展開していくとする。
では、地域が抱える課題・ニーズとは? ――食・農の分野では、すでに山梨市、JAフルーツ山梨らと共に「データを活用した営農」を展開している。IoTセンサー、カメラの利用は見回り稼働を削減し、農業の人手不足を解消したばかりでなく、農産物の品質向上、盗難防止にも一役買っているという。このほか東日本地域を中心に鳥獣害対策の効率化、チューリップ栽培の品質向上など、10を超えた食・農の取り組みが進んでいる。
とりわけ、技能・文化の分野における取り組みが興味深い。後継者不足に悩む酒造製造の現場では、光温度センサーなどを使い温度計測の自動化、品質の安定化、ノウハウのデジタル化を試みている。日本伝統の「職人の技」を次世代に伝えることはできるだろうか。
陶芸焼成の技術の保存にも積極的に取り組んでいる。先月から今月にかけ、山梨県南巨摩郡「増穂登窯」では4日間(100時間)におよぶ火の管理をデジタル制御してライブ中継する公開実証実験が行われた。サーバーを通じて、全国の陶芸家が登窯焼成の様子を見守ったという。井上社長はこのほか、絵画、建築、工芸、彫刻、祭りなど、様々な分野におけるデジタルアーカイブによる文化遺産・伝統技術の保存・発信にも興味を示していた。
アセットを活用して
やや意外なところでは、e-Sportsビジネスにも着目している。高品質なネットワーク、映像配信ソリューション、イベントの企画・運営ノウハウといったNTT東日本のアセットを活用して地域に人を呼び込み盛り上げるとともに、周辺の観光地に人を誘致して街づくりにも貢献していく方針だ。
井上社長が「普段、自分たちでは気付いていないけれど、他社から見たら魅力的なアセットがたくさんある」と話す通り、巨大グループゆえ、所持する資産は膨大。例えば東エリアにおいて、とう道(ケーブル施設)の総距離は406km、張り巡らされた加入者光ケーブルは地球16.5周分(66万km)にもおよぶ。電柱数は567万本、通信ビルは約3,000ビルを保有しており、保有ドローンは70台(操作技術者は200名)、保有するクルマは8,000台、トータルマンパワーは7.3万人ある。これらを活用した事業の可能性は計り知れないだろう。
ネットワーク事業の今後
では、グループがビジネスの根幹としてきたネットワーク事業は今後、どうする積もりか。
IoTサービスの普及によりモノの通信が本格化すると、これまで以上に大量のトラフィックが消費されるようになるだろう。また来年には5G(第5世代移動通信システム)の商用化も控えており、通信のひっ迫は必至だ。そこでNTT東日本では、地域のトラフィックを地域で完結するエッジコンピューティングの思想によりネットワークを設計していくという。
「イチバン良いのは、お客様の社内LANを活用いただくこと。しかしコストもかかる。そこで、当社の最寄りの通信ビルにお客様のコンピューティングリソースをお預かりする、あるいは地域のお客様でシェアする、そうしたビジネスモデルを検討している」と井上社長。まだプロジェクトの段階だが、Regional Edge with Interconnected Wide-Area Network、通称REIWAプロジェクトとして開発を進めているとした。
このほか、顧客の敷地内に基地局を設置して利用させる「ローカル5G」のソリューションも準備中。まずは大規模農場の広大な農場、大学のキャンパスなどでのユースケースを考えている。
「NTT東日本では今後も、デジタル化、クラウド化せざるを得ない地域社会において、その重要な部品を提供する通信事業を軸足にして、関連する非通信の分野も含めて、地域社会を支える総合サービス企業グループを目指していきます」と井上社長。取り組みはまだ緒についたばかり、これからも成長していきたい、として力強く講演を結んだ。