最近、耳にすることが増えてきた「発達障害」という言葉。その認知度が高まるにつれ、「仕事でミスばかりする」「空気が読めない」「忘れ物が多い」など、日常の悩みごとの原因は発達障害のせいかもしれない……と悩む人も増えてきているそう。しかし、そうした日々の困りごとの中には、ちょっとした工夫で改善できることもある。
そのような背景のもと、去る3月31日に『生きづらいけど生きのびたい! 「発達ハック」コンテスト』なるイベントがLOFT9 Shibuya(東京都渋谷区)で開催された。当日は、発達障害の方々が自ら実践して効果があった「ライフハック」を、発達障害当事者の取材を続けるライターの姫野桂氏ら4人が審査し、コンテスト形式で紹介。その模様をお届けしよう。
とりあえず“名前を付けて保存”という小さなステップから
今回のイベントに先立ち、「#発達ハック」というハッシュタグ付きで寄せられた、たくさんのツイッター投稿。その中の一部が「タスク管理うまいで賞」「忘れ物しないで賞」「服選びがラクで賞」など、いくつかの賞として紹介された。
「資料づくりがうまいで賞」では、軽度の発達障害特性に悩む当事者の支援団体・OMgray事務局にて代表を務めるオム氏がプレゼンターに。「パワポ資料をつくる時に、まずは真っ白でいいから『名前を付けて保存』する」という投稿が選ばれた。
自身も「資料づくりが苦手でなかなか取りかかれない。ずっと真っ白の状態で、だいたい当日の朝とかにやる」というオム氏は、「目の前の仕事が楽しくなると、先延ばしにしていたことでもすごく集中できたりするんですけど、直前に手をつけ始めると外的なアクシデントに対応できない。取りかかるためのトリガーとして事前にファイルだけ作っておき、気が向いたらいつでも取りかかれるようにしておく。私もすごく共感しました」とコメント。
発達障害ポータルサイト「LITALICO発達ナビ」などを運営する鈴木悠平氏も、「目の前の仕事や出来事に引っ張られて先延ばしにしてしまう人もいれば、完璧主義な傾向が強すぎて、いろいろ考えすぎて最初の作業への着手が遅くなるという人もいます。まず真っ白のファイルを作るというステップは、小さくていいですね。とにかくステップを小さくしてラクにしていかないと、特に完璧主義だとキツイ。“資料をつくる”って言ってもその中に要素がいっぱい入っているので、自分の中で重たい印象になって後回しにしちゃう。タスクリストはそれひとつだけで完結するくらいの細かさまで分けるとやりやすい」と解説し、太鼓判を押した。
また、発達障害バー「The BRATs(ブラッツ)」の代表である光武克氏が「頑張らなくてもいいで賞」として取り上げたのが、「自分の体調や気力を記録して、頑張れない日を知っておく、頑張れない日があってもいいように準備をしておく」という投稿。
「睡眠時間などを記録して曜日ごとの特性を可視化。頭がどうしても冴えない月曜日があっても、どうやったら仕事が回るかを計算して、スケジュールを組むようにする」など、仕事でさまざまな苦汁をなめ、自分なりのライフハックを編み出すことに腐心してきた投稿者の事例を紹介した。
精神論で解決しようとせず、アプリなどを使い、睡眠の状態や自分の気分にムラがあることを客観的に把握し、その法則を理解するだけでもラクになるとのこと。
光武氏は続けて「特にフリーランスの方にあるあるで、僕もフリーランスとして結構いろんなところで仕事するんですが、苦手な職場に顔を出した後や苦手な人と会話をした後は仕事に支障が生じることが多い。だいたい凹むので」と語り、スケジュールの組み方について「単価の低い仕事をたくさん受注して、結構ガチガチにスケジュール入れちゃう。かつての自分を振り返ると詰め詰めで予定入れて、それでも無理に仕事していたんですけど。こうやって、自分の体調が悪い時とかも考慮して、リスクヘッジしておけばよかった」と吐露する場面も。
姫野氏は「ADHD傾向のある人は頭の中でいろんな氾濫が起きがちなので、それを書き出して可視化することで、思ったよりグチャグチャしていないと思えることが大事」と指摘。特にタスク管理関連の発達ハックでは、“可視化”を意識することが功を奏するケースが多いようだ。
夫婦で家を運営していくのも職場と一緒
イベント後半には来場者との質疑応答の時間も設けられ、4人の中で唯一の妻子持ちである鈴木氏に「発達障害でありながら人と同居すること」について質問が投げかけられる一幕もあった。
ただでさえ結婚は大きな決断だが、発達障害の当事者取材を重ねてきた姫野氏によれば、発達障害で悩む人の中には、他人と暮らすことに対して特に高いハードルを感じているという人も少なくないそうだ。
当の鈴木氏は「妻は同じ会社の同僚で、発達障害の子どもの支援の専門職なので、非常に理解があるのが大前提としてあります。なので、生活支援を受けている。例えば、私が郵便受けを全然見ないから、玄関の電気をつけるところに『郵便受け見た? 』って視覚補助があって。最近は定着したので外れましたが、そういう環境設計をしてくれる」と苦笑。
「夫婦で家を運営していくのも職場と一緒だと思っていて。実家とか自分たちの外側の家族関係に対して距離感をどうするかもそうですが、夫婦として一緒にやることとそれぞれ好きにやったらいいところは、なるべく言語化して共有するのが大事」と続けた。
鈴木氏は最後に「僕は“発達障害30代成人説”を唱えておりまして。自己理解などに関して人より時間がかかる。僕も自分はずっと妖怪人間ベムだと思っていましたが、30歳を過ぎてだいぶ人間に近づいてきた感があります。あと、別のイベントでご一緒した発達障害当事者の笹森理絵さんは、『40になると歳をとって周りもポンコツになってくるから相対的にラクになる』と言っていました(笑)。いま苦しい方も、希望を持って歳をとっていきましょう」と呼びかけて、イベントを締めくくった。
「発達障害」という言葉の認知が進み、「発達障害=こういう人」といった、ある種の固定概念のようなものができてしまっていることに姫野氏は懸念を抱いていたが、今回のイベントを通じて、当事者らが抱える「生きづらさ」は極めて多岐にわたるということを改めて実感させられた。
そして、それぞれの生きづらさを改善するために紆余曲折を経て編み出されたさまざまな発達ハック。これらは暗闘を続ける当事者をはじめ、多くの人たちが抱える生活上の悩みや問題を乗り切る一助にもなり得るだろう。