学生生活が終わりを迎え、いざ社会人生活がスタート。しかし、入社してみるとミスを連発。他の新入社員が当たり前にできている業務をこなせなくて反省する日々……。そんな壁にぶち当たった人は、もしかしたら発達障害の傾向が根底にあるのかもしれません。
最近話題になっている発達障害。筆者は多くの発達障害当事者を取材してきました。そして、その方々の多くは就労に関して悩んでいました。ここで、簡単に発達障害について説明いたします。
発達障害とは?
発達障害は生まれ持った脳の特性で、できることとできないことの差が大きいという特徴があり、治ることはないとされています。障害の種類は主に以下の3つに分類されます。
・ADHD(注意欠陥・多動性障害):不注意や忘れ物、ケアレスミス、衝動的な言動が多く、トラブルにつながる。
・ASD(自閉スペクトラム症):言葉をそのまま受け止めてしまって比喩や冗談が通じず、コミュニケーションにおいて困難が生じる。また、興味を持ったものには異常なほどこだわりを持っている(例えば、世界地図や電車の時刻表などを全て暗記しているなど)。
・LD(学習障害):知的な問題がないにもかかわらず、読み書きや簡単な計算が難しい。
これらの症状には、「ここから先が発達障害でここまでが健常者」という線引きがなく、いわばグラデーション状になっています。それゆえに、中には発達障害の診断まではおりないけれどその傾向がある「グレーゾーン層」も存在します。
また、ASDだけ、ADHDだけではなくASDとADHDを併存しているというケースも非常に多いです。実際、筆者自身も算数のLD(繰り上がり・繰り下がりのある暗算ができない)と不注意優勢型ADHD傾向(いわゆる「うっかりミス」が多い)を持つ当事者です。
今まで取材してきた当事者の中には、電話をしながらメモを取れない、他愛のない会話に意義を見出せず雑談に混ざれないといった悩みを抱え、新卒で入った会社を1カ月で退職してしまった方もいました。また、数カ月単位で転職を繰り返している当事者も少なくありません。
「共通する困りごと」と「対策」
発達障害の程度や困りごとは人によってさまざまですが、ざっくりと共通する困りごとは以下のようなものが挙げられます。
・マルチタスクが苦手
・忘れ物や遅刻が多い
・書類の記入漏れが多い
・耳からの情報の処理が苦手なため、会議の内容についていけない
・メモを取るのについていけない
・電話応対が苦手
・曖昧な指示に従えない
・集中力が続かず、すぐに取りかからないといけない仕事を先送りしてしまう
しかし、これらの困りごとはちょっとした対策や工夫で乗り切ることが可能です。
例えば、書類の記入漏れが心配な場合は、同僚や上司にダブルチェックを頼む。電話応対の際のメモは「折り返す」「メールする」など、あらかじめ簡易化できる電話用メモ用紙を作っておき、丸をつければいいだけにする。忘れ物対策に、必ず持ち歩くもの(鍵や財布、スマホなど)を小さなバッグやケースに入れて、鞄を変える際はそれごと入れ替える「バッグインバッグ」を取り入れる。先送り対策には、「絶対に早めに取りかからないといけないリスト」を作るなど。
前述の通り、人によって困りごとはさまざまなので、自分に合った対処法を見つければ、困りごとを少しでも減らすことができます。このあたりのライフハックは、拙著『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)に詳しく書いているので、ぜひ参考にしてもらいたいです。
また、発達障害そのものを治すことはできませんが、現在、ADHDにおいては薬があります。薬を飲んでなんとか仕事をこなしている当事者もいます。しかし、これは人によって合う・合わないがあるので、医師としっかり相談の上、服用を検討してください。
二次障害の危険性
それよりも、もっと深刻なのは、発達障害の特性による失敗経験を積んで上司に叱責されることで自己肯定感が下がって卑屈になってしまったり、強いストレスを感じて二次障害を患ってしまったりすることです。
事実、前著『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)で紹介している当事者の約9割が、うつ病や双極性障害といった何らかの二次障害を併存していました。「発達障害そのものより二次障害のほうがキツい」と語る当事者がいたほどです。
筆者も二次障害として双極性障害を抱えていますが、確かに二次障害のほうがしんどいです。まず、うつ状態のときは朝起きられませんし、頭の回転も鈍ります。こうなると、普通の会社員として業務をこなすことはさらに厳しくなるでしょう。
二次障害を発症してしまった場合、病院で安定剤や抗うつ薬などを処方してもらったり、カウンセリングを受けたりして、なるべく仕事や日常生活への支障を減らしたいものです。
とはいえ、新入社員だとまだお給料も少なく、通院する場合は経済的な負担も気になることでしょう。しかし、自立支援医療制度(心療内科や精神科での医療費の負担を軽減できる制度)を利用すれば、自己負担額が1〜3割になります(収入によって負担額が変わります)。意外とこの制度を知らない人が多く、通院や薬に大金を支払って通院をやめてしまった当事者もいました。
手続きは簡単で、医師に診断書を発行してもらい(医療機関にもよりますが、たいてい5,000円〜6,000円ほどで出してもらえます)、必要書類を役所に届けるだけです。筆者もこの制度を利用していますが、それまで薬代だけで毎月3,000円ほどかかっていたのが、先日は660円にまで下がりました。これはぜひ利用してもらいたい制度です。
また、部下のミスに悩んでいる管理職の方へ。まずは発達障害傾向が疑われる社員にヒアリングを行い、必要な場合は医療機関への受診を勧めてください。そして、きちんと社員の「個」を見抜き、その社員が得意とする仕事を与えることが重要です。そうすれば、会社全体の仕事がさらにスムーズに回るようになります。定時内に仕事を終えられない当事者は残業をすることになり、そうなると残業代が発生し、会社としても損害を被ります。
最後になりますが、発達障害の傾向がある方は、極度に落ち込む必要はありません。まずは「能力に差がある」という事実を冷静に受け止めましょう。そして、通常の就職は厳しいと判断した場合、発達障害者の就労移行支援事業所に通って、そこから自分に合った会社を見つけて就労したり、障害者手帳を取得して障害者雇用で働いたりするという手もあります。
精神面でつらさを感じた場合、当事者会や自助会に参加して、同じ悩みを持つ仲間とつらさを分かち合うこともできます。少しでも生きづらさから解放される生存戦略を自分なりに見つけてみてくださいね。
執筆者プロフィール : 姫野桂(ひめのけい)
フリーライター。1987年生まれ。宮崎県宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ。卒業後は一般企業に就職。25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やウェブなどで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。猫が好き過ぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)。趣味はサウナと読書、飲酒。「生きづらいけど生きのびたい! 『発達ハック』コンテスト」など、各種イベントにも出演。