1964年の東京オリンピックが実現するまでの日本人の“泣き笑い”が刻まれた激動の半世紀を描くNHKの大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(毎週日曜20:00~)に、演技派として高い評価を得る森山未來が出演中だ。
森山演じる美濃部孝蔵は、のちに古今亭志ん生となる破天荒な若者。演じる上での参考資料が少ないなか、後の我々が知っている志ん生像につなげていく重要な役割を担っているほか、マラソン実況などが話題になっているナレーションも務めている。若き日の志ん生の役作りについて話を聞いた。
■若き日の志ん生役は「架空と史実の間」
――昭和の大天才・落語家の古今亭志ん生さんは破天荒な人生でしたが、演じる上で何を意識していますか?
とにかく本を読みました。ラジオや高座の音源、テレビの映像資料もいくつかはありましたが、晩年のものなんです。満州から帰ってきた時点で60代手前だったと思うので、みなさんが知っている志ん生さんは70代ですよね。だから戦前のことは知られていないんです。自分で語ってはいるけれども、彼は噺家なので話が盛られているんです(笑)。名前や生まれた年もまちまちで、自分の母親の名前もまちまちだったりするくらい。
(ビート)たけしさんは、みなさんがテレビ映像などで知っている晩年の志ん生を演じるわけなので、ある程度やり方があるのでしょうけれど、僕にはないようなものだったのでどうしようと思いました。架空と史実の間みたいな感じでしたね。だから、とにかく文献を読み、あとはたけしさんに寄せたほうがいいのかとか、そのあたりはけっこう悩みました。
――たけしさんの“志ん生”の演技を見てどう感じていますか? また、たけしさんの演技を意識したり、たけしさんの演技と合わせていることがありましたら教えてください。
一度たけしさんが撮影している様子を見学したことがありました。志ん生に寄せているのかなと思って見たら、髪の毛金髪だし(笑)。思った以上にたけしさんはたけしさんでやっていたので、それまで悩みはありましたけど、もういいかなって思いました。文献には「飲む・打つ・買う」とありますが、そこまでぐずぐずの人だったかどうかわからないんですよね。なので、そういうことを参考にしつつも、楽しくやらせてもらっています。
――美濃部孝蔵として本作のナレーションを担当していますが、孝蔵との演じ分けは難しいですか?
俯瞰でいることと劇中にいること、ですよね。僕は主軸としてのストーリーをそこまで背負っていないというか、時代の生き証人と狂言回し的なポジションを与えられていて、1個1個のエピソードが楽しいので、そこに乗っかっている感じです。
――ナレーションは実況が話題でもありますね。
撮影している時はナレーションのことを特に意識してはいないです。話している落語が実際のストーリーにリンクする瞬間はあるけれども、メタ構造を僕自身が意識していなくてもいいかなとは思っています。それこそ大根仁監督との『モテキ』では、テレビドラマでも映画でもモノローグがむちゃくちゃあったので、それで鍛えられた感じはありますね(笑)。
■江戸ことばに苦戦「メンタルが関西人なので…」
――古今亭菊之丞さんが落語・江戸ことばの指導をしているそうですが、いかがでしょうか?
難しいですね。落語というよりも江戸前というか、浅草の話し言葉が難しい。いくら江戸前の言葉で話をしようと、僕はメンタルが関西人なので気質が違う。竹を割ったような感じが出せる気がしなくて、そこは気にしました。
菊之丞さんとは何度も江戸ことばについての話をしましたが、江戸や浅草は結局はいろいろな人間の集まりであったりして、何が江戸前かは厳密にはないそうなんです。落語も同じで、浅草の下町っ子という設定でないといけないのかもしれないけれども、たけしさんはたけしさんでありのままでいるように、僕は自分なりのアプローチでいるようにしたいと思いました。
僕は落語の素人です。だから寄席にも通いましたし、映像でも観みました。若い頃は下手くそでいいけれど、歳を取ったら上手い落語になってくるのでどうしようかなって思っています(笑)。20代から50代くらいまでいくと思うので、みなさんがいま見ているところではまだ許してもらえるかなと思ってはいますが(笑)
――たけしさんと同じ人物を演じるということで、たけしさんから会見のときに冗談交じりのアドバイスをもらっていましたが、あれ以降、たけしさんと話はされましたか?
話の中で接点はないので、なかなかスタジオでお会いすることはないのですが、一度たけしさんに近づけたときがありました。モニター裏に座っていて物静かでしたが、しゃべり始めると気さくに話してくれて、「古今亭は温かくていいよね。ほんわかしている落語がいいね」とおっしゃっていました。
――たけしさんの落語をしている姿を見ていかがでしたか?
生粋の芸人さんです。本当の意味で芸を持った人だなと思いました。高座に上がることをちゃんと理解している。僕なんか小噺でもしてお客さんを温めるなんてできないですが、彼は目の間にお客さんがいるシチュエーションで撮る場合は、事前に小噺を用意しているらしいんです。エキストラの表情を撮るためだけに小噺をやる。頼まれていないのに。それはすごいなって思います。
■孝蔵や志ん生の存在意義を感じられる回に
――宮藤官九郎さんの脚本の魅力については、改めていかがでしょうか?
以前舞台でもご一緒したことがありますが、やっぱりすごいですよね。各パートを行き来する感じが自然に入って来るので、読みものとして混乱せずに読めます。計算もしているんでしょうけど、直感的に気持ちのいい流れ方をしている。宮藤さんの気持ちに沿っていて、楽しそうに書いている感じがすごく伝わってきます。
――師匠役の松尾スズキさんとのエピソードについて教えてください。
緊張しますね、松尾さんは(笑)。素晴らしい作家で役者で演出家だと思っているので、本当の師匠のようにそこにいる。松尾さんは高圧的な印象ではないけれど、何を考えているかわからなくて、どう出していけばいいか自分ではわからないときがあります。そら恐ろしいですよね。それは円喬、孝蔵の関係性にもある。ほんのちょっとした会話でも緊張するけれど、温かさみたいなものがスッと入って来るような人です。
――肉体がすごいと評判ですが、それについてはどう思いますか?
ある種、フーテンの男が、そこまでいいガタイしているわけないですよね(笑)。あんまりよくはないなとは思ったんですけど、職業柄しょうがないですね。普段、他の芝居でもできるだけ着やせする服を着る時もありますが、今回はもういいやと思って。まあしょうがないかなって話にもなりました。
――最後になりますが、31日放送の第13回の見どころを教えてください。
僕の孝蔵目線で言うと、円喬に弟子入りをさせてもらい、そこから弟子なのか、ただの車夫なのかという時間を過ごし、名前ももらって初高座についに上がるという回になっていきます。真面目に落語に取り組みたい気持ちはあるけれども、彼の弱気というか、一筋縄ではいかない性格というか、はたして本当に成功するのかというか(笑)。それが四三さんがストックホルムで走っているマラソンとリンクしていくんです。四三や田畑に近づいては離れて行く孝蔵や志ん生が、精神的にグッと近づく瞬間でもあるので、孝蔵や志ん生が存在している意義を感じられる回になればいいなと思っています。
森山未來
1984年8月20日生まれ。兵庫県出身。2003年、ドラマ『WATER BOYS』にメインキャストとして出演、高い演技力が評価され、一気にメインストリームへ躍り出る。以後大ヒットした映画『世界の中心で、愛を叫ぶ』(04)、『モテキ』(11)などの映画作品のほか、演劇、パフォーミングアーツなど、枠に縛られない表現者として広く活躍。そのほかの映画出演作に『その街のこども 劇場版』(10)、『セイジ -陸の魚-』『苦役列車』『北のカナリアたち』(12)、『人類資金』(13)、『怒り』(16)、『サムライマラソン』(19)など。
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