毎年春に大阪と東京で開催されるモーターサイクルショーは、ニューモデルが数多く展示されることもあって、その年の二輪車のトレンドを感じ取れる場となっている。ライダー歴約40年の筆者が今年のショーで感じたのは、「ネオヒストリック」の勢いが目立っているということだった。
ストーリーまで似ている新・旧「カタナ」
モーターサイクルは季節感をはっきり味わえる乗り物のひとつだ。冬は寒く、夏は暑く、風や湿気の程度も分かる。だから、春が来ると急に気になる存在になる。その気持ちを察するかのように毎年3月、大阪と東京でモーターサイクルショーが開催され、多くのニューモデルが発表される。
ただ、今年の場合は、ある車種への注目度が並外れていた。スズキの新型「カタナ」(KATANA)だ。初代「カタナ」は1980年、西ドイツ(当時)のケルンで開催された二輪車ショーに初登場すると、日本刀をイメージした前衛的なスタイリングで、世界のモーターサイクルファンから注目を集めた。その復活版である「カタナ」が今回、ついに日本で初公開となった。
新・旧の2台に共通するのは名前だけではない。鍛錬を重ねた日本刀を思わせる、切れ味の鋭いタンクやカウルのフォルムは、モダンにアレンジされつつも継承されている。時代に合わせてLED化されたとはいえ、角型のヘッドランプも新・旧のカタナが共有する特徴だ。それだけではない。この2台、誕生までのストーリーも驚くほど似ているのだ。
初代カタナが誕生したきっかけは、ドイツの二輪専門誌が企画した、未来のモーターサイクルをテーマにしたデザインコンペだった。ここで注目されたのが元BMWのデザイナー、ハンス・ムート率いる「ターゲットデザイン」というスタジオの作品。スズキはその姿に衝撃を受け、次期大型モーターサイクルのデザインを依頼した。
ムートらはその意向を受け、日本刀の雰囲気を取り入れたスタイリングをスズキに提案した。これが製品化され、「ケルンの衝撃」とまでいわれた初代カタナに結実したのだ。
一方の新型は2017年、イタリアの二輪専門誌がデザイナーのロドルフォ・フラスコーリ、技術開発企業のエンジンズ・エンジニアリングとともに、未来のカタナを形にした「カタナ3.0」を製作したことがきっかけだ。
カタナ3.0は、ミラノの二輪車ショーに前触れもなく登場したので、会場は騒然となった。それ以上に刺激を受けたのがスズキ自身だ。同社はすぐに市販化に向けて動き出し、新型カタナを2018年10月にケルンの二輪車ショーでデビューさせた。ケルンは再び、衝撃に包まれたのである。
フレームやエンジンは当時の他車種と同一で、ボディのみ異なる点も新・旧カタナに共通する。エンジンはどちらも4気筒だが、旧型は空冷の1,074cc、新型は日本でも販売している「GSX-S1000」と共通の水冷999ccとなる。ただし、トラクションコントロールやABSなどの安全デバイスは新型ならではの装備。ライディングポジションの前傾姿勢が緩くなっているのは、時代の変化を反映してのことだろう。
「東京モーターサイクルショー2019」の会場では2台の新型カタナに跨がることができたが、そこには長い行列ができており、筆者は触れることができなかった。日本での発売時期は未定だが、市販が始まれば、かなりの人気が出そうだ。
このカタナの復活を目にして、筆者はモーターサイクルのデザインに新しい潮流が生まれていることを感じた。「ネオヒストリック」だ。
ホンダ「CB」もネオヒストリック路線に?
1950~60年代のヒストリックモデルの復刻版は、クルマでは少し前のコラムで取り上げた「ミニ」やフィアット「500」が有名で、モーターサイクルでも筆者が所有しているトライアンフ「ボンネビル」やドゥカティ「スクランブラー」などがある。いずれも丸型ヘッドランプ、ティアドロップ(涙滴)型タンク、テールカウルのないシートなどが特徴といえるだろう。
エッジを効かせたカタナの形は、それらよりも確実に新しい。初代カタナは来年、デビューから40年を迎えるが、立派に趣味の対象になっていることは、中古車の相場をチェックすれば一目瞭然だ。初代カタナが登場した時代に運転免許を取った自分のような人間にはピンとこない部分もあるけれど、気がつけばネオヒストリックバイクの代表作になっており、復活させる価値がある車種になっていたのである。
そう思って会場を見渡してみると、他にもネオヒストリック的なスタイリングの車種はあった。例えば、本田技研工業(ホンダ)の「CB」シリーズだ。
ホンダが「CB」という名前を初めて使ったのは、今からちょうど60年前の1959年にデビューした「ベンリイCB92スーパースポーツ」(125cc)だった。10年後の1969年には、最高時速200キロをマークして世界に衝撃を与えた4気筒エンジンの「CB750フォア」を発表。その後も「CB」からは、流麗なフォルムの「CB750F」など、エポックメイキングなモデルが生まれている。ホンダ・モーターサイクルの幹に相当するシリーズといえるだろう。
そのCBが生まれ変わったのは2018年3月のこと。一挙に登場した「CB125R」「CB250R」「CB1000R」の3台はスタイリングのイメージを共有しており、ヘッドランプは懐かしさを感じる丸型としつつLEDを採用し、車体はシンプルな構成ながら凝縮感のあるフォルムとするなど、新しさをアピールした。
2019年1月には250と1000の間を埋める4車種目の「CB650R」が登場。今回のモーターサイクルショーは、多くの人にとって同車を初めて目にする場となった。長年にわたりCBの核であり続けてきた4気筒エンジンを積みつつ、CB1000Rよりコンパクトで取り回しがききそうな車体には、個人的に好感を抱いた。
我が道を行く? ヤマハとカワサキ
ヤマハ発動機(ヤマハ)にも、この新しいCBシリーズに近いテイストの車種として「XSR700」と「XSR900」がある。ヤマハでは「ネオレトロ」と称しており、「スーパースポーツ」「ネイキッド」といった従来のカテゴリーを超え、レトロな外観や背景にあるストーリーを感じさせながら、先進技術によるエキサイティングな走りも楽しませるモデルとして販売している。
さらにヤマハには、レトロかモダンかといった二元論を超えた車種もある。1978年発表の「SR400」と1985年デビューの「セロー」だ。セローは2005年に一度モデルチェンジを行なっているが、SR400の基本設計は41年前のまま。ともに空冷の単気筒エンジンを積むので、排出ガス規制の影響で販売終了となったこともあるが、根強い人気にこたえ昨年、復活した。これらのバイクは、ユーザーがタイムレスな存在に押し上げたともいえる。
残る川崎重工業(カワサキ)は、レトロに強いという印象がある。2017年の東京モーターサイクルショーで同社が世界初公開した「Z900RS」はその代表だが、今回のモーターサイクルショーでは、ヤマハSR400と同じように排出ガス対策で販売終了となっていた「W800」を復活させた。
ちなみに、Z900RSは1972年に発表され、ホンダCB750フォアから最速の座を奪取した「Z1」のイメージを継承した車種だ。W800は、CB750フォアが登場するまで国産最速マシンだった1960年代の人気車種「W1」の復刻版である。
しかし、この2台には新しい提案もある。「ビキニカウル」と呼ばれる小柄なカウルを備え、ハンドルをやや低めにセットした「Z900RSカフェ」「W800カフェ」を用意しているからだ。
車名にある「カフェ」とは「カフェレーサー」をイメージしたもの。1960年代の英国で、レーシングバイク風にカスタムした愛機でカフェに乗り付けるという文化を反映したものとされている。
モダンなフォルムにはついていけない。でも、レトロにこだわるほど枯れてはいない。いつの時代も、ちょっとだけカッコをつけていたいライダーたちにとって、昨今のネオヒストリックブームは願ってもない流れかもしれない。
(森口将之)