メルセデス・ベンツのエントリーモデル「Aクラス」。4代目となる新型は先代からコンセプトを引き継ぎ、若い世代を意識したコンパクトな5ドアハッチバックとして登場したが、乗ると進化は歴然としていた。この新型でAクラスは、単なる“お安いメルセデス”という殻を打ち破ってきたように感じる。
「Aクラス」の来歴と新型の立ち位置
まず、Aクラスの歴史を振り返ってみよう。このクルマは1997年、メルセデス・ベンツで初めてのコンパクトカーとして登場した。初代はメルセデス・ベンツ初の前輪駆動(FF)車で、実用性を重視したトールワゴンスタイルを採用していたが、これは電気自動車(EV)への発展性も考慮した設計だった。将来的に、キャビン下に電池などを搭載する想定だったのだ。しかしながら、技術およびインフラが共に発展途上であったため、実現はしなかった。
2代目はトールワゴンスタイルを踏襲したが、3代目では大幅なイメチェンを図り、コンパクトな5ドアハッチバックへと転身した。それまでのファミリーカー路線から、スポーティーかつ若々しいキャラクターへと発展を遂げたのだ。これが成功し、人気モデルとなった。
4代目となる新型は、プラットフォームから一新したオールニューモデルで、先代のキャラクターを受け継ぎつつも、メルセデスの末っ子に相応しい質感や先進性を獲得しているのが特徴だ。歴代モデルの進化が示すように、メルセデスの先駆者的な役割も担う。
使い手にベストな選択肢を提示する「MBUX」
新型Aクラスは、見た目の鮮度も抜群だ。日本には昨年登場した大型4ドアクーペ「CLS」から、メルセデス・ベンツでは新しいデザイン哲学「Sensual Purity」(官能的純粋)を採用しているが、新型Aクラスもその哲学を共有する。CLSそっくりな迫力のフロントマスクは、サメをモチーフとした「シャークノーズ」と呼ばれる造形。正直、かなりスポーティーでカッコいいと思うし、上級コンパクトにふさわしい風格だ。「ただのコンパクトカーだと思うなよ」という気迫すら感じさせる。
インテリアも同様に鮮度がいい。液晶モニターを2枚並べたダッシュボードはかなり未来的な印象で、デスク上に設置されたタブレット端末のようだ。それぞれの主な役割は、運転席側がメーターパネル、中央側がインフォテインメントシステム。よくあるモニターを覆うメーターフードもなく、すっきりとした印象を与える。
新型Aクラスでは、インフォテインメントシステム「MBUX」も話題となっている。目玉機能は対話型音声認識機能だ。CMでもお馴染みの、「ハイ! メルセデス」で起動するアレである。
音声認識による操作は他のクルマにもすでに存在しているが、既存のシステムが固定文の命令調言葉による操作であるのに対し、MBUXの場合、ユーザーは細かいことを気にせず、ただ語り掛ければよい。例えば「ちょっと熱いんだけど」と言えば、エアコンの温度調整をしてくれるといった感じだ。
ただ、MBUXが優れているのは、メカスイッチ、タッチスクリーン、タッチパッド、ステアリングスイッチ、音声認識と多彩な操作方法に対応していて、ユーザーがベストな方法を選択できる点にある。誰にでも使いやすいシステムを目指しているのだ。便利さを高めるためにユーザーの行動パターンを予測し、オススメ機能として表示も行う。話題のAIは、この予測を行う学習機能のみに使われている。後にも述べるが、AI機能はかなり限定的なものなのだ。
次にキャビンを見ていくと、プラットフォームの一新やボディのサイズアップなどの恩恵もあり、前後席とも空間にゆとりがある。特に後席は、従来型よりも圧倒的に広さを感じる。死角は減らされていて、視認性も向上した。デザインの犠牲になりがちなラゲッジルームも開口部を広げ、容量は29L増の370Lに拡大。後席を倒せば、1,210Lのスペースが生まれる。ファミリーカーとしても使える実用性にはこだわった様子だ。
新開発のパワートレインは、1.33Lの4気筒ターボエンジンに7速DCTが組み合わさる。従来型「A180」に搭載されていた1.6Lターボからは更なるダウンサイズだが、最高出力は136ps、最大トルクは200Nmと性能は向上している。燃費消費率も15.0km/L(WLTCモード)と低燃費だ。バリエーションは増えていくと思われるが、現状で選べるのは、このパワートレインの前輪駆動車のみである。
標準装備も充実しており、前後のLEDランプ、本革巻きステアリング、自動防眩ミラー、MBUX、ワイヤレスチャージング(Qi規格対応の携帯電話)、テレマティクスサービス「Mercedes Connect」などが備わる。オプションの「レーダーセーフティパッケージ」を装着すると、メルセデスのフラッグシップセダン「Sクラス」と同等の先進安全運転支援機能にアップデートできる点もポイントだ。
乗って分かった完成度の高さ
試乗したのは、「A180 Style」と「A180 Style AMGライン」の2台。「AMGライン」の方には、AMGのエアロパーツと18インチのアルミホイール、スポーツレザーシートなどが追加となるが、メカニズムは同様だ。
乗ってみて最初に感じたのは、質感の高さと乗り心地のよさだ。従来型Aクラスでは、若々しさやスポーティーという言葉を盾にして、乗り心地や質感などは全体的に粗削りな仕上がりにしてある部分も見られた。価格差があるとはいえ、メルセデスの鉄板モデル「Cクラス」との明確な格差を感じたものだ。ところが新型は、若々しいAクラスのキャラクターを受け継ぎながらも、快適性や質感などをグンと向上させている。特に静粛性に優れ、車内の会話は前後席間でも明瞭に聞き取れた。
液晶メーターは見やすく、運転もしやすい。高速道路に入ると新エンジンが実力を発揮し、不満のないスムーズな加速を見せてくれた。エンジン回転数を高めるとスポーティーな排気音を奏でるが、それでも車内は十分以上に静かだ。運転する楽しみを演出すべく、開発時には排気音にもこだわったのだろう。
試乗前に、メルセデス・ベンツ日本の広報担当者から「ぜひ試してみてほしい」と言われたので、後席にも収まってみた。その広さにはゆとりがあり、体格のいい男である私が座って長距離を移動しても、問題がないのではと感じるほどだった。
後席の方が不利となる静粛性についても、排気音を含め決してうるさくはなく、そのレベルは高かった。さらには、MBUXの音声操作を後席から行えることも確認できた。何処に座っていても、車載機能を音声で操れるのはMBUXの魅力だ。
正直、MBUXの音声認識はまだまだ発展途上の段階で、うまく理解してもらえず、がっかりするシーンもあった。しかしながら、車載ソフトとクラウドの両方でカバーする仕組みなので、今後、言葉の理解度もどんどん上がってくるはずだ。メーカー側も、幅広い層が使うコンパクトカーから同機能を導入し、積極的に使ってもらうことで、ブラッシュアップを図っていくつもりなのだろう。
最後にタイヤサイズの違いだが、前後席ともに、乗り心地でいえば標準の16インチの方が上だった。しかし、AMGラインの18インチも悪くはない。ここは、見た目の好みだけで決めていいだろう。
新型「Aクラス」はメルセデスらしい仕上がり
従来型で理想像を模索してきた積み重ねもあってか、新型Aクラスは「プレミアムコンパクトカー」と呼ぶにふさわしい内容に仕上がっている。Cセグメントのコンパクトカーの中では、このクルマがイチ押しだ。ただ、322万円のエントリーグレード「A180」では、Aクラスの魅力の全てを味わえないことは忘れてはならない。「A180 Style」の方は快適装備がプラスされ、メーターの液晶パネルは表示が大きくなる。
例えば、「A180」でもMBUXは標準装備だが、カーナビ機能はオプションとなっている。さらに、先進安全運転支援機能の「レーダーセーフティパッケージ」も外せない。この2つを組み合わせると、約43万円のプラスになる。エントリーといえども、やはり価格はメルセデスだ。
しかしながら、以前のAクラスよりも、新型の方が断然、コスパは良好だ。格上であるCクラスとのギャップに悩む必要もないだろう。Cクラスにステップアップしたければ、すればいい。それだけ、新型Aクラスはメルセデスらしさを十分に備えていて、しかも新鮮さに溢れている。中身をしっかりと磨き上げてきた姿勢は、キャラクターこそ違うが、日本人を魅了し、“小ベンツ”の愛称で親しまれた「190E」を彷彿させる。
また、個人的には、Aクラスとベースを共有するスペシャルティカー「CLA」や「GLA」の次期モデルにも注目している。どちらも小型上級車だが、既存モデルに対しては、もう少し上を見せてほしいという思いがあった。その点、次のCLAおよびGLAは新型Aクラスをベースとするので、それを叶えてくれることだろう。そういう意味では、小さくともメルセデスの贅沢さを存分に味わいたいと考える人ならば、これら派生モデルの登場を待つべきなのかもしれない。
(大音安弘)