詰めかけた観客の前で、ワコムの液晶ペンタブレット「Wacom Cintiq Pro 16」を使い、アーティストがパフォーマンスを競い合う。そんな競技型のガチンコバトル「LIMITS(リミッツ)デジタルアートバトル日本大会」の決勝トーナメントが4月13日、14日に大阪・茶屋町 毎日放送のちゃやまちプラザで開催された。

  • 競技型デジタルアート「LIMITS(リミッツ)」日本大会が開催

競技型デジタルアート「LIMITS」とは?

LIMITS(リミッツ)とは、”絵が生まれる制作過程”をパフォーマンス競技に昇華させたデジタルアートの大会。ステージに立った2人のアーティストが、制限時間わずか20分を使い切り、表現の限界に挑戦していく。2015年に大阪で誕生したイベントだが、年を追うごとに規模が拡大しつつある。今回、ちゃやまちプラザで開催されたのは、2019年6月に開催される3度目の世界大会への出場権をかけた日本大会という位置づけだ。

  • 競技には、ワコムの液晶ペンタブレット「Wacom Cintiq Pro 16」が使われている

作品は「アイデア」「スピード」「テクニック」「ビジュアルストーリーテリング」という4つの評価基準で採点される。100点満点で、審査員4名による票(80点)+来場者およびネット配信の視聴者によるオーディエンス票(20点)という内訳だ。

  • 会場の後方には、審査員席を用意(左)。当日の決勝トーナメントには、名だたるアーティストが参加した(右)

本大会の予選には、北海道から沖縄まで、全国に在住する200名を超えるアーティストがエントリーした。イラストを本職にしている人だけでなく、学生、一般企業のビジネスパーソンなど、その顔ぶれは多彩。ちなみに最年少は7歳の少年で、過去大会を見てデジタルアートに興味を持ったという。残念ながら予選で破れたが、裾野の広さがうかがえるエピソードだ。4月13日、14日のトーナメントは、地区大会と最終予選を勝ち上がった16名で争われた。

お題は「広辞苑」収録ワードの組み合わせ

興味深いのは、スポンサーに広辞苑、ニューバランスが名前を連ねていること。競技のお題は、対戦の直前に回すルーレットで出た「具体的ワード×抽象的ワード」の組み合わせで決まる。このキーワードの出典が、広辞苑に依っているのだ。では、ニューバランスは?

  • トーナメントで用いられる具体的ワード10個、抽象的ワード10個は、大会当日の朝に発表。そして対戦の直前に都度、ワードの組み合わせで描くテーマが決まる

大会を運営するピーエイアイエヌティ代表取締役の大山友郎氏は、ニューバランスがスポンサーについた経緯について、以下のように説明した。

「普段、あまり人前に出ないアーティストたちですが、大会ではステージに立ち、詰めかけたオーディエンスにパフォーマンスを披露しなくてはいけません。そんなリミッツのイベント趣旨を理解したニューバランスの担当者の方に、これはエキサイティングですね、新しいスポーツ文化ですね、と言っていただけたんです。クリエイティブな能力を育んでいく、その姿勢にニューバランスは共感します、と」。

ワコム、広辞苑、ニューバランスが同時に協賛するイベントなんて、世の中にそうそうないでしょう、と笑顔の大山氏。ちなみに日本大会の優勝者には賞金とワコムの液タブが、ベスト8に残ったアーティストにはニューバランスのスニーカーが贈呈される。

限られた20分。何を描くか悩むひまもない

筆者も、時間の許す限りトーナメントの行方を見守った。初戦の組み合わせは、島根出身の女性アーティスト「HIRAKU(ひらく)」 vs 一般企業に勤務している「yUneshi(ゆねし)」。ルーレットにより具体的ワードは「おもちゃ」、抽象的ワードは「幻想」に決まった。競技スタートの合図とともに、驚きのスピードでアート作品の制作に取り掛かる2人。何せ、「何を描こうか」なんて悩んでいる暇すらないのだ。

  • 初戦のカードはHIRAKU vs yUneshi、テーマは「おもちゃ×幻想」だった

ハードウェアは同じワコムのWacom Cintiq Pro 16を使うけれど、絵を描くソフトウェアに指定はない。多くのアーティストはCLIP STUDIO PAINT、Adobe Photoshop、Adobe Illustratorといった定番ツールを使っていた。

さて、ここで審査基準をおさらいしておこう。描画・制作の速さを競う「スピード」のほか、テーマの解釈や表現力が審査される「アイデア」も大事。そして「テクニック」では、ソフトの操作、手際、機能を使いこなしているか否かが問われる。この「テクニック」について、大山氏は以下のように解説した。

  • 刻々と変化していくアーティストの作品世界に、引き込まれていく来場者たち

「対戦を通じて、その人のツールの使い方、効果の出し方が公の場にさらけ出されます。するとショートカットひとつとっても、こんなやり方があるんだ、なんて気付きがある。出場者もオーディエンスも勉強になるんですね。このように技術を共有していくことが、ひいてはクリエイティブ業界全体にプラスに働く。ツールの使い方の差ではなく、個人のクリエイティブの差で競う、そんな大会にしていきたいと考えています」(大山氏)。

  • 目の前でパフォーマンスを見ながら、手元のパンフでプロフィールを確認、スマホで好みのアーティストに投票する来場者たち

限られた20分間で、いかに観客を魅せていくか――。それが4つめの審査基準「ビジュアルストーリーテリング」にあたる。時間が足りなくても、早く描き終わっても、どちらも評価は下がってしまう。ちなみに大会を開始した当初、「たった20分では何もできない」と困惑していたアーティストたちも、今では明確な時間配分が身に付き、どの時間帯にどんな魅せ方をすべきか、考えを巡らせるまでになったという。大会に課せられたこれらの条件が、アーティストを成長させている。

1回戦 第1試合の行方は、59対66でyUneshiの勝利。準々決勝の第1試合に駒を進めた。

  • 終盤でマシントラブルに見舞われたHIRAKUは、なんとか最後まで作品を完成させた(左)ものの、スコアは59対66という結果。yUneshiが準々決勝に進んだ(右)

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2日間に渡って白熱した戦いが繰り広げられた、LIMITS デジタルアートバトル日本大会。決勝は「言わずと知れたスピードスター jbstyle.」と「期待のシンデレラガール AKI」の対戦となり、僅差でjbstyle.が勝利した。アートの完成度もさることながら、フィニッシュに至るプロセスで両者とも魅せる”遊び”を用意していた。AKIはオーディエンスに「これは」と思わせる、ある造形を描いた後に、同じレイヤーに別の絵を上書きした。一方でjbstyle.はパーツのディテールを精密に描き込んでいき、「何を描いているのだろう」と疑問を抱かせてから、終盤でそれらをドラマティックに組み合わせることで、オーディエンスを驚かせた。まさに決勝にふさわしい対戦となった。

両日のトーナメントの模様は、公式ホームページから動画で視聴できる。

  • アーティストに誇りに思ってもらえる大会を目指す

「アーティストに誇りに思ってもらえるような、また、オーディエンスに『絵を描くって格好いいな』と思ってもらえるような、そんな大会にしていければ」と大山氏。デジタルアートの可能性を感じさせるイベントだった。