BMWの「3シリーズ」が7年ぶりにフルモデルチェンジし、7代目となった。「駆けぬける歓び」を標榜するBMWの主力商品だけあって、先代より大型化したボディサイズは決して鈍重な印象を与えず、走り出しから力を発揮するエンジンの性格もあり、走りは軽やかだ。ただ、気になる点があったのも事実なので、そのあたりも含めて試乗の感想をお伝えしたい。
運転の楽しさを宿命づけられたBMWの“小型”モデル
初代3シリーズは1975年に誕生した。そのルーツとなっているのは「2002系」と呼ばれた小型セダンであり、始祖は1966年に発売となった「1600-2」という2ドアセダンである。1968年に生まれた「2002」は「マルニー」などと呼ばれて日本でも愛好され、ことに1973年の「2002 ターボ」は、まだターボチャージャーが稀だった当時、スポーツカーではなくセダンに高性能エンジンを搭載したことで話題となった。
戦後、BMWの主力となったのはこうした小型セダンだった。ドイツ車の中でも、運転を楽しむクルマとして、BMWの価値が決定づけられたといえるだろう。従って、3シリーズはBMWの主力として、運転の楽しいセダンあるいはステーションワゴン(BMWではツーリングと呼ぶ)であることが求められ続けている。
新型3シリーズも、車体こそ大柄になったとはいえ、運転の歓びを感じさせる作りであることに変わりはなかった。
BMWの象徴であるキドニーグリルは、従来よりも立体的な造形となり、フロントボンネットフードを長く見せている。逆にリアは、流れるような姿とすることで、速さを造形においても伝えてくる。
前後タイヤ間のホイールベースは先代より40mm長くなったが、同時にトレッド(左右タイヤ間の距離)を拡大することで、踏ん張りの効いた動きの鋭さを高めている。重心は10mm下げて、安定性を向上させた。ボディサイズは大型化しているものの、重量は約55kgも軽く仕上がっている。
こうした改良により、BMWは新型3シリーズを大型化しながら、決して鈍重ではなく、軽快で運転の楽しい4ドアセダンに仕立てたとの説明である。
2.0リッターの直列4気筒ガソリン直噴ターボエンジンを積む新型3シリーズは、BMWの伝統にもなっているフロントエンジン・リアドライブ(FR)を踏襲する。最大出力は日本専用の「320i」というグレードで184ps、「330i」で258psだ。
発進・停止を繰り返すシーンでも感じる優れた走行性能
試乗したのは、市販されている車種では現時点で最上級に位置づけられる「330i M Sport」だ。運転を始めてすぐ、軽やかに走るクルマであるとの印象を受けた。
BMWは重量配分で前後が50:50となる設計にこだわっている。試乗車の車両重量は1,630kgで、重量配分は前が830kg、後ろが800kgだった。一般的に、FRのクルマは前後の重量配分が6:4くらいであることが多い。前後重量の調和はBMWにとって、クルマを軽快に仕上げる上で欠かせない要素の1つだ。
エンジンは最大出力258psを発生する高性能仕様だ。このクルマは毎分1,550回転(rpm)、つまり、アイドリングの少し上の領域から最大のトルクを発生する特性を与えられているので、アクセルペダルを少し踏み込むだけで、大きな力を発揮した。操作にも遅れはなく、軽快に走り出すことができる。
クルマに乗っていると、市街地で発進・停止を繰り返すシーンに遭遇する機会は多い。車体の軽さや、低い回転でも存分に力を出すエンジンは、そういった場面に快適さをもたらす。暮らしの中でも、BMWのブランドメッセージである「駆けぬける歓び」を実感できるのが新型「3シリーズ」だ。
高速道路へ入り速度が上がると、走行感覚は落ち着いた感じになる。肩の力を抜き、安心して運転を続けられるのは、欧州車に共通する乗車感覚だ。欧州では、クルマを高速で走らせる場面が多いことを実感させる。
この新型3シリーズからBMWは、運転支援のためのセンサーに「3眼カメラ」を採用している。その効果もあってか、車線維持機能は格段に精度が上がった。車線維持の的確さも、高速走行時の安心感につながる。
これまでの3シリーズに比べると、後席にゆとりをより感じるようになっているのも新型の特徴だ。十分な大きさの座席に体をゆだねられるだけでなく、前の席の下へ爪先を差し入れることができるので、くつろいだ体勢でいられる。車内は静粛性に優れているので、前席との会話も楽しい。
荷室は見るからに広く、後席中央に通じる開け口があるので細長い荷物も積み込める。4ドアセダンとしての実用性にもぬかりがなく、細部にわたって配慮のきいた仕立てであることに満足できるだろう。
デジタル化の弊害? 気になったのは視認性
一方で、気になる点もあった。まず、車体の寸法が大きくなったというだけでなく、運転中に車幅を確認しにくいため、車体の左端をガードレールや歩道の段差にぶつけないかと、運転中は常に不安だった。
車体の中心を知る目印が分かりにくいせいかと思ったが、実は、左端の様子を確認する時に1つの目安となるフロントウィンドウの支柱が、目の端で捉えられないせいだと気づいた。この傾向は、アウディ「A7」や「A8」にもいえることだ。
走行性能に優れていたり、速く走れるクルマであったりする印象を持たせるため、近年のクルマづくりでは、外観の造形でフロントボンネットフードを長く見せる手法が使われがちだ。その分、フロントウィンドウの支柱は乗員側へ寄ることになる。それにより、フロントウィンドウ全体が運転席に近づき、助手席側の支柱が目の隅で捉えにくくなるのである。
人間は、実際にそこへ目の焦点を合わせていなくても、目の端に様子が捉えられたり、あるいはそこに何かがあるという気配を感じられたりすると、安心するものだ。だが、その何かを視界に捉えられなかったり、例え首を回して見ても視界が遮られていたりすると、気配さえ感じられず、不安になる。
また、斜め右前方の視界が、フロントウィンドウの太い支柱と大きなドアミラーとによって遮られて死角となることで、対向車が迫り来るのを見損なったり、右カーブの先が判別しにくかったりもした。これも、運転に集中できなくする要因の1つだ。
新型3シリーズでは、速度やエンジン回転数を表示するメーターの中央に、カーナビゲーションの地図などを表示する仕様となっている。そのため、速度計は左側、エンジン回転計(タコメーター)は右側に配置されるのだが、タコメーターは、逆時計回りに針が回る方式となった。永年親しんできたメーターとは逆回転となるので、これも認識しにくい。なぜなら、針の回転し始めが右端となるため、運転中の視界の端で、その様子を捉えられないからだ。
左ハンドルであれば、運転者は車体の中央よりに目線を送って視野を確保するので、右側にあるタコメーターを視界に捉えられるのかもしれない。だが、右ハンドルでは、運転席側のドアミラーを確認する以外、右側を意識する機会が少ないので、タコメーターの動きを捉え損なうのである。
これら一連の不都合は、開発にコンピューターを活用する現代のクルマづくりに負う面があるのではないかと考えられる。コンピューターの画面上で多くのことを検証できる一方、他のクルマや二輪車、あるいは歩行者が存在する現実の道路状況の中で、運転者がその都度、何に注意を払い、どこへ目線を動かしているかまで、十分に検証できていないのではないだろうか。そして、いざ実験車両を使った走行試験を行ってみると、根本的な不具合に気がつく。そんな不具合や不都合を感じる新型車に試乗で出会うことがある。
「3シリーズ」試乗で考えたクルマづくりのこれから
今回の新型は、3シリーズの伝統を損なうことなく機能や性能を大幅に向上させ、「駆けぬける歓び」を体現する魅力を備えている。だが、実際に運転をしてみると、そうした機能や性能に没頭し切れない不安や不便を感じさせる部分があった。
車体寸法についても、前型に比べ当然のごとく大きくなり、1990年代後半から2000年代初頭に販売されていた「5シリーズ」に近くなっている。このように、新型車が登場するたびに大型化し、少し前の上級車種とサイズ的に同等になっていく昨今の傾向には懸念を覚える。それはBMWに限ったことではなく、世界の自動車メーカーについていえることだ。
大柄なクルマがあることに異論はない。だが、例えば3シリーズのように、運転することを嬉しく思わせる小型セダンであり、なおかつ、その俊敏性や機敏性が特徴であったような車種を、あえて大きくする意味がどこにあるのだろう。多少の大型化はあるとしても、そろそろ限度を超えていないだろうか。
世界の小型車の規範とさえいわれたフォルクスワーゲン「ゴルフ」も、現行の7代目については「大きすぎる」という声が聞こえ始めている。格下とされてきた同社の「ポロ」で十分だと考える人もいるようだ。メルセデス・ベンツは「Cクラス」を大きくする一方で、格下のAクラスにまで4ドアセダンを追加する予定だという。日本で“小ベンツ”と呼ばれた「190E」を源流とするCクラスの存在意義は、どこへいくのだろうか。
競合他社との比較にばかり目を奪われ、次々に新車を大型化していきながら、より小さなクルマを求める消費者に対しては、新たな小型車を提供する。こうした戦略では販売車種が増えるばかりで、営業の最前線では、売りやすいクルマしか売らないという結果になってしまうのではないだろうか。今後は、己の存在意義をしっかりと主張し、消費者に本物の価値を訴えかけるようなクルマが求められてくるのではないかと思う。
(御堀直嗣)