2代目となった新AirPodsについて、少し別の角度から見ていきたいと思う。研究開発の面とマーケティングの面、そしてAirPodsのこれまでと今後の発展性についてだ。

  • 相変わらず好調なセールスを続ける新しいAirPods。オンラインのアップルストアでは、お届け予定日が6月以降になっているほどだ

EarPodsによる研究開発

AirPodsが他社製品と比べて技術的に2年進んだ製品だったことは、本連載でもたびたび指摘してきた。そのAirPodsに対して、これまでワイヤレスチップとして発展してきたWシリーズに代わってH1チップが組み合わせられ、ヘッドフォンとしての性能向上の道を進み始める方針が示された、と解釈している。

AirPodsは「iPhoneに付属するEarPodsからケーブルを取り去ったデザイン」で登場した。EarPodsは、丸ではなくやや楕円形をしているイヤーピースと、耳の奥に入る部分をまっすぐカットしたドライバーの開口部を設けている。

  • AirPods(左)とEarPods(右)。独特のイヤーピースの形状を継承していることが分かる

Appleは着け心地がよいだけでなく、しっかりと耳に固定されるイヤフォンを作ろうと考え、耳の形の3Dモデルをシリコンで製作し、より多くの人の耳にフィットする共通の形を突き詰めていった。その過程では、600人もの人々に対して124の異なるプロトタイプをテストし、最適な形を選び出したそうだ。それでもなお、耳の形や大小といった違いで「EarPodsとAirPodsともにフィット感に欠ける」と評価する人がいるから難しい。

意外に評価が高いのがEarPodsのマイクだ。通話の際にも良好な音質を実現しているほか、iPhoneでのビデオ撮影の際に活用している人も少なくない。AirPodsにとって、マイクも1つのベンチマークといえる。

iFixitによる分解から分かったこと

製品の修理のしやすさを評価することで有名なiFixitが、早くも第2世代のAirPodsを分解している。このなかで、Appleが仕様として公開していること以外の事実が分かってきた。

AirPodsの新しいワイヤレス充電ケースには、これまでのケースと同じ容量の398mAh(1.52Wh)のバッテリーが内蔵されている。容量はケースの蓋の内側に書いてあるので容易に確認できる。第2世代AirPodsのイヤーピースには、0.093Wh(ケースと同じ電圧3.81Vであれば約24.5mAh)のバッテリーが左右それぞれに内蔵されており、こちらも容量は第1世代のAirPodsと同じだ。

  • 初代AirPodsの内部構成(新しいAirPodsも基本的な部分は同じ)。バッテリーは「うどん」の部分に搭載されている

つまり、W1からH1へとチップを変更したことにより、バッテリー容量は据え置きながら連続通話時間を2時間から3時間に延ばし、さらに「Hey Siri」に対応できるようマイクをモニタリングできるほど、バッテリー消費の効率性が高まったといえる。

現状、AirPodsにしかH1チップが搭載されていないため、H1チップでできることのすべてが分かっているわけではない。今後、Beatsが新しい完全ワイヤレスヘッドフォン「PowerBeats Pro」を発売するが、こちらにも搭載されるH1チップによってどのような音楽再生機能を実現するのか、注目している。

10億のiPhoneユーザーがAirPodsの潜在市場に

AirPodsは、Apple Watchととともに、Appleのウェアラブル部門を急速に成長させる原動力となっている。2019年第1四半期(10~12月)は、iPhoneの不調で約5%の減収となったが、ウェアラブル・ホーム・その他の製品部門は33%増と、Appleの決算のなかで最も成長しているカテゴリとなった。

Appleに関する著名アナリスト、TF International SecuritiesのMing-Chi Kuo氏が、2018年12月にAirPodsについてリポートした内容を見てみたい。

AirPodsは、2017年に1400万~1600万台を出荷し、2018年には2600万~2800万台を出荷したとしている。2019年には5000万~5500万台を出荷すると予測しており、その原動力としてワイヤレス充電機能を挙げていた。2021年には1億台に到達すると予測している。

この数字はさすがに強気すぎるし、AirPowerなき今、ワイヤレス充電機能がそこまで売り上げをドライブする要因になるとは考えにくい。だが、10億人のiPhoneユーザーがAirPodsの潜在市場になるというKuo氏の意見には同意する。

かつてのiPodを彷彿とさせる現象に

2018年、AirPodsについてフィル・シラー氏に話を聞いた際、「街中でAirPodsを使っている人が一気に増え、かつてのiPodを彷彿とさせる『現象』になっている」と、AirPodsの好調ぶりを語るのに熱が入っていた。

以前、米国の大都市での様子を見て驚いたことがある。2018年3月にAppleのイベントが開催された米イリノイ州シカゴの街を歩いたのだが、そこでのAirPods率の高さに驚かされた。

筆者が住んでいたカリフォルニア州バークレーでも少なくはなかったが、そうはいってもサンフランシスコ郊外にある学園都市にすぎない。米国3大都市の1つに数えられるシカゴと比べれば、人の数も所得も大きく異なる。米国の大都市におけるAirPods装着率の高さは、バークレーからは見えなかった事実だった。

シラー氏が指摘したiPod現象とは、「iPodユーザーがiPodを街中で宣伝して広める状態を作り出していた」ことを指していた。

当時、オーディオ機器としては珍しかった白いヘッドフォンがiPodを使っている証となっており、そのことをTVコマーシャルでもアピールしていた。いわゆる「シルエットキャンペーン」である。

有志が制作した、かつてのiPodのTVコマーシャル集

最も古いコマーシャルでは、iTunesとiPodの使い方をコマーシャル内で表現していたが、iPodがWindowsへの対応を果たしてからは、黒い人影が白いヘッドフォンを装着してダンスするアニメーションをひたすら展開していた。U2がシルエットになったコマーシャルでは、マイクやギターのシールドなどの楽器のケーブル類まで白く描かれる徹底ぶりだった。

違和感とシルエットマーケティング

白いイヤホンはiPodの象徴となったが、「普通のイヤホンは黒」という思い込みからの違和感があったからこそ成立したとみている。一方のAirPodsは、ケーブルがないイヤホンが耳に入っている、という違和感があった。日本では「耳からうどんが出ているよう」といわれてきたが、その違和感こそが重要だったのだ。

iPhoneやApple Watch、それらのケースやバンドといったアクセサリ、Beats製品を見れば、ウェアラブル製品は自分らしい色をカラフルに選んだり組み合わせるべき、とAppleが考えているはずだ。

そのことから、AirPodsが現状白しかリリースされていないのは、あえて狙ってのことだと考えられる。iPodの白いヘッドフォンと同様に、見た人に違和感を与える白いAirPodsは、街中でそれ自体にマーケティングをさせる効果を狙っており、現状上手くいっているようだ。

著者プロフィール
松村太郎(まつむらたろう)

松村太郎

1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。